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48 女たちの決意

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「どうか気にしないでください。あの本のおかげで本来の私に戻れたのですから、むしろ良かったと思っています。さあ、お茶にしましょう」

「そうじゃの。皆、座るがよい。ルルシェよ、そなたもな」

 ルルシェはリョーシィの気遣いを有難く受けることにした。お茶は侍女に任せ、カサンドラの隣に座る。令嬢たちは誰もが例の本を持ってきており、表紙の裏にケイトリンのサインを貰っていた。本当に人気の本なのだなと思う一方で、気になることもある。
 ルルシェはおずおずと令嬢たちに話しかけた。

「あの、ひとつお聞きしたいのですが……。その本を読んだあと、私が女性だと知って失望したのではないですか? 私、ずっと皆さんを騙してきたので……」

 令嬢たちはしばらくポカンとしていたが、一人の令嬢が「そんなことありません」と答えを返した。伯爵令嬢のエメリーである。

「確かに驚きましたけど、どちらかと言うと安心しましたわ」

「そうそう。だってルルシェ様、女よりも美しい男と評判でしたでしょ。女性と知ってむしろホッとしました」

「まあ子爵令嬢のヴィヴィアナは、『男同士のほうが萌えるのに』と言っておりましたけど」

「ですよね! 美形の男同士って、無性に萌えるんですよねぇ……!」

 エメリーを皮切りに、急にお喋りが始まった。ケイトリンの情熱が入った「萌え」に関する話は難しく、なかなか理解できない。しかし令嬢たちはとても楽しそうな様子で安堵した。

 リョーシィも勿論ケイトリンのサインを貰っており、大切そうに本を撫でている。他国にまで広がっているとは驚きだ。ひと通り本を愛でたリョーシィはそれを侍女に預け、カサンドラに視線を向けた。

「さて、カサンドラよ。我は一週間後、王都の中央広場で演説をすることになっておる。貴族の令嬢たちはそれを知っておるか?」

「もちろんでございます。皆で声援に行きますわ。でもきっと、王都の民も大勢集まるのではないでしょうか。例の法案が通るようにと望む声は、商家の娘からも上がっておりますし」

(中央広場で演説? 例の法案? 何のことだろ)

 なんの情報も入ってこない立場のルルシェは、お茶を持ったまま呆然としていた。演説というのは何のことだろう。イグニスが頼んだのだろうか。

「ルルシェよ、そなたも来るのだぞ。むしろ、そなたは絶対に行かねばならぬ」

「お、お待ちください。演説というのは何のことですか? 私、普段は西棟にいるから、重要な情報はメイド長を通さないと分からなくて……」

「なんと! イグニスはそなたに何も教えておらぬのか……! まあ隠しておきたい気持ちは分からんでもないが、今回の件はルルシェこそ鍵になるというのに」

 リョーシィはぶつぶつ呟いたあと、ルルシェに全てを教えてくれた。国王になってからイグニスがずっと取り組んでいること、リョーシィがイグニスに頼まれたこと。

(「どうしても成し遂げたいこと」って、法案のことだったんだ)

 どうやらイグニスは、貴族の領地と爵位を性別に関係なく継承できる法案を議会で可決させたいらしい。しかし一部の貴族が根強く反対しており、その説得で苦労しているのだという。

「イグニスはおそらく、ルルシェのような女性のために今回の法案を作ったのだ。ブロンテには、優秀なのに家を継げない女性が多くいるからの」

「そう……でしょうか」

「そうですわ。今回の法案が通ればわたくしも侯爵家を継ぐことが出来ますもの。兄は自分が家を継ぐのが当たり前と考えて怠けているから、お父様は絶対に可決させてやると息巻いてましたわ」

 ルルシェは驚いてカサンドラを振り返った。確かに従兄いとこは怠け者であるが、カサンドラが家督を狙っているなんて知らなかった。

「でも、私が演説する姫のそばにいてもいいのでしょうか。私は皆を騙していた立場なのに……」

「あのう。わたしも少し、いいでしょうか?」

 おずおずとケイトリンが片手を上げている。ルルシェたちは目線でどうぞと伝えた。

「わたし、小説を商社に持っていったときに担当者に言われたんです。昔は本を書くのは男という変な常識があって、似たような本ばかりでつまらなかったって。だから、女性の作家をもっと増やしたいと言ってました。今回の法案は貴族に関するものですけど、貴族が変われば庶民だって変わるんじゃないでしょうか?」

「その通りじゃ。上が変われば下も変わる。ルルシェよ、そなたはこの国の女性たちの希望なのだぞ。並の男より強く、しかも賢いそなたこそ、国を変えるための象徴となるべきだ。大いに目立つがよい」

「……分かりました。どこまでお役に立てるか分かりませんが、精一杯がんばらせて頂きます」

 テーブルについた女性たちはお茶のカップを掲げ、皆で気合いを入れた。乾杯の声が響き、彼女たちを応援するように花びらが舞っている。

 私が、わたし達が国を変えてやるのだという熱意が、花にまで伝わったようだった。
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