上 下
54 / 98
七つの記憶

第53話:誰かの記憶 4

しおりを挟む


 あれ以来、学校にいる間はみんなのガードが厳しくなった。
 これまでは余程のことがない限り人前では話し掛けてこなかったんだけど、今は教室でも廊下でも所構わずだ。みんなの声や姿は普通の人には見えてないと分かっていても、周りをふわふわ飛ばれるとやっぱり気になってしまう。

『おい、近過ぎるぞ!』
「む、無理だよ。席は決まってるんだから」

 半径五メートル以上離れろって言われても教室では難しい。端と端ならともかく、列が二つ違うだけだもん。
 はあ、なんだか気疲れしちゃう。






 山の麓にある小さなお寺。
 不揃いな板を打ち付けて補修されたお堂の中には何枚かの畳が間を空けて敷かれていた。

 縁側には、葉っぱをすり鉢で潰している男の人がいた。三十歳くらいかな。細身で肌の色も白い。時折咳き込んでいるところを見ると、身体が弱いのだろう。

『お師匠さまっ、薬草採ってきました!』

 そこへ十二、三才くらいの子どもが駆け寄ってきた。背中にカゴを背負った女の子だ。手も足も擦り傷だらけ。その出で立ちを見て、男の人は笑った。

『ありがとう、では干しておいてくれるかな』
『はーい!』

 おっ、また時代劇っぽい。
 もう分かっちゃった。夢でしょコレ。

 お師匠さまと呼ばれた男の人が指示を出すと、女の子はまたどこかへ走っていった。彼女の背中を眺めながら、男の人は溜め息をついた。

『……師匠なんて呼ばれるほど、私は立派な人間ではないのですけどね』




 場面が変わった。
 なんだか大勢の村人っぽい人たちがお堂に押し掛けてきている。

『うちのせがれに赤いブツブツが出て、熱が下がらねえんだ!』
『オレんとこの下の子もだよ』
『アンタ、病に詳しいんだろ。何とかならねえか』

 どうやら村で病気が流行ってるみたい。
 症状を聞いた男の人は険しい顔をしている。

『疫病かもしれない。すぐに隔離せねば村中に蔓延してしまう。口を布で覆い、病人の肌に直接触れぬようにしてここへ連れてきてください』

 村人たちは言われた通り、戸板を担架代わりにして病人たちを運んできた。その数は五人。六歳から十歳までの子どもばかりだ。

 お堂内に敷かれた畳に一人ずつ寝かせる。
 病人の見た目で、これがただの病気ではないことに誰もが気付いていた。

『恐らくこれは西国で猛威を振るう流行り病でしょう。とうとうこんなところまで……』
『た、助からないのかい』
『特効薬がないのです。苦痛を和らげるくらいしか出来ることはありません』
『そんな!』
『やれるだけのことはしますが、期待はしないでください』

 村人たちが肩を落として帰っていく。
 さて、と男の人がお堂に入ろうとするのを女の子が止めた。

『お師匠さま、身体弱いんだから流行り病の病人に近付いたらダメっ!』
『でも看病してやらないと』

 お堂の中からは五人の子どもたちの啜り泣く声が聞こえてくる。時折激しく咳き込んだり、苦しそうに呻いている。

『あたし元気だから、あたしが看病するっ! お師匠さまは外からやり方だけ教えて。その通りにするから』
『しかし……』

 男の人は女の子の熱意に押される形で渋々承知した。お堂の扉は閉ざされ、中には病人と女の子だけになった。朝晩の二回、村人から握り飯と水が差し入れされた。着替え用の古着や手拭いも。
 幸いにも、他の村人への感染はなかった。

 男の人は扉越しに女の子に指示をだした。
 女の子は病人の身体を拭いて着替えさせたり、食事を食べさせてやったりと献身的に働いた。出された汚れものは男の人がお寺の庭で焼いた。

 体力のない小さな子から死んでいく。
 最後の病人が亡くなった時、硬く閉じられた扉の向こうで女の子がこう言った。

『このお堂ごと燃やして、お師匠さま』
『では、おまえは出ておいで』
『ごめんなさい。ダメなの。お師匠さまに注意しろって言われてたのに吐き戻したものに触っちゃったし、最後の子があんまりにも苦しそうだったから死んじゃうまでずっと抱っこしてたの。だから感染うつっちゃった』

 流行り病の初期症状の赤いブツブツが女の子の手や足にたくさん出来ていた。喋りながら時折咳き込んでいる。

『身寄りのないあたしを側に置いてくれて嬉しかった。最期に役に立てたかな。お師匠さま、ありがとう。大好き』
『そんな……!』

 女の子を外に出せば、彼女が身を呈して押し留めた流行り病が外に出てしまう。男の人は泣きながらお堂に火をつけた。





「……ドラマの影響にしては重いなぁ」 

 目覚めると、やっぱり涙で枕が濡れていた。
しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

元妻は最強聖女 ~愛する夫に会いたい一心で生まれ変わったら、まさかの塩対応でした~

白乃いちじく
恋愛
 愛する夫との間に子供が出来た! そんな幸せの絶頂期に私は死んだ。あっけなく。 その私を哀れんで……いや、違う、よくも一人勝手に死にやがったなと、恨み骨髄の戦女神様の助けを借り、死ぬ思いで(死んでたけど)生まれ変わったのに、最愛の夫から、もう愛してないって言われてしまった。  必死こいて生まれ変わった私、馬鹿?  聖女候補なんかに選ばれて、いそいそと元夫がいる場所まで来たけれど、もういいや……。そう思ったけど、ここにいると、お腹いっぱいご飯が食べられるから、できるだけ長居しよう。そう思って居座っていたら、今度は救世主様に祭り上げられました。知らないよ、もう。 ***第14回恋愛小説大賞にエントリーしております。応援していただけると嬉しいです***

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...