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行動と妄想
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しおりを挟む今日、松田のしたことで唯一よかったことは、ハイヤーの料金を後払いで持ってくれたことだ。
お金を払う、払わない、のやり取りをしなくてすんだのはありがたかった。そのおかげで、家に着くとサッサと降りることが出来たのだから。
長く苦痛に満ち溢れた一日がやっと終わる。
シャワーを済ませ、髪を乾かすことも面倒でそのままベッドに倒れ込んだ。
今日はしない。明日もしない。日向のキスを思い出して自慰に耽るのは、もうやめる。今にも自身の欲に手を持って行きそうな自分と戦っていると、ふいに電話が鳴った。
電話というのは、掛かって来て欲しいときにはひとつも鳴らず、いらないときこそ掛かってくる。
画面を見ると、日向の名前が表示されていた。
出ない、という選択も出来たけれど、今なら日向のありがたくもないフォローを受け流せる自信があり電話に出た。
「なんですか」
第一声にしては、失礼極まりないのは百も承知だった。
『わかりました』
そう言われても、何のことかわからず黙っていると、電話越しの日向が大きく息を吐いた。
『ここ最近、ずっと考えてたんです。でも、椿さんに言われて、やっとわかりました』
「あの、なにが……」
『したかったんです。理由なんかなかったんです』
咲久にキスをした理由のことを言っているのだろうか。
『俺も同じです。俺も、椿さんのこと、性の対象として見てます』
日向がそう言ったとき、玄関のチャイムが鳴った。スマホを耳に当てたまま、恐る恐る玄関を開けると、同じくスマホを耳に当てた男がそこに立っていた。
「この状況がマズイことは、十分わかってます」
静かにそう言った日向の唇が、何かを言おうとした咲久の口を塞いだ。思わず逃げようとした咲久の身体は、日向の腕の中に呆気なく引き寄せられる。顔を背けないように顎を固定され、唇を割り開く舌が絡み合うと背中がゾクリと揺れた。
どうしてこうなっているのか、何が起こっているのかわからない。それでも、さっきまで渦巻いていた感情が消え去ることだけはハッキリとわかった。何を言っても、結局のところ、こうして欲しかったのだ。
咲久が着ているシャツを、日向の手がたくしあげる。脱がした咲久のシャツを玄関に落とし、自分もジャケットを脱ぐ。キスだけで終わるつもりがないことを示した日向が、服を脱ぐときに離れた唇を再び合わせて来た。
玄関から部屋へと入り、ベッドに押し倒される。シャワーをした後でよかった、とどうでもいいことを考える余裕はまだある。
部屋着のズボンに手をかけ、それを脱がされると、もう着けているものは下着だけになった。いまだ、ジャケットしか脱いでいない日向が、最後の下着に手を掛ける。
「待って……」
脱がされないよう思わず下着を掴むと、少しだけ微笑んだ日向がその手を退け下着を下ろした。足元に縺れる下着を、丁寧に抜き取られ、見られたくない部分を慌てて両手で隠す。
自分だけが全裸になり、ベッドに横たわっているという事実に、鼓動が速くなり一気に身体が火照った。あまりの恥ずかしさに、日向の顔を見ることが出来ない。
「俺で抜いたって、ホントですか?」
ストレートな質問に、さらに身体の熱が上がった。
そんなこと、今聞かないで欲しい。
いったいどんな顔でそんなことを聞くのかと思い、視線だけ動かすと、初めて見る男の顔をした日向が咲久を見つめていた。普段は明るく爽やかなのに、こういうときには色気を発するタイプなのか隠すことのない欲情が表情から見てとれる。
「答えたく……ないです」
咲久が再び視線を逸らしながら言うと、まるで愛おしい何かに触れるように頬を手で覆った。髪の中に日向の指先が入ってくる。温かくて大きな手が、咲久の頬を優しく撫でる。
そんなふうに触れられると、乾いていた心が途端に満たされる気がして、なんだか泣きそうになった。
「また、その顔ですか?」
「違います……これは、さっきのとは……」
「舌、出してください」
口調こそ丁寧なのに、突然淫らな要求をされてズクンと腰に衝撃が走った。思わず日向を見る。
「嫌ですか?」
嫌、ではない。けして嫌ではないけれど、そんなことを言われるとは思っていなかったから。人は何を隠し持っているのか、表面だけ見ていてもわからない。
頬を覆う日向の親指が、咲久の唇に触れる。少し撫でてから、口を開くよう指で促し。
「出して」
このまま、何事もなく終わるのが何より困る咲久は、要求に応えるべく意を決して舌を出した。
「ヤバいな……」
思わずと言ったように呟いた日向が、ふいに脚の内側をサラリと撫で、咲久が差し出した舌を音を立てて吸い上げた。
