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悔しい、と思う。
張り切り過ぎていたのは確かだけれど、走った直後に“ヤバい”と思ったけれども崩れ落ちてしまう自分を支えるものなんて何もなかった。
みっともない、という自尊心なんて関係ないくらい、すとん、と力が抜けてしまって。
どうしていいかわからなくて一人で内心パニくっていて。
このまま死ぬのかも、なんてわけのわからない恐怖まで襲ってくるから気持ち悪さなんて倍増するし。
今日はとにかく楽し過ぎて、はしゃぎ過ぎていたのは、認める。
音楽だって、運動だって、どっちも同じくらい好きだから。こんな風に思う存分、どっちも楽しめるこんなイベント、他にない。
でも、まさかこんなことになるなんて思ってなくて。
自分の体力の限界なんて、全然念頭になかった。もっと、もっと。いくらでも走れると思っていた。
動けなくなる、なんて予想もしていなかった。
……でも。
土岐が助けに来てくれた。
ずっと自分の方が兄だと、上だと思っていたのに。
この前喧嘩に負けた時からこの弟に自分がもう、敵わないという事実が何よりも自分には辛い。
「別に、俺と張り合うなんて、しなくていいじゃん」
倒れたこともショックだったけれど、土岐に助けられたことが何よりもショックで黙り込んでいた恵那に、けれども土岐がふと、そんなことを言う。
「恵那は、恵那だし。俺は、別に恵那を非力だとは思ってないし」
思ったことを思いつくままに喋る自分と違い、土岐は何を話すか何を喋るべきかいつだって考えて口を開くから。ぽつりぽつりと話す土岐に耳を傾ける。
「好きなコができた時に、そいつを護るだけの力があればそれで充分なんじゃないのか?」
やっぱり。
自分が軽く口にしてしまうような薄っぺらい言葉とは違う、ちゃんと想いの入った重い言葉が返ってくるから。
そういうトコが、恵那には何よりも悔しい。
「……おまえは、どんなコでも護れるもんな」
悔しいから、やっぱり憎まれ口になってしまう。
「どんなコでもって……でも、俺はその相手に選んでもらえないから、俺なんておまえより全然非力だ」
「土岐?」
あれ、こいつ好きなコ、いんの? と恵那が訝る。が、土岐はそのまま黙り込んでしまって。
突っ込んでいいものか躊躇っていると。
「えな! 大丈夫? なんか、走った後で具合悪くなったって」
テントに涼が飛び込んで来た。
「ああ……うん、もう、大丈夫」
「閉会式、そろそろ始まるって言ってるけど。えな、このままここで休んでる?」
心配そうに覗き込むから。
「大丈夫だって。心配してくれて、ありがと」
騎馬戦の後、土下座してなんとか赦してもらったけれど、その後も走り回っていた恵那は涼とまともに話せていなくて。まだまだ不機嫌だろうと覚悟していただけに、この騒動のおかげでなんとか機嫌は直してくれたようで安心した。
「一緒にえなのこと応援してたんだけど、土岐がさ、僕と響ほっといて急にグランド入ってくし、えなお姫様抱っこして攫って行っちゃうし。びっくりした」
「お姫様抱っこって……さすがにそりゃねーだろがよ」
「恵那かて、充分“姫”やで、俺らからしてみりゃ。まあ、えげつないくらい口悪いし、はっちゃけまくっとるオテンバ姫さんやけどな」
響が笑う。
「スウェーデン、どうなった?」
涼のことは散々姫扱いしているけれど、自分がされるのは納得いかないから顔を顰めた。そして話を変える。
学年ごとにレースがあるので、恵那たち一年生の後まだ二レース残っていて。
「C組、勝ったよ。韮崎くん陸上部だし。えなの後でどんどん一位と差を縮めてって、最後の最後にちゃんと抜いてったの、凄かった。おまけに、二年も三年もC組がトップだったみたいだし」
涼たちも救護テントに向かっていたから一年生の後のレース自体は見ていないけれど、実況が聴こえてきた。
他のクラスがほぼほぼ陸上部、もしくはサッカー部やバスケ部という走力トップな体育会系メンバーで占められているスウェーデンリレーだったのに、唯一の吹部があんな走りを見せたせいでどうやら二年生三年生のC組も気合が入りまくったらしい。
みんなの士気を高めたという意味では十分恵那も“姫”だろう。
「じゃあ、ウチが優勝確定だな。涼、最低でもジュース一本、上手く行けば学食のチケット一週間分貰えるぞ」
恵那が嬉しそうに言う。
「何、それ?」
「三年の先輩たちが言ってた。勝ったらそれなりにご褒美が待ってるって」
「……C組ゆうたら、お祭り好きが集まっとるチームやったな、そう言えば」
「そ。騎馬戦で涼が残ったのも勝因の一つだし、多分何かしらのご褒美があるだろうから期待しとけ」
涼に綺麗にウィンクを決めて、
「さ、閉会式だ。行こう」と恵那が立ち上がり、救護テントを後にした。
