8 / 62
8 ドレスを着ろ(女装しろ)……!?
しおりを挟む
「お待たせしました!」
バンッと勢いよくドアを開けてイグニスの前に出る。何を言われるのかと恐怖で身がすくみそうだったから、わざと大きな音を出したのだ。
しかし何故かイグニスも周囲の者も目を丸くし、呆然とした様子でルルシェを見ている。何だろうあの顔は。黙ってないでなにか言ってほしい。
「……そんなに変ですか? やっぱり僕にドレスなんて似合うわけが――」
「いや。そのドレスはジャスミンの物だったんだが……予想以上に似合っている」
あははと軽く笑おうとしたのに、イグニスが大真面目な顔でいうから余計に気まずくなった。こういう時は笑って終わりにするべきなのに、何を真面目に褒めているのか。冗談が冗談で終わらなくなるでしょうが!
口元をひくひくさせていると、王子が目の前まで歩いてきてルルシェをまじまじと見つめる。横から見たり、後ろから見たり。一周した彼はおもむろに手を伸ばし、なんと―――。
「どうなってるんだ、これは。何か入れたのか?」
ルルシェの胸を遠慮なくわし掴みしている。反射的に右の拳が動きそうになったが、ブルブル震えながら殴りたいのを我慢した。
(……っ、今すぐ拳をお見舞いしてやりたい! 相手がその辺の貴族だったら殴ってやるのに……!)
「で、殿下が喜ぶかと思って……柔らかい布を、詰めてみたんです……っ」
「へえ。やけにリアルな感触だな」
首をかしげながらぐにぐにと他人の胸を揉んでいる王子さま。頭が沸騰するように熱く、血管が切れそうだ。
(この馬鹿王子、いつまで触ってんだぁ!)
――と叫びかけたとき、ようやくイグニスは手を離した。肩の力が抜け、口からはぁーっと息がもれる。
「……もう着替えていいですか?」
「まだ駄目だ。せっかくだから」
せっかくだから、何?
イグニスがルルシェの手を引いてドレッサーの方へ歩いていく。問答無用で椅子に座らされ、頭のリボンをほどかれた。
「懐かしいな。ジャスミンの髪もこうして結ってやったものだ」
「……はあ」
なるほど、ルルシェを妹姫の代わりにしようというのか。
怒りを我慢したせいか疲れてなげやりな気持ちになり、ルルシェは黙ってイグニスの好きにさせていた。武骨な手が器用に動いて、編み込みにしたり髪飾りをつけたりする。
「紅を塗ってもいいか?」
「……お好きにどうぞ」
もう晩餐の時間だから本当はいやだったけれど、楽しそうなイグニスを見ていると駄目だとは言いにくい。彼はメイドが持ってきた数種類の紅から、薄い桃色のものを選んだ。
「おまえは若いし、髪と瞳の色を考えると赤よりも桃色のほうが良さそうだな」
ルルシェの顎に手をかけ、細い筆を使って唇に紅をぬっている。顔の距離が近いから緊張感がある。妹にも紅を塗っていたんだろうか。それちょっと、どうかと思う。
「ジャスミン様にも紅を塗っていたのですか?」
「まさか。俺があの子の面倒を見ていたのは八歳までだ。それ以降は、気持ち悪いから駄目と言われて……」
ぐっと唇を噛み、悲しそうな顔をする。ルルシェは気の毒になり、イグニスからそっと視線を外した。
まあ普通に考えて、お兄さんに髪を結われるのはいやだろう。ジャスミン姫の気持ちもイグニスの気持ちも両方わかるから複雑な気分だ。
「殿下、確認したいのですが。明日の夜会は礼服でいいのですよね? ドレスで行けなんて言いませんよね?」
「ふっ、はは……安心しろ。夜会にまで女装して行けとは言わない」
良かった。胸が出っぱっている服は不安で仕方がない。
「でもおまえの失言に関してはまだ許していないからな。罰として、晩餐はその姿で食べること」
「……はい」
イグニスは結構ねちっこいところがある。弓だって本当はルルシェよりも上手くなりたいのに、勝てないから毎朝剣でしごいているのだ。そういうところが歪んでいると思う。
晩餐は非常に静かで、誰も無駄なお喋りをしなかった。
――もし王子のお気に入りが機嫌をそこねて領地に帰ってしまったら、誰が殿下の相手をするというのだ? 毎朝剣の相手をするなんて御免だ――。
誰もが損な役回りを避けているのだった。ルルシェはむすっとしたまま晩餐を終えた。
バンッと勢いよくドアを開けてイグニスの前に出る。何を言われるのかと恐怖で身がすくみそうだったから、わざと大きな音を出したのだ。
しかし何故かイグニスも周囲の者も目を丸くし、呆然とした様子でルルシェを見ている。何だろうあの顔は。黙ってないでなにか言ってほしい。
「……そんなに変ですか? やっぱり僕にドレスなんて似合うわけが――」
「いや。そのドレスはジャスミンの物だったんだが……予想以上に似合っている」
あははと軽く笑おうとしたのに、イグニスが大真面目な顔でいうから余計に気まずくなった。こういう時は笑って終わりにするべきなのに、何を真面目に褒めているのか。冗談が冗談で終わらなくなるでしょうが!
口元をひくひくさせていると、王子が目の前まで歩いてきてルルシェをまじまじと見つめる。横から見たり、後ろから見たり。一周した彼はおもむろに手を伸ばし、なんと―――。
「どうなってるんだ、これは。何か入れたのか?」
ルルシェの胸を遠慮なくわし掴みしている。反射的に右の拳が動きそうになったが、ブルブル震えながら殴りたいのを我慢した。
(……っ、今すぐ拳をお見舞いしてやりたい! 相手がその辺の貴族だったら殴ってやるのに……!)
「で、殿下が喜ぶかと思って……柔らかい布を、詰めてみたんです……っ」
「へえ。やけにリアルな感触だな」
首をかしげながらぐにぐにと他人の胸を揉んでいる王子さま。頭が沸騰するように熱く、血管が切れそうだ。
(この馬鹿王子、いつまで触ってんだぁ!)
――と叫びかけたとき、ようやくイグニスは手を離した。肩の力が抜け、口からはぁーっと息がもれる。
「……もう着替えていいですか?」
「まだ駄目だ。せっかくだから」
せっかくだから、何?
イグニスがルルシェの手を引いてドレッサーの方へ歩いていく。問答無用で椅子に座らされ、頭のリボンをほどかれた。
「懐かしいな。ジャスミンの髪もこうして結ってやったものだ」
「……はあ」
なるほど、ルルシェを妹姫の代わりにしようというのか。
怒りを我慢したせいか疲れてなげやりな気持ちになり、ルルシェは黙ってイグニスの好きにさせていた。武骨な手が器用に動いて、編み込みにしたり髪飾りをつけたりする。
「紅を塗ってもいいか?」
「……お好きにどうぞ」
もう晩餐の時間だから本当はいやだったけれど、楽しそうなイグニスを見ていると駄目だとは言いにくい。彼はメイドが持ってきた数種類の紅から、薄い桃色のものを選んだ。
「おまえは若いし、髪と瞳の色を考えると赤よりも桃色のほうが良さそうだな」
ルルシェの顎に手をかけ、細い筆を使って唇に紅をぬっている。顔の距離が近いから緊張感がある。妹にも紅を塗っていたんだろうか。それちょっと、どうかと思う。
「ジャスミン様にも紅を塗っていたのですか?」
「まさか。俺があの子の面倒を見ていたのは八歳までだ。それ以降は、気持ち悪いから駄目と言われて……」
ぐっと唇を噛み、悲しそうな顔をする。ルルシェは気の毒になり、イグニスからそっと視線を外した。
まあ普通に考えて、お兄さんに髪を結われるのはいやだろう。ジャスミン姫の気持ちもイグニスの気持ちも両方わかるから複雑な気分だ。
「殿下、確認したいのですが。明日の夜会は礼服でいいのですよね? ドレスで行けなんて言いませんよね?」
「ふっ、はは……安心しろ。夜会にまで女装して行けとは言わない」
良かった。胸が出っぱっている服は不安で仕方がない。
「でもおまえの失言に関してはまだ許していないからな。罰として、晩餐はその姿で食べること」
「……はい」
イグニスは結構ねちっこいところがある。弓だって本当はルルシェよりも上手くなりたいのに、勝てないから毎朝剣でしごいているのだ。そういうところが歪んでいると思う。
晩餐は非常に静かで、誰も無駄なお喋りをしなかった。
――もし王子のお気に入りが機嫌をそこねて領地に帰ってしまったら、誰が殿下の相手をするというのだ? 毎朝剣の相手をするなんて御免だ――。
誰もが損な役回りを避けているのだった。ルルシェはむすっとしたまま晩餐を終えた。
11
お気に入りに追加
2,246
あなたにおすすめの小説
【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない
かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が
シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。
女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。
設定ゆるいです。
出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。
ちょいR18には※を付けます。
本番R18には☆つけます。
※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。
苦手な方はお戻りください。
基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。
ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)
三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。
各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。
第?章は前知識不要。
基本的にエロエロ。
本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。
一旦中断!詳細は近況を!
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~
雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。
元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。
※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。
【完結】愛する女がいるから、妻になってもお前は何もするなと言われました
ユユ
恋愛
祭壇の前に立った。
婚姻契約書と共に、もう一つの契約書を
神に提出した。
隣の花婿の顔色が少し悪いが知ったことではない。
“お前なんかと結婚したくなかった。
妻の座はやるが何もするな”
そう言ったのは貴方です。
今からぶっといスネをかじらせていただきます!
* 作り話です
* R指定は保険レベル
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【R18】翡翠の鎖
環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。
※R18描写あり→*
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる