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七つの記憶
第53話:誰かの記憶 4
しおりを挟むあれ以来、学校にいる間はみんなのガードが厳しくなった。
これまでは余程のことがない限り人前では話し掛けてこなかったんだけど、今は教室でも廊下でも所構わずだ。みんなの声や姿は普通の人には見えてないと分かっていても、周りをふわふわ飛ばれるとやっぱり気になってしまう。
『おい、近過ぎるぞ!』
「む、無理だよ。席は決まってるんだから」
半径五メートル以上離れろって言われても教室では難しい。端と端ならともかく、列が二つ違うだけだもん。
はあ、なんだか気疲れしちゃう。
山の麓にある小さなお寺。
不揃いな板を打ち付けて補修されたお堂の中には何枚かの畳が間を空けて敷かれていた。
縁側には、葉っぱをすり鉢で潰している男の人がいた。三十歳くらいかな。細身で肌の色も白い。時折咳き込んでいるところを見ると、身体が弱いのだろう。
『お師匠さまっ、薬草採ってきました!』
そこへ十二、三才くらいの子どもが駆け寄ってきた。背中にカゴを背負った女の子だ。手も足も擦り傷だらけ。その出で立ちを見て、男の人は笑った。
『ありがとう、では干しておいてくれるかな』
『はーい!』
おっ、また時代劇っぽい。
もう分かっちゃった。夢でしょコレ。
お師匠さまと呼ばれた男の人が指示を出すと、女の子はまたどこかへ走っていった。彼女の背中を眺めながら、男の人は溜め息をついた。
『……師匠なんて呼ばれるほど、私は立派な人間ではないのですけどね』
場面が変わった。
なんだか大勢の村人っぽい人たちがお堂に押し掛けてきている。
『うちの倅に赤いブツブツが出て、熱が下がらねえんだ!』
『オレんとこの下の子もだよ』
『アンタ、病に詳しいんだろ。何とかならねえか』
どうやら村で病気が流行ってるみたい。
症状を聞いた男の人は険しい顔をしている。
『疫病かもしれない。すぐに隔離せねば村中に蔓延してしまう。口を布で覆い、病人の肌に直接触れぬようにしてここへ連れてきてください』
村人たちは言われた通り、戸板を担架代わりにして病人たちを運んできた。その数は五人。六歳から十歳までの子どもばかりだ。
お堂内に敷かれた畳に一人ずつ寝かせる。
病人の見た目で、これがただの病気ではないことに誰もが気付いていた。
『恐らくこれは西国で猛威を振るう流行り病でしょう。とうとうこんなところまで……』
『た、助からないのかい』
『特効薬がないのです。苦痛を和らげるくらいしか出来ることはありません』
『そんな!』
『やれるだけのことはしますが、期待はしないでください』
村人たちが肩を落として帰っていく。
さて、と男の人がお堂に入ろうとするのを女の子が止めた。
『お師匠さま、身体弱いんだから流行り病の病人に近付いたらダメっ!』
『でも看病してやらないと』
お堂の中からは五人の子どもたちの啜り泣く声が聞こえてくる。時折激しく咳き込んだり、苦しそうに呻いている。
『あたし元気だから、あたしが看病するっ! お師匠さまは外からやり方だけ教えて。その通りにするから』
『しかし……』
男の人は女の子の熱意に押される形で渋々承知した。お堂の扉は閉ざされ、中には病人と女の子だけになった。朝晩の二回、村人から握り飯と水が差し入れされた。着替え用の古着や手拭いも。
幸いにも、他の村人への感染はなかった。
男の人は扉越しに女の子に指示をだした。
女の子は病人の身体を拭いて着替えさせたり、食事を食べさせてやったりと献身的に働いた。出された汚れものは男の人がお寺の庭で焼いた。
体力のない小さな子から死んでいく。
最後の病人が亡くなった時、硬く閉じられた扉の向こうで女の子がこう言った。
『このお堂ごと燃やして、お師匠さま』
『では、おまえは出ておいで』
『ごめんなさい。ダメなの。お師匠さまに注意しろって言われてたのに吐き戻したものに触っちゃったし、最後の子があんまりにも苦しそうだったから死んじゃうまでずっと抱っこしてたの。だから感染っちゃった』
流行り病の初期症状の赤いブツブツが女の子の手や足にたくさん出来ていた。喋りながら時折咳き込んでいる。
『身寄りのないあたしを側に置いてくれて嬉しかった。最期に役に立てたかな。お師匠さま、ありがとう。大好き』
『そんな……!』
女の子を外に出せば、彼女が身を呈して押し留めた流行り病が外に出てしまう。男の人は泣きながらお堂に火をつけた。
「……ドラマの影響にしては重いなぁ」
目覚めると、やっぱり涙で枕が濡れていた。
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