50 / 52
50 説得
しおりを挟む
白く清潔なシーツが掛けられた寝台に、レクアム様が横たわっている。天空塔で起きた惨事から二日たったが、彼はなかなか目覚めなかった。
「う……」
「あっ、レクアム様が――レクアム様がお目覚めです!」
ずっと彼の看病をしていたケニーシャ様が泣きそうな声で言うと、レクアム様の目蓋がゆっくりと開いた。
「ここ、は……。ケニーシャ?」
「レクアム様……っ! 心配したのですよ!」
ケニーシャ様はわっと泣き出し、レクアム様に抱きついた。婚約者の抱擁を受けながら、レクアム様はぼんやりと室内を見渡している。
黒い瞳はケニーシャ様を見たあと私に移り、最後にフェリオスを見た。
「お目覚めになって良かったですわ。みんな心配してましたのよ」
「全くだ。勝手に俺を追い出して、一人で危険な真似をしたくせに。何か言わないと気がすまない」
フェリオスが寝台の横でぶつくさ文句をつぶやくと、レクアム様は申し訳なさそうに笑った。
ケニーシャ様がクッションをレクアム様の背中に置き、彼の体を起こす。
「ごめん。本当に、申し訳なかった。私が生きているという事は、父上は……?」
「亡くなった。母上が俺たちを守るために、短剣で父上を刺したんだ。すぐに治療すれば助かったかもしれないが、父上が拒否して……。このまま死にたいと言って、満足そうに死んでいったよ」
「そうか……。私は失敗してしまったんだな。父上と刺し違えるつもりだったのに」
ああ、やっぱり。
レクアム様は死ぬつもりだったんだ。
「兄上は、自分がすべての責任を負うつもりだったんだろう? でもその必要はない。父上は遺言書を残していたんだ。だれが皇帝を殺しても許すと、断罪する必要はないと。だから……」
「おまえの言葉はありがたいけどね。私は自分を許すつもりはないよ。たとえ誰が許そうと、私が父を殺そうとした事実は消えない。ひとを殺すことを赦す国なんておかしいだろう。フェリオス――新皇帝として、私を裁いてくれ」
「……本っ当に、強情だな! そう言うだろうとは思っていたが……!」
フェリオスは苛立ったように、ぎりっと歯噛みした。
私も少し、レクアム様を説得してみよう。
「レクアム様、ケニーシャ様のことはお考えですか? あなたが裁かれたあと、残されるケニーシャ様はどうすればいいんですの。一人で生きていけと仰るの?」
レクアム様はハッとし、暗い顔で俯く。
しばらくして、おずおずとケニーシャ様の白い手を取った。
「ケニーシャ……振り回してしまって、本当にすまない。公爵には私から話をしておくから、きみは公爵家に戻って――」
「いやです」
きっぱりと答えた美しい婚約者を見て、レクアム様は唖然とした。
蜂蜜の髪の美女は、つんと顔をそらして言う。
「お父様はわたくしに、家を捨てる覚悟で嫁げと仰いました。わたくしもその覚悟です。でもわたくしが嫁ぐのは皇室ではなく、レクアム様ですから。家に帰る気はありません!」
「でも私はもう、皇帝になる気はないんだよ。きみは皇后になりたかった、っ!?」
べしん!と変な音がした。
呆然とする私とフェリオスの前で、ケニーシャ様が真っ赤な顔で怒っている。
彼女はなんと、レクアム様の横っつらを平手打ちしたのだ。
「なにを聞いておられましたの!? レクアム様に嫁ぎたいと言ったでしょ! わたくしは皇后になりたいんじゃなくて、あなたの花嫁になりたいの。あなたが好きだから! いい加減、気づいてくださいませ!」
はあ、はあ、と肩で息をしながら泣いている。
怒れる美女の迫力はすさまじい。
『美しい』って、それだけで力があるのね。
思わず見とれていると、フェリオスが愉快そうにくくっと笑った。
「これは見ものだな。兄上がやり込められる状況なんて、そうそう拝めるものじゃない。なぁ兄上、俺を皇帝にしたいんだろう?」
「したいとも。何だい、フェリオスまで私を追い詰める気なのか?」
たたかれた頬をさすりながらレクアム様が訊くと、フェリオスはにぃっと口元を歪めた。
これはなにか、悪巧みを考えている顔だわ。
「では皇帝として兄上に命じる。罰として、俺の気がすむまで皇帝の補佐をすること。いくら何でも、皇太子を飛び級して今すぐ皇帝になるなんてむりだ。俺は皇都の事情にうとい。責任感あふれるお優しい兄上は、弟に丸投げなんてしないよな?」
な、なんて嫌味ったらしい言い方なの。
大丈夫なの?
