運命の人

悠花

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再会

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 パーティーの日から三週間後、優人が購入していた建築中のマンションが竣工を迎えた。

「本当に僕が決めていいの?」

 ベッドの中から咲久が聞くと、寝室のクローゼットからネクタイを出す優人が頷く。その後に続く言葉がないので、咲久がもう一度口を開くことになった。

「優人は、どんな感じがいいとかない?」

 選んだネクタイを絞め、スーツの上着をハンガーからスルリと落とす。ポケットの中を確認する優人が、いまだベッドの中の咲久に視線を向けた。

「心配なら、あいつにすべて任せればいい」
「でも、それだと思ってたのと違うってならない?」

 不安な咲久がそう聞くと、上着に袖を通す優人が小さな溜め息を吐いた。

「そうならないために、おまえに任せるんだ。向こうはプロだ、要望さえ伝えればそれなりに仕上げてくるだろ」

 もういいだろ、とでもいうように優人が寝室から出て行く。ベッドにひとり取り残された咲久は、バタンと閉じるドアの音を聞きたくなくてシーツに潜り込んだ。

 最近いつもこんな感じだった。
 何ってわけじゃない。喧嘩をしているわけでも、許せないことがあるわけでもない。ただ、どことなく冷めた気配を咲久は感じていた。
 優人が忙しいなんてことは百も承知だし、そのことを不満に感じているわけではない。
 責めるようなことを言われるわけでも、無視されているわけでもない。咲久と暮らすためのマンションも、聞いたところによると億を超えているらしいのに、それで大事にされていないなんて口が裂けても言えないとは思っている。

 それなのに、ここ最近ずっと、漠然とした不安が咲久を苦しめていた。
 優人は自分を本当に愛しているのか。そもそも、最初から愛なんてあったのだろうか。
 出会ってから五年。もしかすると、優人は何も変わってないのかもしれない。本当は、ずっとこんな感じだったことに咲久が気付いていなかっただけではないだろうか。

 自分が健全な男子ではないと思い悩んでいた頃、偶然出会った優人。咲久にすると、まるで救世主が現れたようで本当に救われた気がしていた。優人を尊敬し、憧れ、気に入られようと必死だった。気に障るんじゃないかと思うことはせず、社会的立場のある優人の邪魔にならないよう目立たず静かに。そう思ってここまでやってきたけれど、付き合いも長くなってきた今、ふと気付くと優人の心がいったいどこにあるのか咲久にはわからなくなっていた。

 大事にされているのにこんなことを考えるなんて、どこまで贅沢なのだろう。もしかして、こういうことを考えているから、優人に心から愛されないのかもしれない。
 昨夜も脱がされることのなかったパジャマの胸元を掴んだ咲久は、優人に抱かれなくなってからの更新記録を一日追加した。


 付き合ったことのある相手が優人しかいない咲久にとっての普通は、やはり自分が基準でしかなく、そうじゃない相手の事情が気になるのは当然だった。

「すげーな! いったいどれだけ金持ってれば、こんなマンション買えんだ? さすがHIKARIの御曹司だな」

 完工には至っていないけれど、内覧してもいいと許しが出たマンションはまだ壁紙すら貼られていない。
 コンクリートむき出しのリビングで、窓からの景色を見ている日向が驚きの声を上げる。実のところ図面は見たものの、完成したときにどうなるのかなど咲久にもわからず、図面の間取り通りに区切られた室内を見るのは今日が初めてだった。

「あ、すみません。つい興奮してしまって」

 休みだと聞いていたのに、スーツ姿で現れた日向に謝られ慌てて首を振った。普段着で来てしまったことに後悔する。インテリアを選ぶだけだとはいえ、実際に現場を見ないことにはイメージ出来ないからということで、不動産会社に許しを得て、こうして日向とマンションへと来ていた。気楽な感じで考えていた自分が恥ずかしい。

「こちらこそ、お休みなのにわざわざ来ていただいてすみません。それに、こんな恰好で」

 休みだとはいえ日向にすると仕事なのだからキチンとした格好をするのは、社会人としては当然の礼儀だったのかもしれない。

「全然気にしないでください。実は俺も迷ったんです。こういう場合、何着て行くべきだってね」

 笑顔で言われて、少しホッとした。そう言ってくれるのはありがたい。

「それに、そちらは依頼主ですから、何を着ていても問題ありませんよ」

 そう言ってまた笑顔を見せる日向は、いちいち感じがいい。笑顔も押しつけがましくなく、何より日向という男は口調が優しい。だから、本当は迷ってなどいないだろうあからさまな嘘も、あまり気にならない。こちらのことを考えての嘘なので、素直に受け取っておけばいいのだ。

「鬼塚さんには改めて電話でお伝えしましたが、うちでは店舗や施設が主流でして、個人宅ってのは基本手がけてません。ですから、ご期待に添えるかどうか正直あまり自信がなくて」

 それは咲久もわかっている。パーティーで松田に提案されたときも、そのようなことを理由に断っていた。今勤めている設計事務所では、個人宅の扱いがないからと。それなら、事務所を通さず知り合いとして個人的に依頼するという話になったらしく、こうして日向が休みに出てくるということになったのだ。

「すみません。こちらの都合で、勝手なことを頼んでしまって」

 咲久が頭を下げると、日向がいやいやと手を軽く振った。

「本音を言うと、自信はないですけど、面白そうだなって思ってます。これほどの高級マンションを任される機会なんて、俺のしがないデザイナー人生の中でもそうそうないでしょうし」

 しがないだなんて、謙遜だと思った。仕事を含めた日向の人生が、しがないだなんて想像出来ない。挫折や苦悩なんて言葉は、安定した明るさを持っている日向には無縁に見えるからだ。
 だけど、本当にそうだろうか。日向は、こう見えて男と暮らしているのだ。長年付き合っている相手が男だなんて、いったい誰が信じられるだろう。

 ゲイなのにそういう空気がいっさい感じられない、というのは実は珍しい。
 醸し出される雰囲気、ちょっとした仕草、話す口調、言葉のチョイス。少し気を付ければ見分けることが出来る。同じ性癖同士、必ずどこかで気付くものだ。なのに、日向と純に関しては言われるまで本気でわからなかった。
 本当のところ今でも信じられないでいる。
 だって、いったいどっちがどっちに抱かれているというのか。どちらで想像してみても、何一つしっくりこないのだから。

「これって、他の部屋も見てもいいですか?」
「え……あ、はい。もちろんです」

 変なことを考えていて一瞬返事が遅れた咲久に、日向が優しく微笑んだ。

「椿さんって、ホント可愛いですね」
「え?」
「いや、何食ったらそんな可愛くなんのかなって」

 そんなことを言われたのは初めてだった。可愛いと言われることは多々あっても、何を食べると、なんて言われたことはない。

「鬼塚さんが、椿さんのためなら何でも買い与えたくなるの、ちょっとわかります。もし俺が鬼塚さんなら、きっと同じことするんだろうなって」

 何でもない話。社交辞令も兼ねた、こちらに適当に話を合わせているだけのどうってことない会話。
 そんなことはわかっているのに、咲久は何故か落ち着かない気分になっていた。
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