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第8話 サイラスの悩み

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「やらかした……ッ!」

 王都中心部にそびえる騎士団施設の鍛錬場の片隅で、サイラスは後悔の念を吐き出していた。訓練用の刃のない剣で何度も案山子かかしを斬りつけ、行き場のない気持ちをぶつけている。

 誰もが遠巻きに見守る中、サイラスに話し掛ける者が現れた。自分も訓練用の剣を手にして一気に距離を詰める。

「サイラス隊長ぉ、相手なら俺がやりますよ!」

 突然割り込まれたにも関わらず、サイラスは向けられた剣を難なく自分の剣で叩き落とした。

「急に飛び込むな、ヴェント」
「俺がいるのに一人で遊んでるからですよ」

 ヴェントと呼ばれた亜麻色の髪の青年は、立ったまま地面に落ちた剣に手のひらを向けた。わずかに土埃が巻き起こり、次の瞬間ふわりと剣が宙に浮く。魔法で周囲に上昇する気流を生み出し、持ち上げたのだ。浮かび上がった剣の柄を掴み直し、ヴェントが斬り掛かる。

 しかし、またもサイラスの一閃によってヴェントの剣ははるか後方、鍛錬場の壁まで吹っ飛ばされた。遠巻きに見ていた者たちからどよめきが起きる。

「ちえ、落ち込んでる時なら勝てると思ったのに」
「不意を突くつもりなら黙ってかかってこい」
「そんなん騎士道に反するじゃないですかぁ」

 ヴェントはサイラスの周りをチョロチョロ動き回り、懲りずに話しかけ続けている。

 鍛錬場内には他にも数人の騎士が素振りなどをしていたが、サイラスとヴェントに近付く者はいない。一定以上の距離を取り、ひそひそと囁きあっている。

「相変わらず剣の腕良いな、サイラス様は」
「でも、実戦にはあまり出ていないんだろう?」
「それが、肝心の魔法がイマイチらしい」
「魔法が使えないと魔獣討伐で役に立てんからな」

 レイディエーレ侯爵家の跡取り息子、サイラスは魔法があまり使えないという噂は騎士団だけでなく貴族の間でも広まっていた。

 不名誉な噂話がサイラスの耳に届かぬよう、ヴェントは密かに風の障壁を張って音を遮断している。そして勝負を挑み、剣の実力を周りに見せつけているのだ。結果として、『魔法はイマイチだが剣技にけている』という評価に落ち着いていた。

「隊長を困らせてはいけませんよ、ヴェント」

 剣を置いて汗を拭く二人に涼やかな声がかかる。サイラスが視線を上げれば、休憩用の椅子に腰掛けている銀髪の青年の姿があった。

「おまえもやるか? ラドガン」
「ご冗談を。私に剣は扱えません。もし扱えたとしても貴方には到底かないませんよ、サイラス隊長」

 銀髪の青年、ラドガンは柔和な微笑みでサイラスからの誘いを断った。サイラスとヴェントが着ている簡素な訓練用の衣服ではなく略式の騎士服を身に付けている。彼は汗を流すつもりはないらしい。

 この国の騎士団は貴族の男子のみで構成されており、剣だけでなく魔法も使って魔獣を討伐する任務につく。ラドガンは剣は不得手だが光魔法の熟練度が高く、騎士としての序列はそれなりに高い。ヴェントは剣も魔法もそこそこの腕前である。

「団長からお手紙を預かっております。早く目を通していただきたいのですが」
「わかった、そろそろ切り上げる。……ヴェント、場内をならしておいてくれ」
「はいはーい」

 サイラスの指示を受けたヴェントは地面擦れ擦れに風を起こし、自分たちが踏み荒らした鍛錬場の土を綺麗に整える。繊細かつ見事な手際に、先ほどまで好き勝手に噂話に興じていた者たちは茫然とした。

「待たせたな、ラドガン」
「いいえ。では参りましょうか」

 訓練用の剣を所定の場所に戻してから、サイラスとヴェントはラドガンの元へと歩み寄る。三人が立ち去った後、鍛錬場のあちこちから深い溜め息が聞こえてきた。

「……恐ろしいな、あの二人」
「ああ。生きた心地がしなかったぜ」

 彼らの言う『あの二人』とは、ヴェントとラドガンのことである。サイラスが隊長を務める隊に所属しており、隊長を侮辱する者を決して許さない。表立って争えば要らぬ騒動を起こしてしまうため、毎回ひっそり周りに釘を刺している。だからこそ、サイラスに直接食ってかかる者が現れないのだ。

 当のサイラスは自分を慕ってくれる仲間であり友人でもある二人を心強く思っていた。

「それで、団長からの手紙というのは?」
「我が隊が次に行う郊外演習の日時と場所が決まった、という連絡です。問題なければ他の隊員にも通達を出したいのですが、まず貴方に確認していただきたくて」
「隊長、昨日はおやすみでしたもんねぇ」

 隊室に入って扉を閉めた途端、サイラスはがくりと肩を落としてソファーに身を投げ出した。紛れていた気持ちがよみがえり、再び自己嫌悪に陥っている。

「た、隊長? 急にどうしたんです」

 見るからに落ち込むサイラスに、ヴェントが戸惑いながら訊ねた。

「そういえば、昨日はお見合いのために休んだのでしたね。貴方まさか、お相手の令嬢に失礼なことをして怒らせたわけではありませんよね?」
「えっ、隊長ケッコンするんですか? いつ? 式には俺たちも呼んでくださいよ!」

 二人から詰め寄られ、サイラスは死んだ目で天井を見上げた。初顔合わせが終わってからというもの、気を抜くとずっとこの調子だ。

「……失礼なことはしていない。紅茶をこぼしてドレスを汚しはしたが」
「十分失礼では?」
「代わりのドレスを与えたから問題ない」
「その認識はどうかと思いますが」

 突っ込みを入れながら、二人は昨日の見合いの顛末を聞き出していった。

「だが、令嬢の側付そばつきを怒らせてしまった」
「側付きを? それで落ち込んでいるのですか」

 意外な言葉に、ラドガンは首を傾げた。側付きとは、つまり見合い相手の使用人である。例え怒らせたとしても気に病むことはないのでは、と思ったのだ。

「なあ、オレはどう謝ったらいい?」

 サイラスはソファーから身を起こし、二人に教えをう。いつになく真剣な態度の隊長に、ヴェントとラドガンは顔を見合わせた。
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