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17 花園の悪意
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メリンダの傍にいる令嬢たちは皆お洒落で、流行の最先端を取り入れた服装をしている。爪に色を塗っている令嬢もいたので話を聞くと、植物から取れる色を使ったのだと言う。花は飾るものだと思っていたアイリスには新鮮な驚きだった。
対してパトラの周囲には学者肌というか、天文学や経済学に詳しい令嬢が集まって何やら難しい話をしている。荷物が多い人がいるなとは思ったが、荷の中身は分厚い本だったのだ。
学者肌の令嬢の父はやはり学者のようで、王宮内で文官として働いているようだった。
アイリスはふと思いつき、騎士たちに声を掛けた。狙いは団長のデレクである。
「暑いなか大変でしょう。交替でお茶を飲んではいかがですか?」
是非、と若い騎士が答えると、デレクは「職務中ですので」と大真面目に言う。やっぱりお堅い。
「交替で飲めば職務に影響は出ませんわ。お願いです、一杯だけでいいですから」
しつこく頼むとデレクは渋々頷いた。アイリスはほっと息をつき、パトラの隣の席に彼を案内する。
デレクが席に着いた途端、パトラは真っ赤になって俯いてしまった。アイリスは祈るような気持ちで席を離れ、庭園を散歩することにした。後ろからティオがさりげなく付いて来てくれる。
夏のバラ園は咲き誇る花の香りで満ちていた。見た目も香りも最高だ。庭師が丁寧に世話をしているのだろう。バラ園を抜けた先には噴水があり、そばの木陰ではメリンダたちが何やら話し込んでいた。アイリスに気付くと、そっと近寄ってくる。
「殿下。面白い話を聞きたくはありませんか?」
「面白い話?」
メリンダは薄く笑っている。話が面白いと言うより、アイリスの反応を楽しもうとしているようだった。
「ええ。どうして陛下があなたを婚約者としてお選びになったか……本当のことが知りたいでしょう?」
「え? それはどういう意味……」
メリンダがまた一歩こちらに近付く。後ろにいるティオが怪訝そうな顔をするので、アイリスは「大丈夫」と目配せした。
いまやメリンダはアイリスの目前に迫っている。紅をひいた口元をぐにゃりと歪め、彼女は呟くように言った。
「あなたが選ばれたのは、番いだったから。ただそれだけよ」
「つがい?」
「ふふ、なぁんにも知らないのね。いつまでもパトリシアに頼っていないで、少しは自分からお勉強したらいかが? 王宮の図書館でリグ=ヴェーダという本を調べたら分かるわよ」
冷笑したままアイリスを一瞥し、また木陰へ戻って行く。彼女たちのクスクスと笑う声には侮蔑の響きがあり、アイリスのことを王女として敬う気持ちなど微塵もなさそうであった。
逃げるように噴水から離れ、木立の中へ足を進める。動揺している顔を見られたくなかった。今のアイリスは精神的にもろくなっているから、他人の悪意が酷く堪えた。
―――あ、そうか……。
以前、隣国の宰相が言いかけたのは“番い”という言葉だったのだ。あの時ヨシュアが遮ったから聞こえなかっただけで。
どうして遮ったりしたんだろう。わたしに知られたらまずい事なの?
風が木立を通り抜け、ざわざわと音を立てる。急に周りが敵だらけになったような心細さを感じ、アイリスはぶるっと身を震わせた。
「アイリス様、そろそろ戻りましょう」
「あ、そうですね……」
ティオを連れてテーブルまで戻る間も、足元がぐらぐらと揺れているようだった。王宮の図書館へ行けばこの不安は消えるだろうか。それとも逆に……。
お茶会を終えたとき、アイリスは率先して片付けに動いた。メイド達は恐縮していたが、何かしていないと不安で押し潰されそうだった。
対してパトラの周囲には学者肌というか、天文学や経済学に詳しい令嬢が集まって何やら難しい話をしている。荷物が多い人がいるなとは思ったが、荷の中身は分厚い本だったのだ。
学者肌の令嬢の父はやはり学者のようで、王宮内で文官として働いているようだった。
アイリスはふと思いつき、騎士たちに声を掛けた。狙いは団長のデレクである。
「暑いなか大変でしょう。交替でお茶を飲んではいかがですか?」
是非、と若い騎士が答えると、デレクは「職務中ですので」と大真面目に言う。やっぱりお堅い。
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しつこく頼むとデレクは渋々頷いた。アイリスはほっと息をつき、パトラの隣の席に彼を案内する。
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「殿下。面白い話を聞きたくはありませんか?」
「面白い話?」
メリンダは薄く笑っている。話が面白いと言うより、アイリスの反応を楽しもうとしているようだった。
「ええ。どうして陛下があなたを婚約者としてお選びになったか……本当のことが知りたいでしょう?」
「え? それはどういう意味……」
メリンダがまた一歩こちらに近付く。後ろにいるティオが怪訝そうな顔をするので、アイリスは「大丈夫」と目配せした。
いまやメリンダはアイリスの目前に迫っている。紅をひいた口元をぐにゃりと歪め、彼女は呟くように言った。
「あなたが選ばれたのは、番いだったから。ただそれだけよ」
「つがい?」
「ふふ、なぁんにも知らないのね。いつまでもパトリシアに頼っていないで、少しは自分からお勉強したらいかが? 王宮の図書館でリグ=ヴェーダという本を調べたら分かるわよ」
冷笑したままアイリスを一瞥し、また木陰へ戻って行く。彼女たちのクスクスと笑う声には侮蔑の響きがあり、アイリスのことを王女として敬う気持ちなど微塵もなさそうであった。
逃げるように噴水から離れ、木立の中へ足を進める。動揺している顔を見られたくなかった。今のアイリスは精神的にもろくなっているから、他人の悪意が酷く堪えた。
―――あ、そうか……。
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どうして遮ったりしたんだろう。わたしに知られたらまずい事なの?
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「アイリス様、そろそろ戻りましょう」
「あ、そうですね……」
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