11 / 27
-11-
-11-
しおりを挟む
炎天下。
今日の現場はまさしくそのものである。
梅雨の中休みというのか、朝から日差しはどんどんその勢力を増し、昼食の為の休憩をとった時には、作業員全員が真っ赤な顔で倒れんばかりに仮設テントの中に入ってきたのだった。
「おもしろい話、聞いたんだけど」
そしてまた、今日はいつもと少し勝手が違う。
和泉にとって、入社した頃を思い出す相棒が横に座って愛妻弁当を広げているのである。
「なんスか、高倉さん?」
入った頃はずっと指導係として和泉と一緒に現場入りしていた高倉であるが、最近は仕事内容が少し変わって、殆ど一緒に現場に出ることなどなかったのである。
しかし、今日は和泉のいつものペアである村田が夏風邪を拗らせたとかで休んでおり、たまたま内勤となっていた高倉がその穴埋めとして和泉の現場に入ったのだ。
「おまえさん、開発のバイトくんにナンパされたらしいな」
思わず、手に持っていたコンビニ特製おにぎりを膝の上に落としてしまう。
「な……だ……ど……?」
「何故か。それは俺がおまえと同じ職場にいるから。誰から聞いたか。そりゃ、村田に決まってるだろ?」
質問にならない問いかけに、しかし高倉はあっさりと応えてくれた。
「しかも和泉ちゃん、結構それにノっちゃってるらしいじゃないか」
言いながらも表情は変わらず、おそらく奥様お手製であろう卵焼きなんぞを口に運んでいる。
「……ヤいてんですか?」
悔しいので、嫌味を込めてそんな風に訊いてみた。
「ああ、当たり前だろ?」
即答されて、しまう。
しかし和泉にはそれが何よりの“嫌味”に思えて、ムッとした表情で黙って立ち上がった。
「何やってんだよ、和泉」
「オレ、あっち行きます。ひろ……高倉さんと一緒に、いたくない」
思わず口をついて出てきた名前をすぐに訂正し、和泉は口をつぐんだままその場を離れようとした。
「待てよ!」
高倉の手がそんな和泉の腕を素早く掴んで、再びその場に座らせた。
下請けの作業員は皆別のテントにいるので、二人のそんな様子を気にかけてる人間など誰もいない。
けれど、和泉はその場を考えて自分の行動を反省し、すぐにおとなしく座り直したのだった。
「ヤくのは、当たり前だろう、和泉」
そして、高倉が和泉にだけ聞こえるように話し始めた。
「おまえにしてみれば、確かに遊びに見えるだろう。俺には水津穂がいるし、拓もいる。あいつらへの愛情は本物だと、俺は思う」
妻子持ちの男、なんてことはこの関係が始まった時からわかっていたこと。
和泉だってそのことは十分に理解している。けれど……。
「でも、さ。おまえのことをどうでもいいように想っているなんて、そんなことは決してないぞ、俺は。おまえといるときはおまえに本気だし、そんなおまえのことを追いかけ回すヤツがいる、なんて聞いて、気にしないでいられるほど俺はオトナじゃない」
少し掠れたようなその言葉には、隠しようのない感情が込められていて。
事務所内の――恐らく社内にも一部いるであろうマニアたちの――愛するマスコットが、昨日今日入ったような何も知らないアルバイト生なんぞにナンパされていた、と言う事実を、それこそ何も知らない村田はおもしろおかしく高倉に話してくれた。
いつの時代も右に出る物はいないと言われる程の色男で通ってきた高倉の人生の中で、それは、今まで味わったことのない感覚で、きっとこれが世に言う“嫉妬”という感情なのだろうと思い至った瞬間に、和泉への気持ちが自分でも“アソビ”を越えているものだということに気づいた。
けれど、それは表に出すべきではないとわかっていたし、だからこそその一瞬後には村田と共にその事実を笑い飛ばすという行為に及んだのではあったが、当の和泉に対して恨み言の一つは言ってもいいのではないかと思ったのも事実である。
「高倉、さん」
「惚れなおしたか?」
「……自分で言わないで下さい」
「でも、事実だろう?」
「違いますよ。呆れ返っただけです。さすがは“抱かれたいオトコナンバー1”だけあるな、って」
和泉はペットボトルのお茶を飲み干して、軽く高倉を睨み付ける。
「都合良いことばっかし言って。そうやって水津穂さんのこともナンパしたんですか?」
「こらこら、あんまりつっかかるなよ」
「つっかかってなんかいません」
「じゃあ機嫌直せよ?」
「直らないです」
「後で電話するからさ」
「……またそうやって……」
「今度、ちゃんと朝まで一緒にいるから」
「……ずるいです」
そんなこと言われたら、喜んでしまう。
秘密の社内恋愛、しかも怒濤の不倫関係なんてやっていると、嫉妬という感情はいつも幸せと一緒に存在しているわけで。
そんな自分だけが抱いているのだろう醜い感情を、この人もたまには感じているのかもしれない、なんてほんとはそれだけで嬉しいのだけど。
「和泉」
名前なんて、本当は呼ばれるだけで嬉しいのだけど。
「メシ食ったら、次の作業入りますからね」
簡単に機嫌を直してしまった自分なんて、見せてやるものかと和泉はすっくと立ち上がって言った。
勿論高倉は和泉の感情の動きなど全部お見通しなのではあったが。
今日の現場はまさしくそのものである。
梅雨の中休みというのか、朝から日差しはどんどんその勢力を増し、昼食の為の休憩をとった時には、作業員全員が真っ赤な顔で倒れんばかりに仮設テントの中に入ってきたのだった。
「おもしろい話、聞いたんだけど」
そしてまた、今日はいつもと少し勝手が違う。
和泉にとって、入社した頃を思い出す相棒が横に座って愛妻弁当を広げているのである。