「んっっ……」
「開いてください」
脚を開けということだろうか。どうせなら、その手で開いてくれれば言い訳もたつ。だけど、そうする気はないのか、内側を撫でるだけで何もしてくれない。
全裸で舌を出し、日向の要求通りに動かされている自分の姿を想像すると、隠している手の中で性器が膨れ上がるのがわかった。舌を絡ませる日向が困ったように囁く。
「優しく出来ないかも……」
優しくなくていいと思った。ここまで来て、やめる選択肢は咲久にはないのだ。火照る身体の熱は、もう自分ではどうすることも出来ないのだから。恥ずかしさを押し殺し、脚を開く。
「ホント、可愛いですね」
笑って言った日向が開いた脚の間に割って入る。自らの高ぶりを隠す咲久の手が、日向の手に包まれた。
「あ、待ってっ……」
咲久の願いはアッサリと無視され、片手が退けられ、ベッドに落とされる。そして、もう片方の手も退けられると、すべてが日向の視線に晒されることになった。
無意識に隠そうとして身体を捩ると、日向の手がそうさせないよう身体を押さえる。まさか、全身を余すことなく日向に見られることになろうとは、思ってもみなかった。
「まだキスしかしてませんよね」
反応を示しているそこを見て言っているのだろう。
「ヤダ……」
口では拒否するようなことを言っていても、現実には退けられた手はシーツを掴んでいた。何でも嫌だと言っていては、先には進まない気がした。
本来許されない行為は、我に返ったら最後そこで終わりなのだ。日向が咲久を抱かなければいけない理由などどこにもない。昂るそこを見られているというだけで、感度が高まって来る。
ふいに、大事な部分を根元からソロリと撫でられて、腰が大きく跳ねた。
「あっ……」
浮き上がった腰の下に、日向が手を差し入れてくる。尻を支えられると、腰が浮いたままの状態となり、下ろせなくなった。その状態で、根元から先へと指先で撫でられる。
「濡れてる」
わかっていた。自分の腹に落ちてくる冷たい滴が、臍辺りに落ちる。全身の熱が下半身に集中し、ズクズクと快感にのみ込まれつつあった。
根元から先へと指を滑らせつつ、反対の手は相変わらず腰を浮かせたまま。どうせならもっと大きく浮かさせてくれればいいのに。僅かに浮いているだけなので、脚で支えなければいけなくて力が入る。油断するとシーツの上で滑ってしまう脚に気を付けながら、腕で浮いた身体を支えるという忙しい状態での刺激は、気持ちよさともどかしさの狭間を行き来する。
「日向……さん……この体勢……」
「辛い?」
優しく聞かれて、うんうんと頷くと咲久の腰を支えていた手が離れた。
「でも、この方がよく見える」
「あ……でもっ……」
「ここも、ここも、全部見える」
そう言いながら、開いた脚の付け根を撫で、今やギュッと硬くなっている袋を優しく包む。滑りに滴る先端を掴み、静かに上下に擦りだした。勢いに任せてではなく、丁寧に擦られると、咲久の快感に震えるそれが一層張り詰める。
優しいけれど、いやらしい。酷くはしないけれど、ちょっと意地悪。咲久の知っている日向と、咲久の知らなかった日向が混じり合い、初めて本当の日向を見た気がした。
「あっ、あっ、ダメ……」
親指で先端を擦られると、一溜まりもなかった。待ち望んだ刺激に、心と身体が震える。日向の手でもたらされる快感は、押し込めていた浅ましい快楽を剥き出しにする。
手の動きを追うように腰を揺らす。先端から溢れ出るヌメリが日向の手を汚していると思うだけで、後ろの窄みがギュッと締った。
もっとして。淫らに、欲望のままでいいから、全部欲しい。
「日向……さ……」
快感を追いながら、咲久が無意識に名前を呼ぶと日向が覆いかぶさるようにして近づく。手の動きをそのままに、キスをされると奥の窄まりがヒクついた。溢れる唾液が首筋を伝う。
「あっ、あ……もうっ……」
「もう、何ですか?」
「……んっ……あぁ、んっ……ヤッ……」
「イキそう?」
少し笑った声。
呆れられているのかもしれないと思っても、快感は留まることを知らず。ズルリと根元から先へと滑る手で、先端をいやらしく包み込むように撫で回される。ダメだ、我慢出来ない。
「んっん……イクッ……イッ! あぁあ……」
呆気なく達し、ドクドクと放たれる精が日向の手の中で溢れる。いつも思うのは、前の脱力感がどうして後ろをさらに疼かせるのか。満たされない後ろが、貪欲にヒクつく。
「あ……もっと、して……キスして、触って……」
淫らだと思われても、いやらしいと思われても、もうなんだってよかった。今、目の前にいる日向を手放したくない一心で、咲久は欲望のまま声を出した。
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