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黒ずくめの男

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 朝日を迎えると、タストの鼻先に再びこうばしい匂いが鼻をついた。

(あいつ! 性懲しょうこりもなくまた来たか!)

 タストは面倒くさそうに起き上がると匂いのもとを見やる。
 向いた先にはバーベキューに熱中する人影が見えた。煙がモクモクと立ち込めてるせいで誰なのかはハッキリとしなかったが、こんなおかしな事をする人物は一人しかいない。

「だから言ったろ! もう戻って──」

 言いかけた途中、煙からあらわれた人物にタストは言葉を失った。
 煙から現れた人物はユーリカではなく、黒ずくめの男であった。

 一つ結びにまとめた長い黒髪、全身を黒に染めた細身の長身スーツ、大きな鋭い目と黄色い瞳。
 そして、最も特徴的なのが大きく尖った耳。

(背中に翼をやせば死神の出来上がりだな)とタストは思った。

「見慣れたバーベキューセットがあったから勝手に使わせてもらったけど……もひはひへほれひひほ?」

 モグモグとトング片手に焼いた肉を頬張ほおばる黒ずくめの男に対し、タストは警戒心をゆるめず、腰の短剣に手をかける。

「その耳……おまえは悪魔の生き残りか?」

「“悪魔”、か。うん。半分正解で半分ハズレかな。僕はハーフだよ」

「悪魔と人間のハーフだなんて聞いたことない」

「世界は君が思うよりずっと広いってことだよ」

 黒ずくめの男はトングを魔法で宙にふわふわと浮かせた。

「それで? さっきなにか言いかけてたけど、君の口ぶりからさっするに僕に向けて言ったんじゃないよね?」

「な、なんでそこが気になるんだよ?」

「たぶんだけど、もしかして“その人”は僕が“探してる相手”なんじゃないかなと思ってね?」

 ギロリと大きく鋭い眼光がタストに圧力をかける。その言葉でタストは察した。

(この男、ユーリカを探している……!?)

 タストは黒ずくめの男に負けじとキッと睨み返した。しかし、黒ずくめの男は意外な言葉を口にする。

「──君は勘違かんちがいをしている。べつに僕は彼女に危害を加えるつもりはない」

「じゃあ、何者なんだ? どう見たって悪者にしか見えないぞ!」

「初めて会ったヒトに対して、それは結構傷つく……」

 タストは相手がハーフといえど、初めて対面たいめんした人外相手に体を強張らせた。しかし、悪魔に弱気は見せまいとタストは強気つよきの姿勢をつらぬいた。

「“ヒト”と言えるのか……?」

「へえ、なかなか言ってくれるね」

 男の口は笑みを浮かべていたが、目はギラリと殺気をにじませていた。

……一触即発の空気のなか、先に先手を切ったのは──

 グ~~~

──タストのお腹の音だった……。

「っ?!」

 タストは顔を真っ赤に染めた。ユーリカと会ってから一度も食事をしていなかった事をすっかり忘れていた。
 そんなタストを見て取った男は「フハハハ」と高らかに笑う。

「せっかくの殺し合いが興覚きょうざめ。まずはご飯食べなよ?」

 男はトングで焼いた肉を取るとタストの口元に差し出した。

「……いただきます」

 タストは空腹に負けて肉をぱくりと食べた。

「どう? おいしい?」

「うっ……こえてう(焦げてる)」


 * * *


「──たがいの信頼を得るためにまずは自己紹介をしておこうか」

 黒ずくめの男は青いネクタイに手を当てて、ネクタイをめ直す動作をしながら名を名乗った。

「初めまして。悪魔と人間のけ橋になる事を心から夢みてる善良紳士のシトリです。どうぞよろしく」

『シトリ』と名乗った男は華麗かれいに一礼してみせた。
 彼の自己紹介内容にタストは色々とツッコみたい箇所かしょだらけだったが、ここはあえて触れずにいくことにした。

「おれはタスト……よろしく」

「うん、じゃあ“ヨロシクさん”だね」

「そこを名前と認識にんしきするなっ!」

 アハハと笑うシトリ。
 巫女娘に続き、半人半悪魔ともバーベキューをするなかになってしまった事にタストは内心複雑な気持ちだった。

 もともとタストは人間嫌いの性格だった。家出する前から人と関わることをなるべくけてきた。
 とおざけてきた人との触れ合い。それを一気にめてしまえるほどの濃厚な時間を、たったの半日で経験してしまった。
 彼ら二人と話していると、今まで積み重ねた自分のキャラがくずされるような感覚を覚えた。
 そして、そこに嫌な気持ちはしない事にタストの心は“ざわつき”を感じ始めていた。

「──それじゃあ、そろそろ彼女の居場所を教えて貰おうか?」

「その前に一つ、聞かせてくれ。シトリもユーリカと旅をしてるのか?」

「そうだよ。彼女に誘われたんだ。“一緒に旅しない?”ってね。最初は断ったんだけど彼女、なかなかれなくて。仕方なく彼女と旅を始めることにしたんだ」

「あいつは誰にでも同じことしてるのか……」

「あれ? もしかして君も誘われたの?」

「ああ、めちゃくちゃしつこくね。ほんと大迷惑っ!」

 腕を組み、むすっとした顔を見せるタストに対し、シトリは「へぇ」と言って笑みを浮かべる。

「珍しい。彼女あー見えて、なかなか自分からは誘わないよ?」

「──え」

 タストはシトリの言葉にポカンとした顔で腕組をき、目を泳がせる。

「じゃあ、なんでおれを……? おれなんて命が二年しかない役立たずなのに……」

 タストの言葉にシトリはポツリとつぶやく。


「彼女の命は──“あと一年”」


「……え?」

「神のお告げなんかじゃない。そういう“呪い”なんだ」

「呪いだったら、その呪いをける方法はいくらでもあるんじゃないのか?」

 シトリは首を横に振る。

「……ない。残念ながら。でも彼女はそれも受け入れてる。今という時間を思う存分楽しんで、世界中を旅してまわって、すべての思い出を日記に書きつづり、残すこと。それが彼女の“夢”──」

「たったの一年って……おれより歳下なのに……残酷すぎるだろ」

「世界は残酷だよ。きみが生まれるずっと前からね」

 シトリはそう言い、遠くを見つめた。

「もちろん僕だって彼女を死なせたくない。だから彼女には悪いけど、ユーリカくんには内緒で“呪いを解く方法”をこっそり探している。世界中の何処かに必ずその方法はあると僕は信じてる」

「……」

 想像を絶するほどの過酷な宿命を背負った少女ユーリカ──そしてシトリの本音を知ったタストは改めて深く考え込んだ。
 しかし、ただでさえ外国に行った試しがないタストに、“彼らの事情”はあまりに荷が重すぎた。

「……そんな何年もかかりそうな面倒事に付き合うなんて、おれはごめんだね!」

「そう? だけどおそらく彼女は君のことが……」

 と、シトリが言いかけたその時、

「グギャオオオオオンッ!!」

 森の奥から獣のけたたましいうなり声がとどろいた。タストはその唸り声に嫌な胸騒ぎがした。

「もしかして……! あいつ、“ざわめきの森”に入ったのか!?」

 直後、タストはわき目もふらず森の中へとけだした。
 その様子にシトリもあとに続く。

「ユーリカくんがその“ざわめきの森”に入った確証かくしょうはあるのかい?」

「“ざわめきの森”に棲息せいそくするハイボルグは普段は寝てるが、人間が近づくとあーやって吠えるんだ! 気性が荒くて奴を一匹倒すのに村の男全員でかかっても五日かかった!」

 シトリの整った顔に初めて焦りの色が浮かぶ。

「そんな獣がいると知って、君は彼女を一人で森へ行かせたのかい?!」

「おれが教えたのは一番大きな木がある森のほうだ! 大きな木なんて“ざわめきの森”には一つもないのに!」

「相手はユーリカくんだぞ! 彼女が大きな木を“ちゃんと認識してる”と思うかい?」

「!……もしかして“別の大きなもの”を“大きな木”だと見間違みまちがえた……? なら、こっちしかない!」

 タストは走る方向をすぐさま変えた。それにシトリも合わせてピタリとくっついていく。

(あのバカ、ちゃんと生きてろよ……! おれのテキトーな案内のせいで死んじまったら、死んでも死にきれないからな!)
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