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14 真夜中の悪だくみ
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誰もが寝静まった夜。
私は騎士服を借りて着替え、工場ちかくの森に潜んでいた。森に潜入しているのは私だけではなく、工場を取り囲むようにして何人もの騎士が隠れている。
そして、私の横には。
「なにもあなたまで来る必要はないだろう。寝ていれば良かったのに」
漆黒の美しい青年が、茂みの中から小さな声で言った。
むしろあなたこそ何でいるの、という気持ちである。
「工場の責任者は私ですわ。フェリオス様こそどうして来ましたの?」
「婚約者を危険な目に会わせられないだろう。あなたは得体の知れない姫だが、さすがに剣は使えないようだし」
『得体の知れない』の部分は余計でしょ!
――と怒りたいところだが、犯人に気づかれたらまずいので我慢だ。
興奮すると鼻息も荒くなるし、お姫様らしくない。
ここは落ち着こう。
「本当に来るでしょうか?」
「絶対に来る。今夜は曇っていて月の光が届かないから、犯人にとっては絶好の機会だろう。そのために使用人たちに喧伝させたのだからな」
精油が盗まれる事件があった直後、フェリオスは私に新しい精油を作るように言った。私は工場でラベンダーを抽出し、それを使って新製品となる石鹸を作り出した。
ラベンダーはまだ市場に出していない。広まるまで時間がかかると判断したフェリオスは使用人たちにラベンダーの石鹸を使わせ、その噂を街に流したのだ。なるべく大声で、派手に喧伝するように命じて。
お城で働く使用人たちはかなり頑張ったらしい。
「とても落ち着く香り」だの「使い心地も最高」だの広めた結果、ラベンダーの石鹸はお店に並べた瞬間に売り切れてしまった。噂はしっかりと広まったようだ。
その状況で、今夜という絶好の機会を迎えている。
夏という季節で良かった。
もし真冬であれば、何時間も外で待つのは無理だっただろう。
やがて、工場に繋がる一本道に二人の人影が現れた。月の光がないため、小さな角灯を持っている。
誰もいないと思っているのか、二人の声は静かな夜によく響いた。
「旦那さま、不味いですよ。一回ならともかく二回も盗みを働くなんて……」
「しっ、静かにしろ! 嫌ならおまえはここで待て。私だけで工場に入る」
「そんなこと出来ません。私もお供いたします」
どうやら主人と従者のようだ。盗みに入るのに使用人ではなく主人がやってくるなんて珍しい。何か理由があるのか、ただの馬鹿なのかよく分からないけど。
二人は持ってきた袋から工具を取り出し、工場の出入り口に付けた鍵を壊してしまった。
「あぁっ! せっかく新しい鍵を、もがっ」
「……静かに。耐えてくれ、ララシーナ」
口元に大きな手が触れ、耳のちかくで低い声がささやかれる。
思わず「ひっ」と悲鳴が漏れた。
口を押さえるだけでいいはずなのに、なぜかフェリオスは私の体を背後から抱きしめているのだ。私は彼の腕の中にすっぽりとおさまり、背中から熱が伝わってくる。
は、はあああ!
無理ぃ!
離れてぇ……!
頭がぐらぐらと煮えたぎった頃、ようやくフェリオスは離れた。
「工場の中に入ってみよう。あなたはここで待って――」
「わ、私も行きますわ!」
「……そう言うと思った」
フェリオスはニッと笑い、先に歩き出した。私はその後ろ姿を追いかけるように続く。
夜で良かった。
いまの私、まっ赤な顔してると思う。
皇子の合図を受けた騎士たちも動き出し、徐々に工場への距離を詰めていく。私とフェリオスは物音を立てないように工場の中へ入った。
内部では従者が精油の瓶を集め、主人らしき人物は資料棚の辺りで何かを探しているようだ。
「どこだ、どこにあるんだ? せっかく精油を盗んでも、レシピが無ければまた失敗してしまう! 香りを飛ばさずに石鹸を作る方法があるはずなのに……!」
ああ、なるほど。
今回は精油のついでにレシピも盗みに来たらしい。
でもガントさんは自分のノートを自宅に持って帰っているし、他の資料はフェリオスの執務室に保管してある。この工場にはレシピは置いていないのだ。
石鹸を作る場合、精油は出来上がりの直前に入れる。
最初から精油を入れて煮込んでいると香りが飛んだり変質したりするからだ。犯人はそれを知らないまま石鹸を作って失敗したのだろう。
私は騎士服を借りて着替え、工場ちかくの森に潜んでいた。森に潜入しているのは私だけではなく、工場を取り囲むようにして何人もの騎士が隠れている。
そして、私の横には。
「なにもあなたまで来る必要はないだろう。寝ていれば良かったのに」
漆黒の美しい青年が、茂みの中から小さな声で言った。
むしろあなたこそ何でいるの、という気持ちである。
「工場の責任者は私ですわ。フェリオス様こそどうして来ましたの?」
「婚約者を危険な目に会わせられないだろう。あなたは得体の知れない姫だが、さすがに剣は使えないようだし」
『得体の知れない』の部分は余計でしょ!
