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運命を切り拓く方法

第37話・巡り、廻る

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「夜中になってしまった」
「君がいつまでも食べ終わらないからだろ」
「明日からしばらく落ち着いて食事できなくなるから食い溜めしておこうかと」

 結局サイオスは食材が尽きるまで食べ続けた。明日の朝食用のパンや卵も根こそぎ無くなってしまったため、アロンは町まで仕入れに出掛けている。

 鍛錬場の片隅にある丸太に並んで腰を下ろした。宿舎から漏れる明かりや夜空の星だけでは暗過ぎるからか、サイオスが小声で何かを唱えて光の球を生み出してくれた。しかし、例によって加減がうまくいかず、僕たちがいる場所だけ昼間のように明るく照らされている。

「いつも魔術を使う時に唱えてるのって呪文?」

 以前から気になっていたことを尋ねると、サイオスは小さく頷いた。

「厳密に言えば違う。挨拶のようなものだ」
「魔素に?」
「そう、魔素に」

 ヴァーロと対峙した時、サイオスは『無念の死を遂げた者たちよ』『未だこの地に彷徨う哀れな魂たちよ』と呼び掛けていた。魔素の元となった人々の魂に敬意を払っているのだ。魔術院で教わるのか、それとも彼自身の心構えか。もしあの時命を落としていたら僕の魂も魔素と化していたかもしれない。そんなことを考えていると、サイオスが真剣な眼差しを僕に向けた。

「明日の朝、ゼノンの意識を戻す。そうすれば、キミは二度とこちらの世界と関わることはない」
「……そっか」

 異世界に意識を飛ばすなんてイレギュラー、幾つもの条件が揃わなければ起きようがない。一度元の体に戻った後にゼノンの体に入っている現在いまはサイオスの精神魔術のおかげだ。

 でも、疑問は残る。
 なぜ僕とゼノンだったのだろう。

 感情が共鳴しただけで世界の壁を越えるなど不可能。単なる偶然で片付けられる話ではない。なにか他に僕たちを繋ぐものがあるはず。

「話って、そのこと?」
「いや」

 尋ねると、サイオスは珍しく言い淀んだ。何度か口を開いては閉じを繰り返し、黙り込む。言いづらいことでもあるのだろうか。しばらくして、ようやくサイオスが話し始めた。

「私には生まれる前の記憶がある」
「ええと、それって前世ってやつ?」
「そう。前の人生で、私は異なる世界に住んでいた。そこでとんでもない過ちを犯して大事な友人を亡くした挙げ句、自分も失意のまま死んだ。魔素に適合した頃から繰り返し夢で見たんだ。……嘆き悲しみながら命をつ自分の姿を」

 魔素は死者の念が集まって変質したものだと以前ジョルジュが教えてくれた。サイオスは誰かの無念を取り込んでしまったのか。それとも、本当に前世の記憶が蘇ったのか。相槌をうち、話の続きをうながす。

「前の人生がどうであれ今の私には関係ない。終わったことは変えられないと思っていたんだが、違った」
「え?」

 サイオスが僕をまっすぐ見つめた。淡い金の瞳がきらきらと輝いている。まるで夜空に浮かぶ星みたいで、視線が外せなくなった。

「私は過去の後悔をやり直すための機会を与えられていた。魔素に適合したことも国境警備隊に来たことも偶然なんかじゃない。必然だった。『前の私』が渇望したから『今の私』があるのだと」
「サイオス……?」

 話が漠然とし過ぎていて、僕にはサイオスの言っている意味がまったく理解出来なかった。でも、彼にとっては大事な話だということだけは分かる。

「それで、やり直しは出来たの?」

 尋ねると、サイオスは口元をゆるめた。

「サイチはどうだ。一度自分の体に戻って、キミの後悔は断ち切れた?」
「僕? おかげで親友と仲直り出来たよ」

 サイオスの話をしていたはずなのになぜ僕に、と疑問に思いながら答える。すると、サイオスは嬉しそうに目を細めて笑った。

「ふふ、そうか。仲直り出来たか」
「サイオス?」
「……良かった。本当に良かった」

 しみじみ『良かった』と繰り返すサイオス。まるで自分のことのように喜んでくれる姿に胸を打たれる。彼がいなければ、僕はきっと何も出来ないままだった。みんなに馴染めず孤立していたかもしれない。ゼノンは精神世界から抜け出せなかったかもしれない。サイオスが状況を動かしてくれたのだ。

