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第30話 人誑し

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 目的地は東の国境近くの街エクソン周辺。国の中心部に位置する王都からは馬で駆ければ片道二日ほどの距離である。今回は荷馬車を連れており、片道四日で行程が組まれている。

 リアンはサイラスと共に馬車に乗って移動していた。主だった街道は綺麗に整備され、揺れは最小限で済んでいる。座面もウラガヌス伯爵家の馬車より柔らかい。車窓から外を見れば、馬車に並走するように進む馬に乗った隊員たちの姿が見える。彼らを差し置いて自分が馬車に乗っていていいのだろうか、とリアンは申し訳なく思った。

「リィと一緒に馬車に乗るのは初めてだな」

 向かいの席に座るサイラスは上機嫌である。彼は屈託のない笑顔で素直に喜びを表していた。しかし、リアンは彼の言動を容認するわけにはいかなかった。

「ちょっと、サイ」
「どうした、リィ」

 意を決して声を掛ければ、嬉しそうに聞き返してくる。そんなサイラスに、リアンは渋い顔をしてみせた。

「二人だけの時はともかく、他の人の前で『リィ』って呼ぶのやめてくれない?」
「なぜだ。うちの隊の奴は気にせん」
「僕が気にするの! 僕は人前ではちゃんと『サイラス様』って呼んでるだろ?」

 サイラスがところ構わず愛称で呼んでくるため、リアンはずっとヒヤヒヤさせられていた。隊員たちの前で隊長を叱りつけるわけにもいかず、馬車に乗り込むまで我慢していたのだ。

「別に、リィだって人前でオレを『サイ』と呼んでくれて構わないが」
「できるわけないだろ! 君は侯爵家の跡取りだぞ。平民が気安く呼んだらダメなんだよ」
「オレが良いって言ってるのに?」

 心底意味が分からないといった様子のサイラスを見て、リアンの口から大きな溜め息がもれた。

「君は僕が身の程知らずの無礼者だと言われてもいいの?」
「それは困る」
「でしょ? だったらもう少し考えてね」

 リアンが悪く思われては困る、と不承不承ながら頷くサイラス。

 そんな話をしているうちに、一度目の休憩地点に到着した。街道沿いの小さな集落付近で馬を休ませている間に軽く食事をとる。

 薪を集めて火を起こす者、集落の井戸で水を汲む者、携帯食を荷物から取り出して配る者。事前に役割が決められており、隊員はそれぞれのやるべきことをこなしていく。今回の遠征任務には使用人は同行していないため、全て隊員が行っている。

 先に用意された席に座らされたリアンが周りを見ながらサイラスに話し掛けた。人目を気にして呼び方や話し方を変えている。

「サイラス様、僕にもなにか仕事を任せてくれません?」
「おまえは協力者だ。雑用をさせるわけにはいかん」
「そうは言っても、貴族の子息様たちが働いているのに座ってるだけなんて出来ないですって」

 リアンの目線の先にはラドガンとヴェントがいる。彼らは嬉々として地面に薪を積み、火魔法が使える隊員に火をつけてもらっていた。他の隊員も笑顔で着々と支度を進めている。

「みんな楽しそうだろう。アイツらにとってはこういう雑務も非日常で面白いんだと」
「……そういうものかぁ」

 隊員たちにとって雑務は仕事ではなく娯楽のようなもの。日頃は身の回りの世話を誰かに任せているからこその心理である。

 サイラスも普段は全て使用人に任せきりだが、孤児院に通うようになって薪割りや水汲みを覚えた。たまにやるからこそ楽しんでいられるが、毎日の義務になればそんなことは言っていられない。現に、先日院長の代わりに数日分の薪割りを一気に終わらせたら斧を持つ手や腰が痛くなって閉口したものだ。

「隊長、どうぞ」

 話しているうちに支度が済んだようで、一人の隊員がサイラスに熱い茶の入った器を手渡す。次に彼はリアンにも器を差し出した。

「どうぞ。熱いから気をつけてください」
「ありがとうございます、アシオス様」
「え、あっ?」

 リアンが礼を言って受け取ると、アシオスと呼ばれた隊員が目を丸くした。どうしたのだろう、と様子を窺うと、彼は心底驚いた顔で口を開いた。

「あの、どうして俺の名前を知っているんですか」

 どうやら名前を言い当てられてびっくりしたらしい。

「? 出発前にサイラス様が紹介してくださったので」

 リアンが答えると、アシオスは更に驚愕した。紹介と言っても、二列縦隊に並んだ隊員の名前を端から読み上げただけ。一度で複数いる隊員の顔と名前を記憶したのか、と驚いているのだ。

「まさか、他の隊員も分かるんですか?」
「もちろん」
「えええ、すっご」

 騒ぎを聞きつけた他の隊員たちがわらわらと集まり「オレは?」「私は?」と自分の名前を尋ねていく。その度に間違えずに名前を答えるものだから、隊員たちは一気にリアンに親しみを抱いた。

 隊長のサイラスや副隊長のラドガン、ヴェント以外は家格が低い貴族の次男坊以下である。人気のレイディエーレ隊に所属していても『その他大勢』として一括りにされがちな彼らにとって、すぐに顔と名前を覚えてくれたリアンは好ましい存在となった。

「リアンさん、お茶のおかわりは?」
「リアンさん、オレ菓子持ってるんですけど」
「リアンさん、向こうでみんなと話しましょ!」

 リアンに群がる隊員たちに、サイラスの額に青筋が浮かぶ。

「貴様ら、リィに馴れ馴れしいぞ! さっさと片付けて出発の支度をしろ!」
「隊長ずるいですよ~」
「オレらだってリアンさんと仲良くしたいですよぉ」
「やかましい! 散れッ!!」

 物凄い剣幕で怒鳴り散らすサイラスに、リアンが溜め息を吐く。隊員たちと打ち解けるにはまずサイラスをどうにかせねばならない。そして、この様子では難しそうだと思った。

「ふふ、隊員たちがあんなに懐くなんて思いませんでした」
「いやあ、サイラス隊長をオトしただけはあるよねぇ。ぜんぶ計算してやってたらスゴいけど」
「天然でしょうね。裏がない人というのは貴族社会にはまず存在しませんから、それだけで惹きつけられてしまうのかもしれません」

 少し離れた場所で騒ぎを見守るラドガンとヴェント。彼らもリアンを気に入っている。自分たちでは癒せなかったサイラスの孤独を埋めてくれた恩人として。そして、サイラスの悩みを解決する唯一の人材として。
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