張り切り過ぎていたのは確かだけれど、走った直後に“ヤバい”と思ったけれども崩れ落ちてしまう自分を支えるものなんて何もなかった。
みっともない、という自尊心なんて関係ないくらい、すとん、と力が抜けてしまって。
どうしていいかわからなくて一人で内心パニくっていて。
このまま死ぬのかも、なんてわけのわからない恐怖まで襲ってくるから気持ち悪さなんて倍増するし。
今日はとにかく楽し過ぎて、はしゃぎ過ぎていたのは、認める。
音楽だって、運動だって、どっちも同じくらい好きだから。こんな風に思う存分、どっちも楽しめるこんなイベント、他にない。
でも、まさかこんなことになるなんて思ってなくて。
自分の体力の限界なんて、全然念頭になかった。もっと、もっと。いくらでも走れると思っていた。
動けなくなる、なんて予想もしていなかった。
……でも。
土岐が助けに来てくれた。
ずっと自分の方が兄だと、上だと思っていたのに。
この前喧嘩に負けた時からこの弟に自分がもう、敵わないという事実が何よりも自分には辛い。
「別に、俺と張り合うなんて、しなくていいじゃん」
倒れたこともショックだったけれど、土岐に助けられたことが何よりもショックで黙り込んでいた恵那に、けれども土岐がふと、そんなことを言う。
「恵那は、恵那だし。俺は、別に恵那を非力だとは思ってないし」
思ったことを思いつくままに喋る自分と違い、土岐は何を話すか何を喋るべきかいつだって考えて口を開くから。ぽつりぽつりと話す土岐に耳を傾ける。
「好きなコができた時に、そいつを護るだけの力があればそれで充分なんじゃないのか?」
やっぱり。
自分が軽く口にしてしまうような薄っぺらい言葉とは違う、ちゃんと想いの入った重い言葉が返ってくるから。
そういうトコが、恵那には何よりも悔しい。
「……おまえは、どんなコでも護れるもんな」
悔しいから、やっぱり憎まれ口になってしまう。
「どんなコでもって……でも、俺はその相手に選んでもらえないから、俺なんておまえより全然非力だ」
「土岐?」
あれ、こいつ好きなコ、いんの? と恵那が訝る。が、土岐はそのまま黙り込んでしまって。
突っ込んでいいものか躊躇っていると。
「えな! 大丈夫? なんか、走った後で具合悪くなったって」
テントに涼が飛び込んで来た。
「ああ……うん、もう、大丈夫」
「閉会式、そろそろ始まるって言ってるけど。えな、このままここで休んでる?」
心配そうに覗き込むから。
「大丈夫だって。心配してくれて、ありがと」
騎馬戦の後、土下座してなんとか赦してもらったけれど、その後も走り回っていた恵那は涼とまともに話せていなくて。まだまだ不機嫌だろうと覚悟していただけに、この騒動のおかげでなんとか機嫌は直してくれたようで安心した。
「一緒にえなのこと応援してたんだけど、土岐がさ、僕と響ほっといて急にグランド入ってくし、えなお姫様抱っこして攫って行っちゃうし。びっくりした」
「お姫様抱っこって……さすがにそりゃねーだろがよ」
「恵那かて、充分“姫”やで、俺らからしてみりゃ。まあ、えげつないくらい口悪いし、はっちゃけまくっとるオテンバ姫さんやけどな」
響が笑う。
「スウェーデン、どうなった?」
涼のことは散々姫扱いしているけれど、自分がされるのは納得いかないから顔を顰めた。そして話を変える。
学年ごとにレースがあるので、恵那たち一年生の後まだ二レース残っていて。
「C組、勝ったよ。韮崎くん陸上部だし。えなの後でどんどん一位と差を縮めてって、最後の最後にちゃんと抜いてったの、凄かった。おまけに、二年も三年もC組がトップだったみたいだし」
涼たちも救護テントに向かっていたから一年生の後のレース自体は見ていないけれど、実況が聴こえてきた。
他のクラスがほぼほぼ陸上部、もしくはサッカー部やバスケ部という走力トップな体育会系メンバーで占められているスウェーデンリレーだったのに、唯一の吹部があんな走りを見せたせいでどうやら二年生三年生のC組も気合が入りまくったらしい。
みんなの士気を高めたという意味では十分恵那も“姫”だろう。
「じゃあ、ウチが優勝確定だな。涼、最低でもジュース一本、上手く行けば学食のチケット一週間分貰えるぞ」
恵那が嬉しそうに言う。
「何、それ?」
「三年の先輩たちが言ってた。勝ったらそれなりにご褒美が待ってるって」
「……C組ゆうたら、お祭り好きが集まっとるチームやったな、そう言えば」
「そ。騎馬戦で涼が残ったのも勝因の一つだし、多分何かしらのご褒美があるだろうから期待しとけ」
涼に綺麗にウィンクを決めて、
「さ、閉会式だ。行こう」と恵那が立ち上がり、救護テントを後にした。
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