「なんスか、高倉さん?」
入った頃はずっと指導係として和泉と一緒に現場入りしていた高倉であるが、最近は仕事内容が少し変わって、殆ど一緒に現場に出ることなどなかったのである。
しかし、今日は和泉のいつものペアである村田が夏風邪を拗らせたとかで休んでおり、たまたま内勤となっていた高倉がその穴埋めとして和泉の現場に入ったのだ。
「おまえさん、開発のバイトくんにナンパされたらしいな」
思わず、手に持っていたコンビニ特製おにぎりを膝の上に落としてしまう。
「な……だ……ど……?」
「何故か。それは俺がおまえと同じ職場にいるから。誰から聞いたか。そりゃ、村田に決まってるだろ?」
質問にならない問いかけに、しかし高倉はあっさりと応えてくれた。
「しかも和泉ちゃん、結構それにノっちゃってるらしいじゃないか」
言いながらも表情は変わらず、おそらく奥様お手製であろう卵焼きなんぞを口に運んでいる。
「……ヤいてんですか?」
悔しいので、嫌味を込めてそんな風に訊いてみた。
「ああ、当たり前だろ?」
即答されて、しまう。
しかし和泉にはそれが何よりの“嫌味”に思えて、ムッとした表情で黙って立ち上がった。
「何やってんだよ、和泉」
「オレ、あっち行きます。ひろ……高倉さんと一緒に、いたくない」
思わず口をついて出てきた名前をすぐに訂正し、和泉は口をつぐんだままその場を離れようとした。
「待てよ!」
高倉の手がそんな和泉の腕を素早く掴んで、再びその場に座らせた。
下請けの作業員は皆別のテントにいるので、二人のそんな様子を気にかけてる人間など誰もいない。
けれど、和泉はその場を考えて自分の行動を反省し、すぐにおとなしく座り直したのだった。
「ヤくのは、当たり前だろう、和泉」
そして、高倉が和泉にだけ聞こえるように話し始めた。
「おまえにしてみれば、確かに遊びに見えるだろう。俺には水津穂がいるし、拓もいる。あいつらへの愛情は本物だと、俺は思う」
妻子持ちの男、なんてことはこの関係が始まった時からわかっていたこと。
和泉だってそのことは十分に理解している。けれど……。
「でも、さ。おまえのことをどうでもいいように想っているなんて、そんなことは決してないぞ、俺は。おまえといるときはおまえに本気だし、そんなおまえのことを追いかけ回すヤツがいる、なんて聞いて、気にしないでいられるほど俺はオトナじゃない」
少し掠れたようなその言葉には、隠しようのない感情が込められていて。
事務所内の――恐らく社内にも一部いるであろうマニアたちの――愛するマスコットが、昨日今日入ったような何も知らないアルバイト生なんぞにナンパされていた、と言う事実を、それこそ何も知らない村田はおもしろおかしく高倉に話してくれた。
いつの時代も右に出る物はいないと言われる程の色男で通ってきた高倉の人生の中で、それは、今まで味わったことのない感覚で、きっとこれが世に言う“嫉妬”という感情なのだろうと思い至った瞬間に、和泉への気持ちが自分でも“アソビ”を越えているものだということに気づいた。
けれど、それは表に出すべきではないとわかっていたし、だからこそその一瞬後には村田と共にその事実を笑い飛ばすという行為に及んだのではあったが、当の和泉に対して恨み言の一つは言ってもいいのではないかと思ったのも事実である。
「高倉、さん」
「惚れなおしたか?」
「……自分で言わないで下さい」
「でも、事実だろう?」
「違いますよ。呆れ返っただけです。さすがは“抱かれたいオトコナンバー1”だけあるな、って」
和泉はペットボトルのお茶を飲み干して、軽く高倉を睨み付ける。
「都合良いことばっかし言って。そうやって水津穂さんのこともナンパしたんですか?」
「こらこら、あんまりつっかかるなよ」
「つっかかってなんかいません」
「じゃあ機嫌直せよ?」
「直らないです」
「後で電話するからさ」
「……またそうやって……」
「今度、ちゃんと朝まで一緒にいるから」
「……ずるいです」
そんなこと言われたら、喜んでしまう。
秘密の社内恋愛、しかも怒濤の不倫関係なんてやっていると、嫉妬という感情はいつも幸せと一緒に存在しているわけで。
そんな自分だけが抱いているのだろう醜い感情を、この人もたまには感じているのかもしれない、なんてほんとはそれだけで嬉しいのだけど。
「和泉」
名前なんて、本当は呼ばれるだけで嬉しいのだけど。
「メシ食ったら、次の作業入りますからね」
簡単に機嫌を直してしまった自分なんて、見せてやるものかと和泉はすっくと立ち上がって言った。
勿論高倉は和泉の感情の動きなど全部お見通しなのではあったが。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
愛玩人形
誠奈
BL
そろそろ季節も春を迎えようとしていたある夜、僕の前に突然天使が現れた。
父様はその子を僕の妹だと言った。
僕は妹を……智子をとても可愛がり、智子も僕に懐いてくれた。
僕は智子に「兄ちゃま」と呼ばれることが、むず痒くもあり、また嬉しくもあった。
智子は僕の宝物だった。
でも思春期を迎える頃、智子に対する僕の感情は変化を始め……
やがて智子の身体と、そして両親の秘密を知ることになる。
※この作品は、過去に他サイトにて公開したものを、加筆修正及び、作者名を変更して公開しております。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる