上 下
12 / 51

12 敵なのか味方なのか

しおりを挟む
 ハサミを片付ける余裕もなく、中庭の入り口にふたりの少年が現れた。髪の毛が金と赤だから、日が当たるとキラキラ光って花火のようにまぶしい。これが本当の光り物か。

「よ、ようこそ、お越しくださいました……。ガイゼル侯爵が娘、ルシーフェルと申します」

「急に訪ねてしまって申し訳ない。お茶会を開いていると聞いて、挨拶をしようかと思ったんだ。こちらはグレイ公爵家の令息、カイラー。僕つきの騎士だよ」

「どうも、ルシーフェル嬢。急にお邪魔しちゃってスンマセン」

 赤髪の少年は真っ白な歯を見せてニカッと笑った。少年マンガに出てきそうな顔で、問題児っぽいけど不思議と憎めない印象を受ける。見た目はキラキラしてるのに腹黒そうな王太子とは真逆なタイプだ。

 挨拶をしにきたなんて嘘を、誰が信じるだろう。
 ふたりとも攻略対象だったはずだし、ここは慎重に動かないと。

「どうぞお掛けくださいませ。いまお茶を用意しておりますので」

「ではお言葉に甘えて。あれ? 不思議なハサミが置いてあるね。ずい分と小さいな」

 ――ハッ!
 しまった、隠すの忘れてた……!

「お、オホホ。これはちょっと、秘密の品で……」

「なにを切る道具なのかな。教えてもらえないか?」

 王太子は優しげに言うが、奴の目はまったく笑っていない。視線がぐさっと刺さりそうだ。こっわぁ。
 私は仕方なく、ふたりの前に二種類のハサミと眉毛用コームを出した。

「これは眉毛を切るためのハサミなんです。先が鋭利な方は細かい調節ができ、丸い方はお口のヒゲを切ったりもできます。小さな櫛は眉毛専用で、毛をとかしながら切るとうまく整うのです。私の侍女――エマの眉毛のように」

 エマはまたガバッとおでこを出した。ありがとう、エマ。報酬たっぷり出すからね。
 王太子とカイラーは二種類のハサミを手に取り、首をかしげながら何か言っている。「アンキじゃないじゃん」だの、「だから言っただろ」だの。なんの話か分かりません。

 ハサミをテーブルの上に戻した王太子は、私を見ながら不思議そうに呟いた。

「変だな。僕はいま16歳だけど、生まれてから一度も眉毛を切ったことはないよ」

 ――なっ、なにィ!? そんな馬鹿な……!

「い、一度も? 本当の、本当に、切ったことがありませんの?」

「ないよ。カイラーはどうだ?」

「俺もない。顔の毛なんて、いじる必要ねーじゃん」

 私は王太子とカイラーの眉を食い入るように見つめた。確かに手を入れた様子はなく、自然でしかも美しい眉毛だ。私の後ろでエマが「くっ」と苦しそうな声を出している。分かるわ、エマ。あなたの気持ちが。

 なんてひどい毛の格差社会だ!
 この様子だと多分、鼻毛も切った事ないんだろうな。

「そう言うきみはどうなんだ?」

「へっ? え、何ですか?」

「よく見ると不思議な眉をしているけど、切ったのか?」

「切ってませんよ。私は生まれつき眉毛が薄いので、自分で書いて…………ああっ!!」

「うわっ、なんだよ急に大声だして。ビックリするじゃん」

「す、すみません。重要なことを思い出しまして」

 へらへら笑いながら紅茶を飲む。しかし頭の中はかなり混乱していた。

 そういえば私、いちども鼻毛を切ったことがない。日本人だった頃は当然ながらケアしてたけど、14年も伸ばしっ放しなんてどう考えてもおかしくない?

 ま、まさか――眉毛や鼻毛が伸びるのは、脇役モブだけなのか!?
 二種類の毛が伸びることが、モブの証!?

「くっ……! なんて厳しい世界なの!」

「今度はひとり言をいってるぜ。変わった令嬢だな」

「こら、カイラー。失礼なことを言うなよ。これぐらい可愛いものだろ」

「そりゃ女からモテモテの殿下からしたら、珍しいタイプで可愛いのかもしんねーけどさ。こんな令嬢、初めて見たぜ」

 その時、風に乗って遠くから「あねうえ~」という声が聞こえてきた。セラフィスだ。私の耳は弟に対してかなり敏感になっており、小さな声でも聞き取れる。

「セラ? 私はここよ!」

「姉上~、一緒にブランコ乗ろうよ! あれ? お客さまは帰ったんじゃなかったの?」

 私は椅子から立ち、セラに客人の正体を教えてあげた。王太子だと知ったセラは目を丸くし、「セラフィスです」とぎこちなく可愛い挨拶をする。

「かっわいい弟じゃん! よっしゃ、俺と一緒にその……ぶらぶら?に乗ろうぜ!」

「ぶらぶらじゃなくて、ブランコです。私がご案内いたし……」

「ほら坊主、俺が肩車してやるよ。道案内は頼むぜ!」

「ひゃあ! たか~い、すご~い!」

 カイラーはセラを肩車し、「先いってるぜ~」なんて言いながら走り去ってしまった。6歳児を軽々と肩に乗せるとか普通じゃない。お父さまと同じ、筋肉で解決タイプかな。

「せ、セラ…………」

 知らないお兄ちゃんと楽しげに話すセラを見てたら、なんだかつらい気分になってきた。しょんぼりする私の肩を王太子がポンとたたく。

「僕もそのブランコという物を見てみたいな。案内してくれるんだろう?」

「……はあ。どうぞ、こちらです……」

 どうでもいいけど、あまり馴れなれしく肩にさわらないで欲しい。相手が王太子だから我慢するけどさぁ。ゲームを見てた時から「たらしっぽいな」と思ってたが、まさか本当にそうだとは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

処理中です...