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1 地味女です
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二十歳過ぎればただの人、ということわざがある。
言う方は軽い気持ちで口にするのだろうが、言われた方はたまったもんじゃないだろう。私にはその『ただの人』になった彼らの気持ちが痛いほどよく分かる。凡人となった彼らがその後、どうなったのかも。
「恩田、社内報の色校あがってきたよ。チェックよろしく」
「分かりました」
職場の先輩に呼ばれて、私――恩田真梨花はオフィスチェアから立ち上がった。遠い昔それなりに高貴だった私も今はただの人だ。いや、言い方を変えよう。元からただの人間だったのに、自分は特別だと勘違いしていただけだった。
私はここ北条建設の広報部で働いており、モットーは『地味に、目立たなく』である。子供のころからここまでひねくれていた訳ではなく、ある理由から目立たなく生きることを決意した次第だ。
私の前髪は分厚くしかも長い。後ろ髪はきっちりシニヨンにまとめ、ブルーライト軽減のためにダサい眼鏡をかけているから、黒いリクルートスーツを着た状態ではなおさら地味に見える。The・地味子。それが私だ。
私は仕事のひとつとして社内報に携わっている。ペーパーレス化が進む世の中だが、社内報はやはり紙媒体のほうが手に取りやすくしかも読みやすいという意見もあり、ずっと冊子の状態で続けてきた。
北条建設はいわゆるスーパーゼネコンと呼ばれる企業であり、従業員数はゆうに一万人を超える。日本各地に散らばる社員たちを繋ぎとめるという意味でも、社内報は重要な存在だった。
本番の印刷の直前、実際に使う紙に印刷して色味の確認をするのだが、それが先ほど届けられたところだ。私と先輩は社のロゴや写真に映った人物などをチェックしていく。
「ここちょっと顔色悪いですよね。修正指示だします?」
「んー、そうねぇ。元気なさそうに見えるしね。うちの社内報は社外の人も見るから、ちょっとシビアにチェックした方がいいわ」
先輩は武藤千穂といい、私の四つ上で二十九歳。カメラが趣味であり特技でもあり、社内報ほか写真を撮る場面では重宝される人物である。溌剌とした性格で、ベリーショートが似合う背の高い美人だ。ちなみに社内結婚している。
私はというと中途入社だったので、まずは会社を理解しろという意味で広報部に入れられたらしい。文章を書くのは好きだったのでちょうどいい配置だったと思う。いずれは他の部署に異動だろうと人事部の人には言われたが、そのときも今の経験は活かされるだろう。
私と千穂先輩は赤で修正指示を書き込みつつ、今後の日程を確認した。ちょっと小さな声で。
「次の社内報で、いよいよ次期社長の登場ね。北条綾太さん、二十八歳。新卒で入社したときは他の社員と同列扱いだったけど、今回は御曹子の紹介だけで六ページも使うんだってさ。超難関国立大を卒業後、北条建設に入社。しばらく日本各地の現場を転々としてたみたいよ。んで、六年たって建設事業本部の本部長に就任したってわけ。二十八歳の若さでこのポストってすごいよねぇ」
「本当ですよね。二十代で中枢部門の重要な職に就くってさすがです」
さすが社長一族ならではの、破格の人事だ――。本人を知らないだけに、ほとんどの人物がそう思っていることだろう。でも創業時から続く「まずは現場を知ること」という方針に則った上での人事だから、御曹子が重要なポストに就くことに反感を持つ社員は少ないはずだと思う。
しかしその少ないだろう社員のなかに、私はしっかり含まれているのだった。
(いつまでもその幸せが続くといいわね)
私は次期社長のプロフィールを冷めた目で眺めた。ワケありの人生を歩んで来たせいか、どうも世間の坊ちゃまやお嬢さまという存在に対して好感を持てない。勿論これは私の勝手な思い込みなので、御曹子の前で失礼な態度をとる気はないけど。
言う方は軽い気持ちで口にするのだろうが、言われた方はたまったもんじゃないだろう。私にはその『ただの人』になった彼らの気持ちが痛いほどよく分かる。凡人となった彼らがその後、どうなったのかも。
「恩田、社内報の色校あがってきたよ。チェックよろしく」
「分かりました」
職場の先輩に呼ばれて、私――恩田真梨花はオフィスチェアから立ち上がった。遠い昔それなりに高貴だった私も今はただの人だ。いや、言い方を変えよう。元からただの人間だったのに、自分は特別だと勘違いしていただけだった。
私はここ北条建設の広報部で働いており、モットーは『地味に、目立たなく』である。子供のころからここまでひねくれていた訳ではなく、ある理由から目立たなく生きることを決意した次第だ。
私の前髪は分厚くしかも長い。後ろ髪はきっちりシニヨンにまとめ、ブルーライト軽減のためにダサい眼鏡をかけているから、黒いリクルートスーツを着た状態ではなおさら地味に見える。The・地味子。それが私だ。
私は仕事のひとつとして社内報に携わっている。ペーパーレス化が進む世の中だが、社内報はやはり紙媒体のほうが手に取りやすくしかも読みやすいという意見もあり、ずっと冊子の状態で続けてきた。
北条建設はいわゆるスーパーゼネコンと呼ばれる企業であり、従業員数はゆうに一万人を超える。日本各地に散らばる社員たちを繋ぎとめるという意味でも、社内報は重要な存在だった。
本番の印刷の直前、実際に使う紙に印刷して色味の確認をするのだが、それが先ほど届けられたところだ。私と先輩は社のロゴや写真に映った人物などをチェックしていく。
「ここちょっと顔色悪いですよね。修正指示だします?」
「んー、そうねぇ。元気なさそうに見えるしね。うちの社内報は社外の人も見るから、ちょっとシビアにチェックした方がいいわ」
先輩は武藤千穂といい、私の四つ上で二十九歳。カメラが趣味であり特技でもあり、社内報ほか写真を撮る場面では重宝される人物である。溌剌とした性格で、ベリーショートが似合う背の高い美人だ。ちなみに社内結婚している。
私はというと中途入社だったので、まずは会社を理解しろという意味で広報部に入れられたらしい。文章を書くのは好きだったのでちょうどいい配置だったと思う。いずれは他の部署に異動だろうと人事部の人には言われたが、そのときも今の経験は活かされるだろう。
私と千穂先輩は赤で修正指示を書き込みつつ、今後の日程を確認した。ちょっと小さな声で。
「次の社内報で、いよいよ次期社長の登場ね。北条綾太さん、二十八歳。新卒で入社したときは他の社員と同列扱いだったけど、今回は御曹子の紹介だけで六ページも使うんだってさ。超難関国立大を卒業後、北条建設に入社。しばらく日本各地の現場を転々としてたみたいよ。んで、六年たって建設事業本部の本部長に就任したってわけ。二十八歳の若さでこのポストってすごいよねぇ」
「本当ですよね。二十代で中枢部門の重要な職に就くってさすがです」
さすが社長一族ならではの、破格の人事だ――。本人を知らないだけに、ほとんどの人物がそう思っていることだろう。でも創業時から続く「まずは現場を知ること」という方針に則った上での人事だから、御曹子が重要なポストに就くことに反感を持つ社員は少ないはずだと思う。
しかしその少ないだろう社員のなかに、私はしっかり含まれているのだった。
(いつまでもその幸せが続くといいわね)
私は次期社長のプロフィールを冷めた目で眺めた。ワケありの人生を歩んで来たせいか、どうも世間の坊ちゃまやお嬢さまという存在に対して好感を持てない。勿論これは私の勝手な思い込みなので、御曹子の前で失礼な態度をとる気はないけど。
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