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28 分かれ道

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 花園を通り抜ける風に、秋を感じるようになった。

 目の前には温かい紅茶。周囲には咲き誇るサルスベリの花。しかし四阿あずまやには緊張した空気が満ちていた。テーブルを囲む四人のうち一人が、おごそかに話し出す。

「―――メリンダ。君への処罰は不問に付す。だが公爵家所有の土地と財産は王宮預かりとする。君は一人の女性となって、好きに生きるがいい」

 スタニークで起きた火災からひと月。火は公爵の城の敷地内で消えたものの、隠していた罪が明らかとなり、城の主はいまだに牢獄の中である。

 いや、恐らく一生出られないだろう―――アイリスにはそれが分かっていた。

 二十年という長きに渡って前王ヴァーノンと懇意こんいにし、しかも彼が危ういと知るや否や簡単に寝返った。ヨシュアが彼を許すわけがない。殺さないのがせめてもの情けだろう。

 王が伝えた処遇をメリンダは黙したまま聞いている。もう公爵令嬢ではない、ただのメリンダだ。やがて彼女はゆっくりと頭を下げ、「ありがとうございます」と小声で言った。
 火事を起こしたのがメリンダだとしても、証拠はなにも残っていない。限りなく黒に近いが、そうとは断定できない。だから彼女は無罪放免となった。但し、地位も財産も失う事になったが。

 貴族ではなくなったメリンダを、隣に座ったパトラが複雑そうな眼差しで見ている。二人は同い年で、子供の頃からずっとライバルのように過ごしてきたのだ。

 この会合は二人の別れのため、そしてメリンダの本心を聞き出すために開いたものだった。彼女が自分から胸の内を明かすとは思えないけれど、アイリスは嘘偽りなく今の心情を伝えることにした。

「メリンダ、今までレッスンをしてくれてありがとう。あなたのおかげで礼儀作法が身につきました」

 メリンダは顔を逸らしてふん、と鼻で笑い、嘲笑を浮かべながら言葉を返す。

「別にあなたのためにやった訳じゃありませんわ。お礼を言われる筋合いはありません」

「ええ、分かっています。でもあなたのレッスンでかなり鍛えられましたから」

 これは嘘ではない。メリンダはレッスンの最中、アイリスがミスをしても決して教えてくれなかった。だからこそアイリスは必死でメリンダの動きを観察し、自分と比較して矯正するクセがついたのだ。この観察力が身についたのはメリンダのおかげである。
 
 メリンダは心底忌々しそうに舌打ちし、アイリスをぎろりと睨んでいる。

「あなたなんか大嫌いよ。皆、みぃんな大っ嫌い。でも、いちばん嫌いなのがわたくしの父だった。ただそれだけのことよ」

 父が告げた“妾”のひと言は、メリンダの人生を真っ向から否定する言葉だった。あの瞬間、メリンダは何もかも捨て去ろうと決意したのだ。それほど許せない言葉だった。
 しかしこの真相を誰かに話す気は全くない。墓場まで持っていくつもりだ。

「もういいでしょう。わたくし、失礼いたしますわ」

「あっ、待って」

 立ち上がったメリンダの手に、パトラが何かを握らせる。それを見たメリンダはぎゅっと眉を寄せ、泣きそうな顔をした。が、すぐに強気で気高い令嬢の顔に戻り、優雅な礼をして立ち去った。

 バロウズ侯爵の領地ではラベンダーを栽培しており、精油の製造もしている。以前、ラベンダーの精油を手に取ったメリンダは「とてもいい香りだわ」と褒めてくれたのだ。
 アイリスから全てを聞いたパトラは、この日のために精油を入れた小瓶を用意していた。お洒落好きなメリンダが喜びそうな、美しいガラスの小瓶に入れて。

 小さくなるメリンダの姿をパトラはずっと見守っている。その横顔が今にも泣きそうで、アイリスは心配になった。

「パトラ嬢、大丈夫ですか……?」

 パトラは目を閉じ、何かに耐えるように俯いた。しかし次に目を開けた時にはいつもの凛とした彼女に戻っており、アイリスとヨシュアに向かって礼をする。

「陛下、殿下。メリンダとの別れの場を設けていただき、ありがとうございました。私は生涯、お二人に忠誠を誓います」

「……ありがとう、パトラ嬢」

 王家ではなく、ヨシュアとアイリスに一生ついて行く―――そう言ってくれているのだ。アイリスは感激し、パトラの手を握る。
 また一歩王妃に近づいたことを嬉しく思った。
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