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33 ケイトリンの趣味

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 ケイトリンは王都のすみに小さな部屋を借りて住んでいる。

 彼女はベーカリーで働いており、稼いだお金のほとんどを本につぎ込むような本の虫であった。そのため視力は低下し、いつも分厚いメガネを愛用している。

 ミステリーもホラーも何だって読むが、いちばん好きなのは恋愛小説だ。組み合わせは男女でもいいし、男同士でもいい。ケイトリンは趣味でこっそり小説を書いているので、街ゆくカップルを眺めるのが好きだった。

 この国はいちおう同性愛は恥ずべきものとしているが、内密に付き合っている男同士のカップルは少数ながら存在している。彼らがどれだけ隠そうと、長年観察してきたケイトリンの目はごまかせない。

 貴族だって表向きは「国教の教えに反する」なんて言っているが、彼らの中にも同性愛者はいる。実際に馬車の中でキスをしている貴人と侍従を見たことがあるし、間違いない。

(でも、なぁんか物足りないのよね)

 ケイトリンの目はかなり肥えている。これまで数え切れないほどの男女のペア、数組の男性同士のペアを見てきたが、心が萌えるような――ケイトリンは心がきゅんとする瞬間を“萌える”と表現している――組み合わせに出会っていない。日々、萌えるカップルを探して街をうろついている。

 春と夏が混じる季節、ケイトリンは友人の家へ遊びに出掛けた。友人はマラハイドの端にある小さな村で暮らしていて、今では一男一女の母である。彼女も無類の本好きであった。

 友人は異国の本を翻訳する仕事をしており、その日も珍しい本を紹介してくれたので何冊か借りて帰るところだった。雨が振っていたから泊まってもいいよと言ってくれたが、小さい子がいるので遠慮し、背中に荷物を担いで家を出た。

「うわ。道がぬかるんでる」

 家を出て数分で歩くのが嫌になった。が、今さら戻るわけにはいかないと歩みを進める。しかし数十分後にはさらに深く後悔することになった。あまり来ない場所だし、雨で景色が変わったせいか迷子になってしまったのだ。

 泥まみれの地面はどこが道なのかも分からず、ケイトリンは途方に暮れて山の坂道を登った。高いところから見下ろせば、何とかなるだろう……という希望的観測のもとに。しかし、彼女の目は別のものに釘付けになった。

 森の中にまぎれるようにして、二人の男性が雨宿りをしている。一人は黒髪の凛々しい青年。もう一人は紫がとけ込んだ銀髪の、人形かと見紛みまがうほどの美少年だ。

(まあ、まぁあ! なんて美しく、絵になる二人なの!)

 ケイトリンは時間も忘れてふたりに見入った。青年は少年の銀髪を手に取り、丁寧に結い上げている。大切そうに、愛おしそうに。

(萌える。最高に萌える……!)

 ケイトリンはメガネにあたる雨を拭きながら、食い入るように美しいカップルを観察した。

 ルルシェはキスを目撃されたと勘違いしたが、実はケイトリンは二人のキスを見ていなかった。ただ二人のあいだに漂う親密で愛にあふれた空気を感じとり、この二人は出来ているのではないかと思っただけだ。

 運が悪いことに、ルルシェとイグニスは普段は着ない服を身につけていた。橋を見に行くだけだから、かなり簡素な身なりをしていたのだ。だから貴族には見えず、ケイトリンもふたりが貴人だと気づかなかった。

 満足いくまで美しいペアを観察したケイトリンは、意気揚々と坂道をくだる。坂の上からだと村の全体像が把握でき、帰り道も見つけることが出来た。

(この坂を登って正解だったわ。帰り道も分かったし、最高の萌えを堪能できたし!)

 王都に戻ったケイトリンは早速ペンを取り、情熱のままに文字をつづる。この萌えを表現せずに人生を終えてたまるものか。これは傑作よ、大傑作よ!

 ケイトリンは書き上げた原稿を商社に持ち込み、恋愛小説の賞に応募した。小説は見事に新人賞を勝ち取り、印刷までとんとん拍子に話が進み――。

 ケイトリンがマラハイドに住んでいれば、黒髪の青年が領主だと知っていたかもしれない。しかし王都で暮らし、王室の事情に詳しくもない彼女は、青年が王子だとは知らなかった。

 そして自分が書いた小説が大ヒットし、誰かの人生を歪めることになるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
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