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仲間とのすれ違い
第18話・才智 正哉
しおりを挟む「キミは誰?」
金の瞳はゼノンの体を通り越し、奥にいる僕へと向けられている。こちらの世界に来てから『僕』の存在に気付いてくれた人はサイオスが初めてだ。また涙が出そうになり、グッと唇を噛み締めて堪える。
「ぼ、僕は、ゼノンじゃない。才智正哉です」
「サイチ、マサチカ……」
サイオスの澄んだ声が僕のフルネームを復唱する。それだけで、忘れかけていた自分自身のことをハッキリと思い出せた。
才智正哉、二十三歳。母子家庭育ちで、母は僕が大学に在学中、地元企業に内定を貰った頃に病気で呆気なく死んだ。死亡保険金で奨学金の繰り上げ返済が出来たおかげで経済的に困ってはいない。ただ、母に楽をさせたいという願いは永遠に叶わなくなってしまった。目的を失い、ただ割り当てられた仕事をこなすだけの日々を過ごしていた。そこまでは覚えている。
ただ、やはり現状に至った経緯は不明だ。意識がこちらの世界に来ている以上、元の僕の体からは離れていることは確か。
「サイオスさんには僕がどう見えてるんですか」
「ゼノンに黒髪の男の姿がうっすら重なってる」
背後霊か?
「ゼノンに比べると背も低いし体も細いし、なんかすごく弱そうな感じがする」
「もうそれ悪口じゃないですか?」
だが、彼の目には本当に僕の姿が見えていると分かった。そして、初対面から凝視された理由も判明した。つい目で追ってしまうのも仕方がない。
「僕はこの体をゼノンに返したい。サイオスさん、どうしたらいいですか」
「ゼノン自身に戻る意志があれば戻ると思う」
戻る意志、と聞いて夢の中でのゼノンの様子を思い返す。彼はずっと泣いていて、何かをしきりに悔いていた。『みんな、ごめん』『みんなに合わせる顔がない』と。
そして、隊長室から聞こえてきたジョルジュ班の会話を振り返る。単身で管轄外の区域に行き、瀕死の怪我を負ったと言っていた。つまり、ゼノンは任務中ではなく、それ以外の時に一人で何処かへ行ったのだ。何処へ、何をしに?
「僕は時々夢でゼノンを見るんです。この前やっと会話が出来たけど、詳しいことは教えてくれなくて」
ゼノンには戻る意志はないように思えた。それは勝手な真似をして怪我をしたからか。
「キミはゼノンと話せるのか」
「う、うん」
「では、まだ完全に体から離れたわけじゃない。繋がっているのなら引き戻せるはず」
サイオスはベッドの下からカバンを引っ張り出して中を漁り、一冊のノートを取り出した。びっしりと癖のある字がページを埋め尽くしている。
「私は王都の魔術院で精神魔術の研究をしていた」
「精神魔術って具体的にどんなものですか」
「普通の人には見えないものを見たり、記憶を読み取ったりする」
魔術というよりサイコメトリーやテレパシーみたいな超能力っぽい。いや、攻撃魔術も超能力みたいなものか。僕の本来の姿が見えているようだし、どちらかといえば霊能者か。隊長が優秀だと評していた理由が分かった。
「魔術院にウィリアム隊長から要請があった時、私は真っ先に志願した」
「どうして?」
「行かねばならない、という予感があったからだ」
ものすごく漠然としているが、その予感も精神魔術によってもたらされたものなのだろうか。
「精神魔術を研究してる理由も同じ?」
「いや、攻撃魔術の加減がヘタ過ぎて師匠から勧められた。精神魔術なら周りに被害が出ないから、と」
倒した魔獣を燃やす時、火力の調整が一切出来ないと言っていた。優秀だが、人や建物が密集しているであろう王都では煙たがられる存在なのかもしれない。だからこそ国境警備隊に派遣されてきたのだ。田舎なら多少やり過ぎてもどうにかなる。
「師匠から勧められたという理由もあるが、私自身が決めたんだ。精神魔術を会得しておくべきだと。現に、こうして必要となる場に私は来た」
「そうだね。君の言う通りだ」
サイオスのおかげで僕は可能性を見出せた。
「サイチ」
コホンと咳払いをして切り替えてから、サイオスが再び僕に視線を戻した。綺麗な金の瞳がまっすぐ僕を見据えている。
「今のキミは非常に珍しい状態だ。興味深い。是非研究に協力してもらいたい」
「協力って、何をすれば」
「キミはゼノンの体に宿っている。いま記憶を読めばどちらの記憶を読み取れるのか試してみたい」
確かに気になる。僕も自分がこうなった経緯を知りたい。もしかしたら、元の世界で僕の体がどうなっているか判明するかもしれない。ゼノンが怪我をした状況が分かれば、ジョルジュ班の疑念が晴れるかもしれない。ゼノンが何に後悔しているか分かるだけでもいい。
サイオスは純粋な探究心で僕に協力を要請している。他の人みたいに『ゼノンはこうだった』『ゼノンはこうあるべき』なんて言わないし思わないから僕も構えずに済む。
「分かりました。こちらこそお願いします」
「よろしく」
手を差し出すと、サイオスは僅かに目を細めて握り返してきた。無表情だけど、喜怒哀楽がないわけじゃない。表に出すのが苦手なだけなのだ。
「早速読んでみます?」
「いや、対象者が起きているとうまく読めない。出来れば寝ている時に」
「寝ている時かぁ……」
僕はディノと同室だ。サイオスを呼んで何かしていたらディノの睡眠を妨げてしまう。それに、さっきのこともある。今は顔を合わせたくなかった。
「サイオスさん、提案があるんですけど」
「部屋を移る? なんで?」
シーツや毛布を運び出す僕に縋りつきながら、ディノが涙目になっている。僕がサイオスの部屋に移ると言ったからだ。
「意気投合したんです。もっと色んな話を聞きたくて。ね、サイオス」
「うん」
僕の少ない荷物を運ぶ手伝いをしながら、サイオスが小さく頷く。その様子に、ディノがぐぬぬと唸った。
「ボクはまだ『さん付け』なのに、サイオスはもう呼び捨てなの?」
しばらく眉間にしわを寄せていたが、僕の決意が翻らないと悟って肩を落とす。
「……ゼノン、寂しいよ」
僕だって寂しい。僕は『才智正哉』なのに違う名前で呼ばれてきた。仕方がないのだからと自分の心を押し殺し、せめて役に立とうと頑張ってきた。知らない世界で居場所を守るために必死だった。
でも、無駄だった。ジョルジュ班のみんなはゼノンを怪しんでいる。一緒にいてくれた理由は見張るため。心配だとか言いながら、陰で隊長に報告していたんだ。
「任務で顔を合わせるから平気ですよ、ディノさん」
笑顔で答えてから、廊下の先で待つサイオスのほうへと足を進める。ディノの横を通り過ぎる瞬間、小さな声で「ゼノン」と呼ばれたが、それは僕の名前ではないから返事はしなかった。
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