26 / 79
第26話 大人気ない嫉妬心 1
しおりを挟むキャリーがリアンに告白する場面に居合わせたサイラスは、自身の胸に湧き上がるモヤモヤとした感情をうまく制御できずにいた。
大事な友人であるリアンが急に横から掻っ攫われたようで気分が悪くなったが、まさか年下の令嬢相手にケンカを吹っ掛けるわけにはいかない。相手はか弱い女性であり、自分は国民を守るために剣を捧げた騎士なのだと言い聞かせ、可能な限り穏やかに声を掛ける。
「済まないが、いま彼に大事な仕事の話をしている真っ最中だ。また日を改めて来てくれるか。……例えば、明後日の午後以降とか」
穏やかを心掛けたはずが、普段より低い声が出てしまう。
しかも、遠征の出立予定は明後日。午後にはもう目的地に向かって王都を発っている。その上、正確な帰還予定日は未定。この発言を聞いたラドガンとヴェントは(大人気ないな……)とサイラスの心の狭さを情けなく思うなどした。
「お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい」
慌てたキャリーはサイラスだけでなくラドガンたちにも頭を下げた。やや暴走しがちなところはあるが素直な令嬢である。そして、決して愚かではない。
「皆さまは騎士団の方ですよね」
「よく分かったな」
「この地図に騎士団の紋章が入ってましたので」
言いながら、キャリーはテーブルに広げられた地図を指差した。
「それと、わたしの友人がレイディエーレ隊の熱烈な支持者で、お茶会でもよく話題に上がるんです。皆さまの鮮やかな髪色はとても目立ちますから」
サイラスは赤髪、ラドガンは長い銀髪、ヴェントは亜麻色の髪。街道での巡回任務や王都の本部へ出入りする際に若い女性たちから声援をもらうことも珍しくない。なるほど消去法で当てたのか、と彼女が四人の中から自分を言い当てた理由に合点がいった。
「レイディエーレ隊の方々は遠征に行くんですよね。東のエクソンはわたしの実家が治めている街なんですよ!」
「それは……すごい偶然だ」
エクソンの領主であるヴァーテイル男爵家と近隣の貴族が連名で広域魔獣討伐依頼を騎士団に提出しており、娘のキャリーも当然知っている。極秘任務でもなんでもない、毎年魔獣の繁殖期に行われている恒例任務だ。
先ほど自分がキャリーをリアンから遠避けるような発言をしたことを思い出す。サイラスはバツが悪そうに頭を掻き、彼女が意図に気付かないよう神に祈った。
「では、まさかリアン様も遠征に?」
「え、あ、まあ、はい」
「レイディエーレ隊と一緒に? すごいですね!」
「いや、僕はついていくだけなので……」
「レイディエーレ隊の御三方がわざわざ話をしに来てるってこと自体すごいんですよ!」
勢いに負け、リアンはもう相槌しか返せていない。見兼ねたドロテアがお茶と菓子を出して落ち着かせるまで彼女のお喋りは止まらなかった。
「ゲラート様との婚約も解消しちゃったし、貴族学院も卒業したし、リアン様がエクソンに行くのならわたしも実家に帰ろうかな」
キャリーの言葉に、再びサイラスが反応する。今度はカップを落とさなかったが、代わりに握力を込めすぎて持ち手からミシミシと音が鳴っている。すかさずラドガンがカップを救出し、代わりに焼き菓子を手に持たせた。
「エクソンに立ち寄る際はぜひわたしの家にお越しください! いつでも歓迎いたしますので!」
言いたいことを全て言い終えたキャリーは「お邪魔しましたー!」と元気に帰っていった。物怖じしない性格と行動力に気圧されてしまったが、可愛らしくて憎めない令嬢である。
「リアンさん、モテますねぇ」
「いえ。キャリー様の気の迷いかと」
ヴェントにからかわれ、リアンはすぐさま否定する。その隣では、ドロテアが恋文の件をラドガンに教えていた。
ウラガヌス伯爵家嫡男ゲラートの元婚約者だったが、手紙の代筆を行っていたリアンの人柄に惹かれて恋に落ちたという。ゲラートとの婚約を破棄した時機もアルカンシェル公爵家とレイディエーレ侯爵家を怒らせた件を知る前だと聞き、ラドガンはキャリーに対して好印象を持った。
「これは油断なりませんね? サイラス隊長」
「……」
全てお見通しと言わんばかりのラドガンの言葉に、サイラスは眉間にしわを寄せて唸った。
52
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
【完結】我が国はもうダメかもしれない。
みやこ嬢
BL
【2024年11月26日 完結、既婚子持ち国王総受BL】
ロトム王国の若き国王ジークヴァルトは死後女神アスティレイアから託宣を受ける。このままでは国が滅んでしまう、と。生き返るためには滅亡の原因を把握せねばならない。
幼馴染みの宰相、人見知り王宮医師、胡散臭い大司教、つらい過去持ち諜報部員、チャラい王宮警備隊員、幽閉中の従兄弟、死んだはずの隣国の王子などなど、その他多数の家臣から異様に慕われている事実に幽霊になってから気付いたジークヴァルトは滅亡回避ルートを求めて奔走する。
既婚子持ち国王総受けBLです。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました
新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。
ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。
夜のトラフグ
BL
シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。
しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。
(……あれは……アステオ公子?)
シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。
(………具合が、悪いのか?)
見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。
魔法の得意な平民×ツンデレ貴族
※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる