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第12話 交換条件
しおりを挟む疲労の色が隠せないサイラスは四阿の椅子にもたれ掛かるように腰を下ろしている。グラニスはレイディエーレ侯爵と、セレーネはヴェントとそれぞれ話に夢中になっている。
ラドガンから誘われるままに、リアンは裏手にある木陰へと移動した。
ご丁寧に「婉曲な言い回しは好みませんので端的にお尋ねしますが」と前置きした上で、ラドガンはリアンの目を真っ直ぐ見据えながらこう言い放った。
「先ほどサイラス隊長に魔力を付与したのはセレーネ嬢ではなく貴方ですよね?」
言い当てられ、リアンは即座に「違います」と否定した。まだ完璧ではないとはいえ遠隔での魔力操作は出来ている。セレーネを能力者に見せ掛けること自体は成功したはずなのに何故、という思考が頭を占めた。
口では否定しても態度は雄弁に真実を語る。青い顔で脂汗を流すリアンの様子を見て、ラドガンは目を細めた。
「ご安心を。事情があってのことでしょう? 私からレイディエーレ侯爵やサイラス隊長に告げることは致しませんよ、今のところは」
「……」
優しく穏やかな声音の裏に潜む脅しに、リアンは戸惑いの表情でラドガンを見つめ返した。彼の真意が分からず、黙って次の言葉を待つ。
「黙っていて差し上げる代わりに、一つお願いを聞いていただきたいのですが」
「お願い……?」
「ええ、貴方にしかできないことです」
条件さえ飲めばバラされずに済む、とリアンは体の強張りを僅かに解いた。やはり嘘がつけない人だと内心ほくそ笑みながら、ラドガンは話を続ける。
「サイラス隊長と仲直りをしてください」
思わず「は?」と声が出てしまい、リアンは自分の口を手のひらで覆い隠した。
「実はここ数日サイラス隊長がひどく落ち込んでいるのです。訓練にも身が入らず、話をしても上の空といった有り様で。……ちょうど貴方と仲違いをした日からですよ」
なぜ事情を知っているのかと疑問を抱くが、きっとサイラスが彼に相談したのだろうと予想をつける。同時に、悩みを打ち明けられる友人がいるサイラスを羨ましく思った。素性のしっかりした優しく頼れる友人。たまに孤児院で顔を合わせていただけの本名すら明かしていない自分など、そもそも友人と呼べる存在ではなかったのだとリアンは思い知らされた。
「既に騎士団の任務にも支障が出ております。表面上だけでも構いません。隊長の無礼を赦してあげてください」
提示された条件に、リアンは唖然とした。あの日のやり取りは自分も後悔しており、怒るどころか失礼な態度を取ったことを謝りたいくらいだった。だが、今のリアンはセレーネの側付きという立場。直接話せる身分ではないし機会もない。諦めていただけに、まさか第三者から仲直りしてくれと頼まれるとは予想していなかった。
「あの、どうして」
真意を問おうとした瞬間、ラドガンが口元に人差し指を立てて黙らせる。木陰の向こうで動きがあったからだ。内緒話は中断となり、時間をずらして皆のいる四阿へと戻る。
今日の顔合わせは終了したようで、帰り支度が始まっていた。セレーネは変わらずヴェントとの会話に夢中になっており、リアンが席を外していたことにすら気付いていない様子だった。
戻ったラドガンを視界に入れたヴェントは会話を速やかに切り上げた。恐らく、セレーネの関心をひくためにわざと愛想よく振る舞っていたのだろう。ラドガンがリアンを連れ出して話をする時間を稼いでいたのだ。
「では閣下。また後日」
「うむ」
レイディエーレ侯爵に恭しく頭を下げながら、グラニスが帰り際の挨拶をしていた。その頃にはサイラスも調子を取り戻しており、セレーネに二言三言声を掛けている。少し離れた場所から様子を見守りながら、リアンは安堵の息をついた。
庭園から辞そうとした時、どこからともなく飛んできた紙切れがリアンの懐に入り込む。驚いて振り返ると、そこにはラドガンとヴェントが立っていた。笑顔のヴェントがひらひらと手を振っており、ラドガンはその隣でにこりと笑んでいる。
ヴェントが風魔法で紙切れを運んだのだと悟り、リアンは軽く会釈をしてからウラガヌス伯爵家の馬車へと乗り込んだ。
馬車の中では上機嫌なセレーネが父親であるグラニスと会話をしていた。向かいの席に座る彼らに気付かれないよう、リアンは懐の紙切れをそっと上着のポケットにしまい直す。紙切れにはラドガンからの伝言が記されているのだろう。内容は帰宅してから確認しようと考えているリアンに、グラニスから声が掛かる。
「今回はうまく魔法が発動せんかったため、数日後にある郊外演習時に再度魔力付与を試すことになった。抜かるなよ、リアン」
「……? はい」
制御面では不安が残るが魔法が発動しなかったわけではない。それなのに何故、と疑問に思うリアンにグラニスが説明を続ける。
「レイディエーレ侯爵家は雷の家系。真っ先に炎が出てしまうようではいかんと侯爵閣下が仰せでな。数をこなして慣らすように、と」
貴族は魔力を持ち、使える魔法は血筋で決まる。現在は当人の意志を尊重する傾向があるが、昔は似た系統の血筋での婚姻を繰り返して魔法の威力を強化する貴族がほとんどだった。レイディエーレ侯爵家は雷。雷魔法がまず表に出ねば沽券に関わると考えているのだろう。
ウラガヌス伯爵家は土魔法の血筋で、属性的に雷との相性が良い。侯爵が見合い話に応じた理由は魔力付与能力の有無だけではなかった、ということだ。
「それにしても、サイラス様のご友人も素敵な方々でしたわね。ラドガン様は優美で近寄りがたい雰囲気ですけど、ヴェント様は話しやすくて楽しい御方で、わたしを守ってくださって。ヴェント様のことも好きになってしまいそう!」
夢見心地のセレーネの発言に、リアンは耳を疑った。彼女は見合い相手であるサイラス以外の男にも関心を向けており、実際ヴェントに対して露骨に媚びていた。条件の良い相手なら誰でも良いと言わんばかりの態度である。
サイラスを蔑ろにされたようで嫌な気持ちになり、リアンは膝の上に置いた拳をギュッと握りしめた。
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