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11 寝不足
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翌日、アイリスはうまく働かない頭のままレッスンを受けていた。
それでも午前中よりはマシである。昼までは王様と一緒だったから、嫌でも昨夜のことを思い出して一人で悶絶した。ヨシュアは何の影響もなく平然としていて、悔しくて涙が出そうになった。
何度か深呼吸して意識を集中させる。隣に立つティオもアイリスの様子がおかしい事に気付いているようだし、これ以上失態を演じるわけにはいかない。
本日のレッスンでは美しい歩き方を教えるらしい。メリンダの指示で室内に大きな鏡が何枚も持ち込まれ、様々な角度から姿勢をチェックできるようにしてある。
部屋の隅にはティオの他に騎士やシモンまで立っていて、彼らの姿はアイリスに多大な勇気を与えた。久しぶりに見たシモンの姿が嬉しく、眠気なんて吹っ飛んでしまう。
見学者の姿が気になるのか今日のメリンダは比較的まじめだった。彼女は頭の上に本を載せて歩くようにアイリスに言い、まず最初に模倣となる歩き方を見せる。
「頭から足まで、まっすぐな一本の線になるように立ってくださいまし。正しい姿勢で歩けば本が落ちることはありませんわ」
メリンダが歩いても頭上の本はほとんど動かない。まるでくっ付いているかのようである。彼女が歩いている様子をアイリスはずっと見ていたが、どの角度からでも美しい歩行だった。
次は殿下ですよと言われ、アイリスも同じように頭に本を載せて歩く。しかし数歩進んだだけで本は落ち、床にどさりと落ちた。メリンダは励ますように「もう少しですわ」と呟いたが、口元は嬉しそうに歪んでいて本心が透けて見えてしまう。
やっぱり疎ましく思われているのだなと苦笑しつつ、アイリスはしつこく歩行訓練を繰り返した。一度靴を脱ぎ、絹の靴下で歩いてみると本は落ちない。という事は、ヒールが高い靴のせいで姿勢が歪んでいるのだ。
ぎょっとするメリンダを尻目に、アイリスは「もう一度お手本を見せてください」と彼女にお願いした。
「仕方ありませんわね……。殿下には少し難しすぎましたか?」
ぶつくさ言いながら歩くメリンダ。彼女の動きをよくよく見れば、足は必ず踵から着地している。アイリスはヒールのある靴で歩く時にペタペタと足の全面を床に付けていたから、姿勢が前かがみになっていたのだ。
決定的な違いに気付いたとき、レッスン終了の時間になった。メリンダが優雅なお辞儀をして部屋から出て行く。見学者たちにお礼を言うと、彼らもぞろぞろと退室していった。が、シモンとティオだけは残ってアイリスを面白そうに見ている。
「何ですか?」
「いやあ。メリンダ嬢のレッスンは大変そうですね。頑張ってください、アイリス様」
「姫さま、負けてはなりませんぞ」
「……うん、頑張る。ティオさんも、忙しい中ありがとうございました。あの……お嫌でしょうけど、明日からも見学お願いします」
「ああ、別に見学は嫌じゃないんですよ。僕はただ、貴族の格好が動きにくくて嫌いなだけです」
にやっとするティオは王様と笑い方が似ている。幼なじみなのかもしれない。
二人が退室したあと、アイリスはまた鏡に向かって歩き出した。頭に本を載せて。
「殿下、もう少し歩幅を狭めてください。あまり大股で歩くと足音が出てしまいます」
いつの間に来ていたのか、ドアのところでパトリシアがこちらを見ている。アイリスは彼女の助言どおりに歩幅を狭めて歩いてみた。途端に足音は消え、鏡に映った女性の動きはメリンダにぐっと近くなった。
平民と違い、貴族は時間に追われることはまず無い。だから彼らは歩き方も話し方もゆったりと優雅でいられる。自分に足りないものは『王女である』という自覚かもしれない、とアイリスは思った。
昨夜はよく眠れなかったし、レッスンで疲れたせいか欠伸が出てくる。アイリスは今日もパトリシアに何度か叱咤されながら歴史の講義を受けた。
「今日はお疲れのようですね。ちゃんと夜、ぐっすり眠れていますか?」
「あの……。すみません、明日こそ頑張りますので……」
王様に変なことをされたせいで寝不足になりました、なんて言えない。アイリスは膝の上でぎゅっと拳を握った。
まったくもう、あの王様は。
それでも午前中よりはマシである。昼までは王様と一緒だったから、嫌でも昨夜のことを思い出して一人で悶絶した。ヨシュアは何の影響もなく平然としていて、悔しくて涙が出そうになった。
何度か深呼吸して意識を集中させる。隣に立つティオもアイリスの様子がおかしい事に気付いているようだし、これ以上失態を演じるわけにはいかない。
本日のレッスンでは美しい歩き方を教えるらしい。メリンダの指示で室内に大きな鏡が何枚も持ち込まれ、様々な角度から姿勢をチェックできるようにしてある。
部屋の隅にはティオの他に騎士やシモンまで立っていて、彼らの姿はアイリスに多大な勇気を与えた。久しぶりに見たシモンの姿が嬉しく、眠気なんて吹っ飛んでしまう。
見学者の姿が気になるのか今日のメリンダは比較的まじめだった。彼女は頭の上に本を載せて歩くようにアイリスに言い、まず最初に模倣となる歩き方を見せる。
「頭から足まで、まっすぐな一本の線になるように立ってくださいまし。正しい姿勢で歩けば本が落ちることはありませんわ」
メリンダが歩いても頭上の本はほとんど動かない。まるでくっ付いているかのようである。彼女が歩いている様子をアイリスはずっと見ていたが、どの角度からでも美しい歩行だった。
次は殿下ですよと言われ、アイリスも同じように頭に本を載せて歩く。しかし数歩進んだだけで本は落ち、床にどさりと落ちた。メリンダは励ますように「もう少しですわ」と呟いたが、口元は嬉しそうに歪んでいて本心が透けて見えてしまう。
やっぱり疎ましく思われているのだなと苦笑しつつ、アイリスはしつこく歩行訓練を繰り返した。一度靴を脱ぎ、絹の靴下で歩いてみると本は落ちない。という事は、ヒールが高い靴のせいで姿勢が歪んでいるのだ。
ぎょっとするメリンダを尻目に、アイリスは「もう一度お手本を見せてください」と彼女にお願いした。
「仕方ありませんわね……。殿下には少し難しすぎましたか?」
ぶつくさ言いながら歩くメリンダ。彼女の動きをよくよく見れば、足は必ず踵から着地している。アイリスはヒールのある靴で歩く時にペタペタと足の全面を床に付けていたから、姿勢が前かがみになっていたのだ。
決定的な違いに気付いたとき、レッスン終了の時間になった。メリンダが優雅なお辞儀をして部屋から出て行く。見学者たちにお礼を言うと、彼らもぞろぞろと退室していった。が、シモンとティオだけは残ってアイリスを面白そうに見ている。
「何ですか?」
「いやあ。メリンダ嬢のレッスンは大変そうですね。頑張ってください、アイリス様」
「姫さま、負けてはなりませんぞ」
「……うん、頑張る。ティオさんも、忙しい中ありがとうございました。あの……お嫌でしょうけど、明日からも見学お願いします」
「ああ、別に見学は嫌じゃないんですよ。僕はただ、貴族の格好が動きにくくて嫌いなだけです」
にやっとするティオは王様と笑い方が似ている。幼なじみなのかもしれない。
二人が退室したあと、アイリスはまた鏡に向かって歩き出した。頭に本を載せて。
「殿下、もう少し歩幅を狭めてください。あまり大股で歩くと足音が出てしまいます」
いつの間に来ていたのか、ドアのところでパトリシアがこちらを見ている。アイリスは彼女の助言どおりに歩幅を狭めて歩いてみた。途端に足音は消え、鏡に映った女性の動きはメリンダにぐっと近くなった。
平民と違い、貴族は時間に追われることはまず無い。だから彼らは歩き方も話し方もゆったりと優雅でいられる。自分に足りないものは『王女である』という自覚かもしれない、とアイリスは思った。
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「今日はお疲れのようですね。ちゃんと夜、ぐっすり眠れていますか?」
「あの……。すみません、明日こそ頑張りますので……」
王様に変なことをされたせいで寝不足になりました、なんて言えない。アイリスは膝の上でぎゅっと拳を握った。
まったくもう、あの王様は。
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