「では、サイチには『今の私』の秘密を教えよう」

 どこか吹っ切れたような表情で、サイオスは空を見上げた。銀の髪が夜風に揺れ、一際目を引く。彼の横顔を眺めながら、真剣に話を聞くべく姿勢を正した。

「私は戦争で家族を亡くし、孤児となった。幸いなことに優しい人が世話をしてくれたおかげで生き延びた。彼らがいなければ、私はとっくの昔に死んでいたと思う」

 黙って話を聞きながら、戦争の恐ろしさや国民に与える影響を実感する。元の世界では戦争なんて昔の話または遠い異国の問題で、どこか他人事のように考えていた。こっちの世界ではつい十年前のことで、再び争いが起きそうになっている。明日からはサイオスもみんなと共にロトム王国へと向かうのだ。戦争を防ぐために。

「国境はまだ危ないからと、私は王都の孤児院へと移された。だが、体調が安定した頃に瞳の色が金に変わり、魔素適合者だと判明して魔術院送りになった」
「前に言ってたよね。小さい頃に魔素に汚染されたものを食べたせいだって」
「師匠は『国境付近にいた時に誤って食事に混入してしまったのではないか』と推測していたが、先日その謎が解けた。ゼノンの記憶を見た時に」
「え?」

 サイオスの昔話のはずなのに何故ゼノンの話になるんだろう。疑問に首を傾げていると、サイオスは空から僕へと視線を向けた。

「私の本当の名は、シオン。ゼノンに保護された三人の孤児のうちの一人だ」

 十年前、ゼノンが廃村で見つけて保護した三人の孤児。ミア、シオン、レイ。ゼノンの記憶で見た姿は小さくか弱かったから、目の前にいるサイオスと結び付かない。

 魔素に汚染された食材とは、ヴァーロが狩ってきた獣の肉だ。三人のうち一番年長のミアはすぐ魔素に適合したが、サイオス……シオンは幼く体が弱かったため適合するまでに時間が掛かったのだろう。

 ヴァーロによってロトム王国側に売られた魔素適合者・ミアの救出は、サイオスにとって無関係な話ではない。彼女もサイオスの恩人の一人なのだから。

「どうして名前を変えたの?」
「魔術師として一人前になると師匠から新しい名前を授かる決まりになっている」

 田舎では魔素適合者は忌み嫌われる。元の名前のままでは都合が悪いこともあるのだろう。

「じゃあ、サイオスが国境警備隊に来た理由って」
「命の恩人であるゼノンに会うためだ」
「それなのに中身が僕でガッカリしたよね、ごめん」
「いや。予想外だったが問題ない。おかげで『前の私』の後悔を晴らすことが出来た」

 また話がよく分からないほうに転がった気がする。疑問符を浮かべる僕に、サイオスが寂しげな笑みを向けた。彼の表情が、言動が、ここにはいない『誰か』を強く思い起こさせる。

「あれ……?」

 いや、まさか。
 そんなはずはない。
 だって、

「サイオス。君は、もしかして」

 まだ確信の持てない仮説をぶつけようとしたが、やんわりと止められた。

「私の話は終わり。おやすみ、サイチ」
「う、うん。おやすみ」

 食材の買い出しから戻ったアロンの姿を目敏く見つけ、サイオスは僕に背を向けて駆け出した。あれだけ食べておきながら夜食をねだるつもりらしい。揺るぎない食いしん坊っぷりに呆れつつ、僕も後を追うように宿舎へと戻った。



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