運命の人

悠花

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出会い

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 幼い頃からイベントごとはあまり好きではなかった。
 というよりも、大勢の人が集まる場所が苦手なのだろう。これはマイノリティとして生きて来た椿咲久(つばき さく)に課された、永遠に片付かない課題なのかもしれない。

 煌びやかな照明の下、キラキラと輝くシャンパングラス。真っ白のテーブルクロスに所狭しと並ぶ豪華な料理。開け放たれたガラス壁の向こうでは、煌々と点される光の破片が夜空の下のプールに反射していた。

 パーティーなんてガラじゃないのはわかっている。
 慣れないスーツの着こなしは間違っていないか、ネクタイの色はこれでよかったのか。色々と考えたところで、場違いは隠し切れていないだろう。そんなマイナスなことばかりが頭の中を占めていて、楽しめたためしがない。
 だけど隣に立つ男にそれを言っても仕方がないので、こうして曖昧な笑みを浮かべて咲久はいつもこの時をやり過ごすのだ。
 
 咲久のパートナーである鬼塚優人(おにづか ゆうと)が、トレーにいくつものグラスを載せテーブルの間を泳ぐようにすり抜けているコンパニオンから、アルコールカクテルを2つ取ったところで知り合いが声を掛けて来た。

「よう、鬼塚! 来てくれたのか。忙しいのに、悪いな」

 その声に即座に反応することのない優人が、取り上げたグラスの片方を咲久に渡しながらマリーゴールドの液体に口を付けた。
 180を超す長身に、長い手足。イケメンなんて表現が軽々しく聞こえるほど、絶妙に整った精悍な顔つき。上質なスーツの着こなしは品と色気のバランスが絶妙で、醸し出されるのは一流然とした雰囲気。
 鬼塚優人は、男女問わずいい男だと認めさせる完璧な容姿を生まれながらに持っていた。

「来なくてよかったのか?」

 だったら来なかったのにと言わんばかりの顔を見せる優人に、このパーティーの主催者でもある松田が苦笑いする。

「相変わらず、嫌なやつだな。だから謝ってんだろ。いつもいつも、同級生ってだけの義理で大企業の御曹司様に来て頂けて、俺の面目はうなぎ昇りで助かってますよ」

 わざとらしく頭を下げる松田を無視する優人が、持っていたカクテルを一気に飲みほす。

 出会ってからすでに五年が経とうとしているけれど、咲久は優人の酔ったところを見たことがなかった。どれだけ飲んでも酔わないのなら、無駄に飲む必要はないではないだろうか。
 甘ったるいカクテルをチビチビ舐めながらそんなことを考えていると、松田が咲久に他意のない笑顔を向けてきた。

「咲久くん、元気そうだね。どう、仕事は順調?」
「はい……僕なりに頑張ってます」
「そうかぁ、大学生だった咲久くんが、気が付くと社会人になってるんだもんな。月日が流れるのは早いよな」

 社会人という言葉は何だか落ち着かなかった。きっと胸を張って社会に出ていける人間だという、自覚も覚悟も咲久にはないからだと思う。こういうことを考えるとき、咲久はつくづく自分が嫌になる。隣に立つ男は社会的地位も経済力も、すべてが一流だというのに。

「まあ、適当に楽しんでってくれよ。忙しいからって、どうせ咲久くんのこと放ったらかしなんだろ? いくら鬼塚でも、あまり放ってると逃げられるぞ。咲久くん可愛いんだから」

 頻繁にゴージャスなパーティーを開いているわりに、実態としての職業がいまいちわからない松田がそう言うと、優人が咲久に視線を向けた。そのことに意味はあるのかないのか。
 何を考えているのかわからない優人の視線から逃れるように、咲久はグラスに口をつけた。


 物心ついた頃から女の子には興味が持てなかった咲久が、自身の性癖を確信するのにそう時間は掛からなかった。自分がゲイと呼ばれる人種だと、中学あたりには自覚していたと思う。
 ただ自覚したからといってめでたしめでたしとはいかないのがマイノリティのやっかいなところで、自覚したら最後そこから苦悩が始まる。
 自分はどこかおかしいんじゃないか。どうして女の子を好きになれないんだ。こんなの普通じゃない。今思えば、そこまで思い詰めるほどのことじゃない。いつの時代にも一定の割合で必ずいる、ちょっと普通とは違うセクシャリティを持つ人種。
 そんな、ちょっと人とは違う性が思春期の咲久を苦しめた。
 そして人並みに苦悩し、誰にも打ち明けられずビクビクしながら生きていたある日、優人に出会った。

 かっこよくてスマートで、非の打ちどころがないほど完璧な男。そんな男に奇跡的に見初められ、今では恋人として堂々と付き合いもしている。そんなラッキーな話があるわけなく、これ以上の幸せが他にあるわけない。
 だから自分は恵まれているし、心から感謝もしていた。

 だけど、時々感じることがある。
 でも、優人は?

「逃げられるのは、困るな」

 優人が感情の読みとれない無機質な声を出した。

「そうだろ? 咲久くんみたいな良い子、そうそういないぞ。ゲイのわりにスレてないし、いつもおまえを立てて愛想よく振る舞ってるしで。奥ゆかしいっての? ほんと、俺の女にも見習わせたいね。咲久くんは彼女の鏡だよ」

 優人の大学時代からの友人である松田には、長年付き合っている女性がいる。いつも愚痴っているわりに別れることはないので、そう言いながらも上手くいっているのだろう。

「咲久は男だ」

 優人が冷たく言い捨てた。
 そんなことは松田も知っているし、何より見ればわかることだ。きっと優人にすると、彼女の鏡という言葉が引っ掛かったのだろう。
 松田もそれがわかったのか、いやいやと首を振った。

「だったら彼氏って言うのか? それはおかしいだろ。どう見たって咲久くんは彼女的立ち位置だし。つうか、おまえらみたいなカップルってそういうとこ面倒だよな」
「面倒ってなんだ」
「言葉の通りだよ。俺たちをノーマルな男と女のカップルに置き換えた一般論に当てはめないでくれ、的な空気のわりに、デリケートな部分は踏み込みにくいしで、こっちがあれこれ気を使って無駄に疲れる」

 長い付き合いの松田でも、そんなふうに思っていることに咲久は驚いた。昔とは違いゲイに対して理解が進んできたとはいえ、まだまだマイノリティであることに変わりないのだ。

「まあいいよ。ここでそれ議論しても何も始まらないな。あ、咲久くん、あっちにスイーツも出てるから。じゃあ、また後で」

 笑顔の松田が軽く手を上げて咲久たちから離れようとしたとき、後ろのテーブルで料理を皿に盛っていた男が振り返った。松田とその男の動きが、ぶつかる寸前で止まる。

「おっと、すみません」
「あっぶね」

 料理の乗った皿を落とさずにすみ、ホッと肩を落とした男が顔を上げた。

 端正な顔立ちだけど、気取っていない自然体の表情。優人ほどではないけれど、それなりの長身で身体は細身。そうはいってもガリガリってわけでもなく、ほどよくバランスがいい。
 少しだけ茶色い髪が、パーティー会場の照明でキラキラと光って見えた。
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