2 / 41
始まる異世界生活
第2話・僕はゼノンじゃない!
しおりを挟む急激に意識が覚醒し、ゆっくりまぶたを持ち上げる。視界の端に人影が映った。誰かが心配そうな顔で僕を見下ろしている。明るさに目が慣れず、何度も瞬きを繰り返した。
「ああ良かった。意識が戻ったんだね」
優しく穏やかな声が僕を気遣う。栗色の髪と青い瞳、丸眼鏡を掛けた男の人だ。白い上着を羽織っているからお医者さんかもしれない。
僕はベッドに寝かされていた。ここは病院だろうか。見覚えのない天井に困惑し、体を起こそうとしたら激痛に襲われた。痛む箇所は腕と脇腹。怪我をしているようだ。
「起きてはダメだよ。まだ傷がふさがっていないんだ。みんなを呼んでくるから大人しくしていてくれるかい?」
「は、はい」
かすれた声で返事をした僕を再び寝かせてから、白衣の男の人は部屋から出て行った。視線だけ動かして室内を確認する。天井も壁も飾り気のない板張り。やはり見覚えがない場所だ。
どこかで倒れて保護されたのだろうか。記憶が曖昧で、意識を失う前の自分がどこにいたのか、なにをしていたのかすら思い出せない。暗闇の中で誰かと話をした気はするけれど、相手の顔も名前も分からない。単なる夢にしては妙にリアルだったように思う。
ベッドの上で仰向けのまま考え事をしているうちに扉の向こうが騒がしくなった。バタバタと複数の足音が近付いてくる。先ほどの白衣の男の人が誰かを呼んできたようだ。もしかして、僕の勤務先に連絡してくれたのだろうか。
勢い良く扉が開かれ、数人が一気に室内に飛び込んできた。
「ゼノン! 良かった、意識が戻ったか!」
「あのまま死んじゃうかと思ったよー!」
「ゼノンさん腹減ったでしょ。なんか食います?」
僕が寝ているベッドを囲み、親しげに話し掛けてくる三人。見知らぬ二十歳前後の青年たちで、みんな髪の色が違う。青、金、オレンジ。染めているのか鮮やかだ。それはともかく、僕に向かって『ゼノン』と呼び掛けていることが引っ掛かった。それは僕の名前じゃない。
「あ、あの……どちら様ですか?」
思わず問うと、白衣の男の人を含めた四人が固まった。あれ、声の調子がおかしい。僕ってこんなに低い声だったっけ。
「な、なにを言ってるんだ、ゼノン」
「ボクたちのこと忘れちゃったの?」
青髪と金髪が困惑の眼差しで僕を見下ろす。いや、忘れるもなにも初対面だよね。こんな派手な見た目の知り合いがいたら絶対忘れないもん。
「僕はゼノンなんて名前じゃないです。人違いじゃないでしょうか」
「はあぁ!?」
僕の言葉に全員が驚き、目を見開いた。
「先生、やっぱりゼノンは頭を打ったんじゃないだろうか。言動がおかしい」
「確かに。記憶障害かもしれませんね」
「やだーっ! ゼノンしっかりして!」
青髪と白衣の男の人がヒソヒソ話し、金髪が涙目で僕にすがりつく。なんなんだこの状況は。
「だから、僕はゼノンじゃないです」
「なんでそういうこと言うんだよ、ゼノンはゼノンでしょ! ホントにどうしちゃったの?」
それは僕が聞きたい。
「数日ぶりに目を覚ましたばかりで混乱してるだけじゃないですか? ほぉら、ゼノンさん。アンタはゼノンさんですよぉ」
オレンジ髪が室内の壁に掛けてあった丸い鏡を外して僕の眼前に突きつけた。映っているのは鮮やかな赤い髪と紺の瞳をした青年だ。僕が動くと鏡の中の赤髪の青年も動く。写真じゃない、これは鏡に映った自分の姿だ。
「誰これ!」
思わず上半身を起こし、痛みで悲鳴を上げる。そうだ、怪我をしているんだった。うっかりしていた。再び枕に頭を沈め、愕然とする。
「ゼノン~、大丈夫?」
金髪が心配そうに見下ろしている。でも、彼が心配しているのは『僕』じゃない。『ゼノン』だ。
「あの、ですから、僕はゼノンとかいう名前じゃないんです。才智《さいち》 正哉と言います」
自分の名前を伝えただけなのに、全員から「は?」と怪訝な顔をされた。
12
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜
ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました
誠に申し訳ございません。
—————————————————
前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。
名前は山梨 花。
他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。
動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、
転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、
休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。
それは物心ついた時から生涯を終えるまで。
このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。
—————————————————
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです
珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。
そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。
日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します
如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい
全くもって分からない
転生した私にはその美的感覚が分からないよ
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる