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13 慣れて行けばいい?

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 一日を終えて、夕食を取る。また王様と一緒である。

 結婚もしていないのに、起きている時間のほとんどをヨシュアと共に過ごすというのはどうなのだろう。そのくせ彼に関しては名前と年齢、そして過去について少し知っているだけだ。近いような遠いような。

 ヨシュアはティオから話を聞いたのか「ご苦労だったな」とアイリスをねぎらい、孤児院の予算を増やしたという話を聞かせてくれた。前王妃が後宮に残した多くの宝飾品を売り払って予算にあてたらしい。

 ヨシュアは華美な装飾を嫌うらしく、いま彼が着ている服も生地は上質ながら見た目は割りと質素だった。しかし美形なせいか簡素な服でも妙に似合っている。

 ―――わたしの父も、この人のような王様なら良かったのに。

 レッスンを受けるようになってから王宮の中を移動することが増えたので、自然と使用人たちや騎士たちの話も耳に入った。彼らは誰もが前の王様よりも良くなったと言い、正統な主に仕えることを喜んでいる。

 そして離宮で暮らしてきたアイリスに対しては気の毒そうな顔を見せるので、以前ヨシュアが言っていた「国民は同情するだろう」という予想は当たっていたのだ。嬉しくはないけれど。

 寝不足のアイリスは早めに退室しようと席を立ち、お辞儀をした。ドアへ向かって素早く動いたつもりだったが、王様の方が脚が長いので追いつかれてしまう。彼はドアの前に立ち塞がり、微笑みながらアイリスを見下ろした。

「昨夜は貴女からキスをしてくれたのに、今夜はしてくれないのか?」

 アイリスはぐっと歯を食いしばってヨシュアを睨む。
 あなたが唇にキスしたせいで眠れなくなったのに、よくもそんな事を……!

 しかし正直に話すのも気が引ける。というより、悔しいから言いたくない。まごついている内に端正な顔が近づいてきた。
 ああ、何か言わないと。何か―――。

「ね、眠れなくなるから、キスしたくありません!」

 結局バカ正直に言ってしまい、アイリスはがくりと頭を下げた。こんなに自分に対して失望したのは初めてかもしれない。
 ヨシュアはきょとんとして、子供のような顔でアイリスを見つめている。

「眠れない? なぜ。そんなに嫌だった?」

 この人、こんな顔もするんだ。
 王様のあどけない顔にドキマギしながら何とか言葉を返す。どうしてわたしが慌てないといけないんだろう。

「あの、嫌というか……その。何だか頭がごちゃごちゃして、色んなことを考えてしまうので……」

 手の平や背中に変な汗をかいている。顔も熱くて自分が何を言っているのかよく分からない。考えても考えてもうまい言葉は見つからず、アイリスは「あの」だの「だから」だの意味のないことを言い続けた。

 慌てふためく婚約者をヨシュアは優しく見守り、やがてゆっくりと抱きしめた。アイリスは腕の中で硬直している。

「初めてだったから動揺したんだな。これから慣れていけばいい」

 な、慣れていけばいい、ですってぇ?

 ヨシュアの落ち着いた態度は、さらにアイリスの闘志に火をつけた。
 あなたは初めてじゃなかったんでしょうけど、わたしは―――。

 アイリスはぐいっと顔を上げ、王様の目を見つめる。

「そうですね。慣れるためにも、キスしてください!」

 睨みながら言うので少しも色気がない。ヨシュアは苦笑し、彼女の滑らかな頬にキスを落とした。

「昨夜はよく眠れなかったのだろう? 今日はもう休んだ方がいい」

 その通りなのだがどうも面白くない。アイリスはうぐぐ、と呻きながらヨシュアを睨み、やがて苦しそうな声で「おやすみなさい」と告げた。王様も低い声でささやくように「おやすみ」と返してくる。

 執務室を出たアイリスは自室に向かって走りたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢して静々と歩いた。心中で「わたしは王女、わたしは王女」と繰り返す。
 ヨシュアが用意してくれた靴はアイリスの足にぴたりと馴染み、靴擦れすることもない。かなり上質な物のようだ。悔しいけれど、王様の方が何枚も上手である。

 その夜は見た夢を忘れるくらいぐっすりと眠ることができた。これもヨシュアのお陰かもしれないが、有難いような有難くないような複雑な気分だった。
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