運命の人

悠花

文字の大きさ
上 下
35 / 60
行動と妄想

しおりを挟む

 今日、松田のしたことで唯一よかったことは、ハイヤーの料金を後払いで持ってくれたことだ。
 お金を払う、払わない、のやり取りをしなくてすんだのはありがたかった。そのおかげで、家に着くとサッサと降りることが出来たのだから。
 長く苦痛に満ち溢れた一日がやっと終わる。
 シャワーを済ませ、髪を乾かすことも面倒でそのままベッドに倒れ込んだ。
 今日はしない。明日もしない。日向のキスを思い出して自慰に耽るのは、もうやめる。今にも自身の欲に手を持って行きそうな自分と戦っていると、ふいに電話が鳴った。
 電話というのは、掛かって来て欲しいときにはひとつも鳴らず、いらないときこそ掛かってくる。
 画面を見ると、日向の名前が表示されていた。
 出ない、という選択も出来たけれど、今なら日向のありがたくもないフォローを受け流せる自信があり電話に出た。

「なんですか」

 第一声にしては、失礼極まりないのは百も承知だった。

『わかりました』

 そう言われても、何のことかわからず黙っていると、電話越しの日向が大きく息を吐いた。

『ここ最近、ずっと考えてたんです。でも、椿さんに言われて、やっとわかりました』
「あの、なにが……」
『したかったんです。理由なんかなかったんです』

 咲久にキスをした理由のことを言っているのだろうか。

『俺も同じです。俺も、椿さんのこと、性の対象として見てます』

 日向がそう言ったとき、玄関のチャイムが鳴った。スマホを耳に当てたまま、恐る恐る玄関を開けると、同じくスマホを耳に当てた男がそこに立っていた。

「この状況がマズイことは、十分わかってます」

 静かにそう言った日向の唇が、何かを言おうとした咲久の口を塞いだ。思わず逃げようとした咲久の身体は、日向の腕の中に呆気なく引き寄せられる。顔を背けないように顎を固定され、唇を割り開く舌が絡み合うと背中がゾクリと揺れた。
 どうしてこうなっているのか、何が起こっているのかわからない。それでも、さっきまで渦巻いていた感情が消え去ることだけはハッキリとわかった。何を言っても、結局のところ、こうして欲しかったのだ。
 咲久が着ているシャツを、日向の手がたくしあげる。脱がした咲久のシャツを玄関に落とし、自分もジャケットを脱ぐ。キスだけで終わるつもりがないことを示した日向が、服を脱ぐときに離れた唇を再び合わせて来た。
 玄関から部屋へと入り、ベッドに押し倒される。シャワーをした後でよかった、とどうでもいいことを考える余裕はまだある。
 部屋着のズボンに手をかけ、それを脱がされると、もう着けているものは下着だけになった。いまだ、ジャケットしか脱いでいない日向が、最後の下着に手を掛ける。

「待って……」

 脱がされないよう思わず下着を掴むと、少しだけ微笑んだ日向がその手を退け下着を下ろした。足元に縺れる下着を、丁寧に抜き取られ、見られたくない部分を慌てて両手で隠す。
 自分だけが全裸になり、ベッドに横たわっているという事実に、鼓動が速くなり一気に身体が火照った。あまりの恥ずかしさに、日向の顔を見ることが出来ない。

「俺で抜いたって、ホントですか?」

 ストレートな質問に、さらに身体の熱が上がった。
 そんなこと、今聞かないで欲しい。
 いったいどんな顔でそんなことを聞くのかと思い、視線だけ動かすと、初めて見る男の顔をした日向が咲久を見つめていた。普段は明るく爽やかなのに、こういうときには色気を発するタイプなのか隠すことのない欲情が表情から見てとれる。

「答えたく……ないです」

 咲久が再び視線を逸らしながら言うと、まるで愛おしい何かに触れるように頬を手で覆った。髪の中に日向の指先が入ってくる。温かくて大きな手が、咲久の頬を優しく撫でる。
 そんなふうに触れられると、乾いていた心が途端に満たされる気がして、なんだか泣きそうになった。

「また、その顔ですか?」
「違います……これは、さっきのとは……」
「舌、出してください」

 口調こそ丁寧なのに、突然淫らな要求をされてズクンと腰に衝撃が走った。思わず日向を見る。

「嫌ですか?」

 嫌、ではない。けして嫌ではないけれど、そんなことを言われるとは思っていなかったから。人は何を隠し持っているのか、表面だけ見ていてもわからない。
 頬を覆う日向の親指が、咲久の唇に触れる。少し撫でてから、口を開くよう指で促し。

「出して」

 このまま、何事もなく終わるのが何より困る咲久は、要求に応えるべく意を決して舌を出した。

「ヤバいな……」

 思わずと言ったように呟いた日向が、ふいに脚の内側をサラリと撫で、咲久が差し出した舌を音を立てて吸い上げた。

「んっっ……」
「開いてください」

 脚を開けということだろうか。どうせなら、その手で開いてくれれば言い訳もたつ。だけど、そうする気はないのか、内側を撫でるだけで何もしてくれない。
 全裸で舌を出し、日向の要求通りに動かされている自分の姿を想像すると、隠している手の中で性器が膨れ上がるのがわかった。舌を絡ませる日向が困ったように囁く。

「優しく出来ないかも……」

 優しくなくていいと思った。ここまで来て、やめる選択肢は咲久にはないのだ。火照る身体の熱は、もう自分ではどうすることも出来ないのだから。恥ずかしさを押し殺し、脚を開く。

「ホント、可愛いですね」

 笑って言った日向が開いた脚の間に割って入る。自らの高ぶりを隠す咲久の手が、日向の手に包まれた。

「あ、待ってっ……」

 咲久の願いはアッサリと無視され、片手が退けられ、ベッドに落とされる。そして、もう片方の手も退けられると、すべてが日向の視線に晒されることになった。
 無意識に隠そうとして身体を捩ると、日向の手がそうさせないよう身体を押さえる。まさか、全身を余すことなく日向に見られることになろうとは、思ってもみなかった。

「まだキスしかしてませんよね」

 反応を示しているそこを見て言っているのだろう。

「ヤダ……」

 口では拒否するようなことを言っていても、現実には退けられた手はシーツを掴んでいた。何でも嫌だと言っていては、先には進まない気がした。
 本来許されない行為は、我に返ったら最後そこで終わりなのだ。日向が咲久を抱かなければいけない理由などどこにもない。昂るそこを見られているというだけで、感度が高まって来る。
 ふいに、大事な部分を根元からソロリと撫でられて、腰が大きく跳ねた。

「あっ……」

 浮き上がった腰の下に、日向が手を差し入れてくる。尻を支えられると、腰が浮いたままの状態となり、下ろせなくなった。その状態で、根元から先へと指先で撫でられる。

「濡れてる」

 わかっていた。自分の腹に落ちてくる冷たい滴が、臍辺りに落ちる。全身の熱が下半身に集中し、ズクズクと快感にのみ込まれつつあった。
 根元から先へと指を滑らせつつ、反対の手は相変わらず腰を浮かせたまま。どうせならもっと大きく浮かさせてくれればいいのに。僅かに浮いているだけなので、脚で支えなければいけなくて力が入る。油断するとシーツの上で滑ってしまう脚に気を付けながら、腕で浮いた身体を支えるという忙しい状態での刺激は、気持ちよさともどかしさの狭間を行き来する。

「日向……さん……この体勢……」
「辛い?」

 優しく聞かれて、うんうんと頷くと咲久の腰を支えていた手が離れた。

「でも、この方がよく見える」
「あ……でもっ……」
「ここも、ここも、全部見える」

 そう言いながら、開いた脚の付け根を撫で、今やギュッと硬くなっている袋を優しく包む。滑りに滴る先端を掴み、静かに上下に擦りだした。勢いに任せてではなく、丁寧に擦られると、咲久の快感に震えるそれが一層張り詰める。
 優しいけれど、いやらしい。酷くはしないけれど、ちょっと意地悪。咲久の知っている日向と、咲久の知らなかった日向が混じり合い、初めて本当の日向を見た気がした。

「あっ、あっ、ダメ……」

 親指で先端を擦られると、一溜まりもなかった。待ち望んだ刺激に、心と身体が震える。日向の手でもたらされる快感は、押し込めていた浅ましい快楽を剥き出しにする。
 手の動きを追うように腰を揺らす。先端から溢れ出るヌメリが日向の手を汚していると思うだけで、後ろの窄みがギュッと締った。
 もっとして。淫らに、欲望のままでいいから、全部欲しい。

「日向……さ……」

 快感を追いながら、咲久が無意識に名前を呼ぶと日向が覆いかぶさるようにして近づく。手の動きをそのままに、キスをされると奥の窄まりがヒクついた。溢れる唾液が首筋を伝う。

「あっ、あ……もうっ……」
「もう、何ですか?」
「……んっ……あぁ、んっ……ヤッ……」
「イキそう?」

 少し笑った声。
 呆れられているのかもしれないと思っても、快感は留まることを知らず。ズルリと根元から先へと滑る手で、先端をいやらしく包み込むように撫で回される。ダメだ、我慢出来ない。

「んっん……イクッ……イッ! あぁあ……」

 呆気なく達し、ドクドクと放たれる精が日向の手の中で溢れる。いつも思うのは、前の脱力感がどうして後ろをさらに疼かせるのか。満たされない後ろが、貪欲にヒクつく。

「あ……もっと、して……キスして、触って……」

 淫らだと思われても、いやらしいと思われても、もうなんだってよかった。今、目の前にいる日向を手放したくない一心で、咲久は欲望のまま声を出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恭介&圭吾シリーズ

芹澤柚衣
BL
高校二年の土屋恭介は、お祓い屋を生業として生活をたてていた。相棒の物の怪犬神と、二歳年下で有能アルバイトの圭吾にフォローしてもらい、どうにか依頼をこなす毎日を送っている。こっそり圭吾に片想いしながら平穏な毎日を過ごしていた恭介だったが、彼には誰にも話せない秘密があった。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍
BL
運命の番は幻だった!?オメガである奏の心は、アルファとベータの間で揺れ動く! 主人公の奏は、オメガの男体。 同じオメガでも女体の方は蝶よ花よと持てはやされますが、妊娠し難い男体のオメガは、カーストの最下層という位置付です。 奏は先輩の研究を引き継ぎ、オメガの発情を止める治療法を開発しようとしますが……? 自分の手でオメガの未来を変えようと奮闘する、健気な主人公の奏! 奏は無事に幸せを掴むことが出来るのか!? 一風変わったオメガバース!  必見です(^^)/

獅子王の番は雪国の海賊に恋をする

純鈍
BL
※オメガバース・BL・R18/  予知能力を持って生まれた人間のナキ(Ω)は太陽の国、アルシャムスで暮らしていた。ある時、友人であるロタスの危機を予知し城に向かったナキは、その能力を欲する獅子王ルマン(α)に番にされてしまう。  城の監視から逃れ雪国、アルカマルに向かおうとするナキだったが、その途中には凍った海があり……/ ・アキーク(雪豹α、雪国の海賊キャプテン、自由人) ・ナキ(人間Ω、予知能力を持つ、ライオンの王ルマンの番) ・ルマン(獅子王α、冷酷)

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...