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第35話 裸の付き合い
しおりを挟む部屋割りは野営地での天幕とほぼ同じだった。一人部屋が良いとは言わないが、せめてサイラスと二人きりはやめてほしいと内心リアンは思っていた。先日の夜のように不意に魔力を生成してしまいかねないからだ。
しかし、実際に確認してみると宿舎の二人部屋には寝台が二つあり、人が通れるくらいの間隔が開けられていた。狭い天幕内とは違い、くっついて眠らなくても済む。部屋に通されたリアンが胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
「リィ。今からみんなで階下の浴室に行くんだが、一緒に行くか?」
「お風呂があるの?」
「五、六人同時に入れるくらい大きな湯船がある」
行く、と言いかけてリアンは口をつぐんだ。
風呂に入る際には服を脱がねばならない。男同士だから恥ずかしいという気持ちはないが、自分以外は全員日頃から鍛錬している騎士なのだ。鍛え上げられた集団の中で一人だけ貧相な体をさらすなんてカッコ悪い、とリアンは思った。
「あー……、僕あとで入るからいい」
「? そうか」
断られたサイラスは特に気にする様子もなく、他の隊員たちと連れ立って階下へと降りていった。
しばらくして戻ってきたサイラスと入れ替わるように、リアンも着替えを持って階下の浴室へと向かう。ほとんどの隊員は入り終えているようで、広間や食堂で談笑している姿を見掛けた。その中にはヴェントの姿もある。快活で明るい彼はレイディエーレ隊とヒューリオン隊の架け橋のように間を取り持っているようにも見えた。
廊下の突き当たりにある浴室は、サイラスから聞いた話の通り複数人が同時に入れるくらいの広さがある。脱いだ服を脱衣かごに入れてから手拭いを持って浴室へと入ると、視界はたちこめる湯気によって真っ白になった。
湯気の向こうに人影がひとつ見えたが、リアンからは誰かは判別がつかない。ただ、レイディエーレ隊ではないことだけは分かった。
まず洗い場の腰掛けに座り、備え付けの洗髪剤で髪を洗う。野営地では湯に浸した手拭いで拭き取るくらいしか出来なかったため、たっぷりの湯で洗い流せるだけで気持ちが良い。体も洗ってから湯船に向かうと、先ほどまで湯気で見えなかった人影があらわになった。
「え、エルガー、様」
「うん?」
湯に浸かっていた人物はヒューリオン隊の隊長、エルガーだった。彼は名前を呼ばれて初めてリアンの存在に気付いたようで、閉じていたまぶたを開けた。頬には縦に二本並ぶ裂傷があり、やや皮膚を引きつらせている。
「レイディエーレ隊の奴か。見ない顔だが新入りか」
「えっ、あ、はい」
湯船は広い。奥に陣取るエルガーから一番離れた位置で肩まで浸かり、リアンはぺこりと頭を下げた。その間にも、エルガーは無遠慮な視線をリアンに向けてくる。
「おまえは魔法特化型か?」
「いえ、僕は魔法は全然」
「では剣を使うのか」
「いえ、剣も全く」
「なんだと?」
矢継ぎ早に問われ、リアンはたじろぐ。エルガーは眉間にしわを寄せ、不愉快そうに舌打ちをした。
「こんな弱そうな奴をいきなり遠征に連れてくるとは、サイラスは何を考えているんだ。大怪我したらどうする気だ」
どうやらサイラスの判断に対して憤っているらしい。ただでさえも仲が悪いというのに自分が原因で更に険悪になったら申し訳ない。焦ったリアンはとりあえず話題をそらすことにした。
「あ、あのっ、エルガー様は随分と鍛えてらっしゃいますよね。僕、あんまり筋肉つかなくて。なにか良い鍛錬方法があったら教えてください!」
突然の話題転換に目を丸くしたエルガーだったが、素直に教えを乞う姿勢に好感を持ったらしく、少し考えてから答えてくれた。
「大事なのは食事だ。おまえは細過ぎるから肉と穀物をたくさん食べろ。あとは走り込みだ。基礎体力がなければ何も出来んからな」
「ありがとうございます、やってみます」
「だが無理はするな。鍛錬は日々の積み重ねがものを言う。一朝一夕では身に付かん」
「はいっ」
サイラスとの会話では悪態ばかりついていたから怖い人間ではないかと恐れていたが、親身になって助言をしてくれている。強面だが心根は優しい人だとリアンは思った。
その後も湯に浸かって話をしているうちに、エルガーがリアンの手のひらを注視し始めた。なんだろう、とリアンも自分の手のひらを見る。
「細いから苦労知らずかと思ったが、案外と使い込んだ手をしているな」
「そうでしょうか」
「手指の節や手のひらのマメの有無を見れば分かる」
言いながら、エルガーはリアンの二の腕をガシッと掴んだ。筋肉の付きかたを確認しているようで、真剣な顔付きでまじまじと見てくる。
「ふむ、腕にも筋肉がついていないわけではないな。剣を扱うには心許ないが、まあ悪くはない」
剣を握ったことはないが、畑仕事では鍬を、薪割りでは斧を振るってきた。そういった経験が体に表れていたらしい。過去の頑張りを認められたように感じて、リアンは嬉しくなった。
「では、先に上がる」
「エルガー様、ご指導ありがとうございました」
「礼を言われるようなことはしていない。ではな」
リアンが礼を言うと、エルガーは笑って湯船から出て行った。脱衣所へと向かう背中は逞しく鍛え上げられており、幾つか目立つ傷痕がある。食堂で聞いたヒューリオン隊の隊員の話を思い出し、リアンは息を飲んだ。彼はこれまでも任務で危険な目に遭ってきたのだ。
貴族の子息とはいえ騎士団に所属している以上、命の保証はない。身を呈して戦う騎士たちがいるからこそ安心して暮らせている。リアンはその事実を実感し、改めて役に立たねばと意志を固めた。
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