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22 ダンスと嫉妬

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 ヨシュアとアイリスが大ホールに姿を現すと、ざわめいていた会場がシンと静まり返った。玉座にヨシュアがすわり、その隣の椅子にアイリスが腰掛ける。

 文官が謁見の始まりを告げ、最初の令嬢の名を読み上げた。付添い人と一緒に純白のドレスを着た少女が真紅の絨毯の上を歩いてくる。緊張しているのか、彼女はぎこちない仕草でお辞儀をした。

 次々と名前が読み上げられ、その度に全身を白で着飾った少女が扉の向こうから現れる。彼女たちは皆、肘の上まである純白の手袋をはめ、髪には白い花の飾りをつけているのだった。

 デビュタントが終わると舞踏会である。宮廷楽団の演奏が始まり、アイリスはかすかに緊張した。最初に踊るのはヨシュアとアイリスだ。一番手というのは最も注目が集まる。

 しかしアイリスだって何ヶ月もレッスンを受けてきたし、パトラはどうしようもなくなったら相手の顔を見て合わせておけばいいとアドバイスをくれた。
 ここまで来たら踊ってやろうじゃないの、という気分だった。

 王様と向かい合って軽くお辞儀をし、手を触れ合わせる。ヨシュアに腰を抱かれた途端、引きずり込まれるような感覚があった。
 リードが巧みすぎて、アイリスの意思など無視して体が勝手にヨシュアに合わせようとする。これでは練習の成果を出すどころではない。悔しくなったアイリスは背をのけ反らせて端正な顔を見あげ、視線で訴えた。

 そこまで強引にリードしなくてもいいでしょう。わたしだって、自分で踊れるのに―――。

 ヨシュアは涼しい顔でアイリスの体をくるんと回す。うう、と声が漏れた。笑顔を保つだけで精一杯だ。曲の半分が過ぎたころ、彼はようやくペースを緩めてくれた。ニヤリと口元を歪めている。

「いつもティオの自慢を聞かされていたんだ。今日も美少女とダンスの練習をしたと」

「えっ」

 アイリスは目だけでティオを探した。何をしてくれてるんだろう、あの護衛は。八つ当たりされるアイリスの身にもなってほしい。
 でもティオと練習していたことを黙っていたのはまずかった。アイリスは顔を上げ、琥珀の瞳を見つめる。

「あ、あなたの足を引っ張りたくなかったの。上手になって、驚かせてあげたくて……」

 ダンスをしているアイリスの頬は薔薇色に染まり、潤む翡翠の瞳はあざといほど蠱惑こわく的だった。しかし本人にはその自覚がない。ヨシュアはほんの少し眉根をよせ、苦しそうな、何かに耐えているような顔をしている。

 まだ許してもらえないんだろうか。一体どうすれば……。
 と、ヨシュアが急に身を屈めて顔を近づけてきた。ぎょっとして身を引く前に、耳の上部をかぷっと噛まれる。

「ひっ」

「貴女の可愛さに免じて、許してあげよう。でも今の顔を他の男には見せないこと」

 いいね?と、ドスの効いた低い声が言う。王様の子供っぽい焼きもちに若干引きながら、アイリスはがくがくと頷いた。
 なんて面倒なの。こんなに嫉妬深い人だなんて知らなかった。

 アイリスは熱意を込めてヨシュアと視線を合わせ、懸命にダンスをした。わたしが愛してるのはあなただけです。あなた以外の男性には目もくれません―――という無言のメッセージを伝えながら。

 やがて曲が終わり、二人は軽く礼をしてダンスホールから移動する。安堵のあまり腰が抜けそうだったが、まだまだ気は抜けない。
 国王であるヨシュアのもとには次々に人が集まり、仕事や相談の話が持ち込まれる。補佐をしているアイリスにももちろん関係のある話で、王の隣で彼らの話に耳を傾けた。

 人の波が途切れたタイミングでティオが飲み物を持ってきてくれた。アイリスは恨み言をいいそうになるのをぐっと我慢し、グラスを受け取る。
 ふとダンスホールに目を向けると背の高い男女のペアが見え、あっと声を出しそうになった。騎士団長とパトラだ。いつの間にか二人はうまく行っていたらしい。自然と笑みがこぼれた。

「アイリス様。うちのパトラに、要らぬことを吹き込まないで頂きたいですな」

 突然、背後から聞きおぼえのある声が響いた。これは以前、朝議で聞いた声である。アイリスは扇で口元を隠しながら振り向いた。

「あら。わたしは何も吹き込んでなどおりませんわ、バロウズ侯爵」

 ほほ、と笑ってみせる。隣のヨシュアは無言のままだが、目には何かを期待するような光があった。アイリスと侯爵のやり取りを楽しもうというのだろう。
 全く、他人事だと思って。

「騎士の妻になって何の得があるというのだ。手間ひまかけて最高の教育を受けさせてきたのに」

 侯爵は何やらぶつくさ言っている。このオジサマはどうやら、損得勘定でしか物事を考えられないらしい。だがそれではパトラは幸せになれない。
 アイリスは扇をパン!と閉じて侯爵を見た。音に気づいた侯爵もアイリスを見、彼女のオーラに押されたように一歩下がった。

「バロウズ侯爵。わたしが王妃になった暁には、必ずパトリシアを重用すると約束しましょう。例え彼女が、誰の妻になったとしても」

 王妃の傍仕えとなれば、宮廷人の中では最高位にあたる。他国の要人と人脈を築くことも可能だ。侯爵は腕を組んでしばし考え込み、ややあってふう、とため息をついた。

「……分かりました。それで手を打ちましょう」

 渋々という割には、遠ざかる彼の背中はうきうきしていた。現金な人である。隣にいた王様がぼそりと「分かりやすい人だろう」と呟いた。確かに。
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