――と怒りたいところだが、犯人に気づかれたらまずいので我慢だ。
興奮すると鼻息も荒くなるし、お姫様らしくない。
ここは落ち着こう。
「本当に来るでしょうか?」
「絶対に来る。今夜は曇っていて月の光が届かないから、犯人にとっては絶好の機会だろう。そのために使用人たちに喧伝させたのだからな」
精油が盗まれる事件があった直後、フェリオスは私に新しい精油を作るように言った。私は工場でラベンダーを抽出し、それを使って新製品となる石鹸を作り出した。
ラベンダーはまだ市場に出していない。広まるまで時間がかかると判断したフェリオスは使用人たちにラベンダーの石鹸を使わせ、その噂を街に流したのだ。なるべく大声で、派手に喧伝するように命じて。
お城で働く使用人たちはかなり頑張ったらしい。
「とても落ち着く香り」だの「使い心地も最高」だの広めた結果、ラベンダーの石鹸はお店に並べた瞬間に売り切れてしまった。噂はしっかりと広まったようだ。
その状況で、今夜という絶好の機会を迎えている。
夏という季節で良かった。
もし真冬であれば、何時間も外で待つのは無理だっただろう。
やがて、工場に繋がる一本道に二人の人影が現れた。月の光がないため、小さな角灯を持っている。
誰もいないと思っているのか、二人の声は静かな夜によく響いた。
「旦那さま、不味いですよ。一回ならともかく二回も盗みを働くなんて……」
「しっ、静かにしろ! 嫌ならおまえはここで待て。私だけで工場に入る」
「そんなこと出来ません。私もお供いたします」
どうやら主人と従者のようだ。盗みに入るのに使用人ではなく主人がやってくるなんて珍しい。何か理由があるのか、ただの馬鹿なのかよく分からないけど。
二人は持ってきた袋から工具を取り出し、工場の出入り口に付けた鍵を壊してしまった。
「あぁっ! せっかく新しい鍵を、もがっ」
「……静かに。耐えてくれ、ララシーナ」
口元に大きな手が触れ、耳のちかくで低い声がささやかれる。
思わず「ひっ」と悲鳴が漏れた。
口を押さえるだけでいいはずなのに、なぜかフェリオスは私の体を背後から抱きしめているのだ。私は彼の腕の中にすっぽりとおさまり、背中から熱が伝わってくる。
は、はあああ!
無理ぃ!
離れてぇ……!
頭がぐらぐらと煮えたぎった頃、ようやくフェリオスは離れた。
「工場の中に入ってみよう。あなたはここで待って――」
「わ、私も行きますわ!」
「……そう言うと思った」
フェリオスはニッと笑い、先に歩き出した。私はその後ろ姿を追いかけるように続く。
夜で良かった。
いまの私、まっ赤な顔してると思う。
皇子の合図を受けた騎士たちも動き出し、徐々に工場への距離を詰めていく。私とフェリオスは物音を立てないように工場の中へ入った。
内部では従者が精油の瓶を集め、主人らしき人物は資料棚の辺りで何かを探しているようだ。
「どこだ、どこにあるんだ? せっかく精油を盗んでも、レシピが無ければまた失敗してしまう! 香りを飛ばさずに石鹸を作る方法があるはずなのに……!」
ああ、なるほど。
今回は精油のついでにレシピも盗みに来たらしい。
でもガントさんは自分のノートを自宅に持って帰っているし、他の資料はフェリオスの執務室に保管してある。この工場にはレシピは置いていないのだ。
石鹸を作る場合、精油は出来上がりの直前に入れる。
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