恐るおそるレクアム様の様子を伺うと、彼はぽかんとし、やがて大声で笑い出した。
「はははっ! これはやられたな! 確かにそうだ。何もかも投げ出して、弟に押しつけるのは兄らしくない。いいとも、私は最後まで責任を取ろう」
レクアム様は右手を伸ばし、フェリオスはその手を取った。よく似た二人は固い握手を交わす。
良かった、説得は成功したようだ。
それにしても、婚姻を認められた直後に婚約者が皇帝に決まってしまうなんて驚きの展開である。どうしてこうなった、と思わずにはいられない。
フェリオスと同じように私だって不安だし、レクアム様が残ると約束してくれて本当によかった。
私は安堵のため息をもらしたのだった。
「う……」
「あっ、レクアム様が――レクアム様がお目覚めです!」
ずっと彼の看病をしていたケニーシャ様が泣きそうな声で言うと、レクアム様の目蓋がゆっくりと開いた。
「ここ、は……。ケニーシャ?」
「レクアム様……っ! 心配したのですよ!」
ケニーシャ様はわっと泣き出し、レクアム様に抱きついた。婚約者の抱擁を受けながら、レクアム様はぼんやりと室内を見渡している。
黒い瞳はケニーシャ様を見たあと私に移り、最後にフェリオスを見た。
「お目覚めになって良かったですわ。みんな心配してましたのよ」
「全くだ。勝手に俺を追い出して、一人で危険な真似をしたくせに。何か言わないと気がすまない」
フェリオスが寝台の横でぶつくさ文句をつぶやくと、レクアム様は申し訳なさそうに笑った。
ケニーシャ様がクッションをレクアム様の背中に置き、彼の体を起こす。
「ごめん。本当に、申し訳なかった。私が生きているという事は、父上は……?」
「亡くなった。母上が俺たちを守るために、短剣で父上を刺したんだ。すぐに治療すれば助かったかもしれないが、父上が拒否して……。このまま死にたいと言って、満足そうに死んでいったよ」
「そうか……。私は失敗してしまったんだな。父上と刺し違えるつもりだったのに」
ああ、やっぱり。
レクアム様は死ぬつもりだったんだ。
「兄上は、自分がすべての責任を負うつもりだったんだろう? でもその必要はない。父上は遺言書を残していたんだ。だれが皇帝を殺しても許すと、断罪する必要はないと。だから……」
「おまえの言葉はありがたいけどね。私は自分を許すつもりはないよ。たとえ誰が許そうと、私が父を殺そうとした事実は消えない。ひとを殺すことを赦す国なんておかしいだろう。フェリオス――新皇帝として、私を裁いてくれ」
「……本っ当に、強情だな! そう言うだろうとは思っていたが……!」
フェリオスは苛立ったように、ぎりっと歯噛みした。
私も少し、レクアム様を説得してみよう。
「レクアム様、ケニーシャ様のことはお考えですか? あなたが裁かれたあと、残されるケニーシャ様はどうすればいいんですの。一人で生きていけと仰るの?」
レクアム様はハッとし、暗い顔で俯く。
しばらくして、おずおずとケニーシャ様の白い手を取った。
「ケニーシャ……振り回してしまって、本当にすまない。公爵には私から話をしておくから、きみは公爵家に戻って――」
「いやです」
きっぱりと答えた美しい婚約者を見て、レクアム様は唖然とした。
蜂蜜の髪の美女は、つんと顔をそらして言う。
「お父様はわたくしに、家を捨てる覚悟で嫁げと仰いました。わたくしもその覚悟です。でもわたくしが嫁ぐのは皇室ではなく、レクアム様ですから。家に帰る気はありません!」
「でも私はもう、皇帝になる気はないんだよ。きみは皇后になりたかった、っ!?」
べしん!と変な音がした。
呆然とする私とフェリオスの前で、ケニーシャ様が真っ赤な顔で怒っている。
彼女はなんと、レクアム様の横っつらを平手打ちしたのだ。
「なにを聞いておられましたの!? レクアム様に嫁ぎたいと言ったでしょ! わたくしは皇后になりたいんじゃなくて、あなたの花嫁になりたいの。あなたが好きだから! いい加減、気づいてくださいませ!」
はあ、はあ、と肩で息をしながら泣いている。
怒れる美女の迫力はすさまじい。
『美しい』って、それだけで力があるのね。
思わず見とれていると、フェリオスが愉快そうにくくっと笑った。
「これは見ものだな。兄上がやり込められる状況なんて、そうそう拝めるものじゃない。なぁ兄上、俺を皇帝にしたいんだろう?」
「したいとも。何だい、フェリオスまで私を追い詰める気なのか?」
たたかれた頬をさすりながらレクアム様が訊くと、フェリオスはにぃっと口元を歪めた。
これはなにか、悪巧みを考えている顔だわ。
「では皇帝として兄上に命じる。罰として、俺の気がすむまで皇帝の補佐をすること。いくら何でも、皇太子を飛び級して今すぐ皇帝になるなんてむりだ。俺は皇都の事情にうとい。責任感あふれるお優しい兄上は、弟に丸投げなんてしないよな?」
な、なんて嫌味ったらしい言い方なの。
大丈夫なの?
恐るおそるレクアム様の様子を伺うと、彼はぽかんとし、やがて大声で笑い出した。
「はははっ! これはやられたな! 確かにそうだ。何もかも投げ出して、弟に押しつけるのは兄らしくない。いいとも、私は最後まで責任を取ろう」
レクアム様は右手を伸ばし、フェリオスはその手を取った。よく似た二人は固い握手を交わす。
良かった、説得は成功したようだ。
それにしても、婚姻を認められた直後に婚約者が皇帝に決まってしまうなんて驚きの展開である。どうしてこうなった、と思わずにはいられない。
フェリオスと同じように私だって不安だし、レクアム様が残ると約束してくれて本当によかった。
私は安堵のため息をもらしたのだった。
8
お気に入りに追加
2,461
あなたにおすすめの小説
短編まとめ
あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。
基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。
今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
今、私は幸せなの。ほっといて
青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。
卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。
そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。
「今、私は幸せなの。ほっといて」
小説家になろうにも投稿しています。
悪役貴族に転生した俺が鬱展開なシナリオをぶっ壊したら、ヒロインたちの様子がおかしいです
木嶋隆太
ファンタジー
事故で命を落とした俺は、異世界の女神様に転生を提案される。選んだ転生先は、俺がやりこんでいたゲームの世界……と思っていたのだが、神様の手違いで、同会社の別ゲー世界に転生させられてしまった! そのゲームは登場人物たちが可哀想なくらいに死にまくるゲームだった。イベボス? 負けイベ? 知るかそんなもん。原作ストーリーを破壊していく。あれ? 助けたヒロインたちの目のハイライトが……?
※毎日07:01投稿予定!
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
転生令嬢の危機回避術の結果について。
ユウキ
恋愛
悲しい知らせが国中に伝わる。
子供を産んだばかりの王妃が亡くなられたと。
喪に服す一年が過ぎてまたその翌年、ある書簡が1人の貴族令嬢に届いた。それはその令嬢がずっと巻き込まれない様にと人生をかけて回避し続け、並々ならぬ努力をしてきたものを一瞬でぶち壊すもので──
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる