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第6話 思わぬ再会

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 リアンの能力が明らかとなり、ドロテアがウラガヌス伯爵家の離れで監禁されてから五日が過ぎた。見張りに阻まれて面会はできない。だが、料理長や他の使用人たちに頼み、食事や物資を運ぶ際に手紙を忍ばせることでやり取りを可能にしていた。

【ドロテアさん、大丈夫ですか。ひどい扱いをされてはいませんか。迷惑をかけてごめんなさい】

【リアン様、どうかお気になさらず。お食事も美味しいし、お部屋もとても綺麗です。いて言うなら新しい本が読みたいですね】

【褒めてもらえて料理長たちが喜んでいます。本は換えのシーツや洗濯物に紛れこませて運んでもらいますので、もう少し待っていてください】

 こんな感じで、直接会うことはなくとも情報の交換はできている。表向き大人しくしているドロテアに、見張りはまったく警戒していない。監禁を命じたグラニス自身がドロテアを『たかが平民の女』と侮っているからだろう。

 リアンが普段から雑用を手伝っていたおかげで使用人たちが親身になってくれ、快く協力してもらえたということもあり、ドロテアは比較的快適に監禁生活を送っていた。

【何日も閉じ込められてお仕事に支障はありませんか。ご家族が心配しませんか】

【わたくしは独り身ですのでお気遣いなく。それと、先日申し上げた通り自宅兼研究室で気ままに作業しているだけなので問題ありません。ですが、そろそろわたくしの不在に誰かが気付く頃合いかと】

【僕はいま外出を禁じられていますが、もしどこかに連絡をする必要があれば手紙を送るくらいなら可能です。いつでも言ってください】

【ありがとうございます。大丈夫ですよ。あと、新しい本、無事に受け取りました。これで楽しく過ごせます】

 突然監禁されたにも関わらず、ドロテアは終始落ち着き払っていた。かえって不自然なほどに。

 リアンの生活にも変化が起きていた。

 これまで使用人同然の粗末な衣服しか与えられていなかったが、新たに何着か支給された。貴族の子息としてではなく、貴族令嬢の側付きとして見苦しくない仕立ての衣装。これを着てセレーネに付き従い、彼女を『稀代の魔力付与能力者』だと偽って高位貴族に嫁がせる……という筋書きがグラニスが考え出したリアンの活用法である。

 これまでセレーネには縁談の話が幾つか来ていたが、「家格が低い」「顔が生理的に受け付けない」「領地が田舎過ぎる」などと文句をつけて全て断っていた。親バカなグラニスは彼女のわがままを許していたが、セレーネはもう十七才。そろそろ結婚相手を決めねば行き遅れてしまう。そこで、見目は良いが魔力不足だと噂のある高位貴族の跡取りに見合い話を持ち掛けたのである。

 そして訪れた見合い当日。
 リアンは予想外の人物と再会した。

 場所は王都を囲む三つの衛星都市の一つ、アルタン。都市中心部にあるレイディエーレ侯爵邸の応接の間。美しく着飾ったセレーネの側付きとして同行したリアンは、目の前の人物の姿を見て思わず悲鳴を上げかけた。

 見合い相手はレイディエーレ侯爵家の嫡男サイラス。燃えるような赤い髪と瞳を持つ青年である。彼もセレーネの後ろに立つリアンを見て驚きで目を見開いている。数秒の沈黙の後、彼は何事もなかったかのようにセレーネをテーブルまで案内した。

 互いの親であるレイディエーレ侯爵とウラガヌス伯爵は別室で見合い話を進めている。当事者であるセレーネとサイラスは差し障りのない会話で場を繋いでいた。

「えー……つかぬことを伺いますが、後ろにいる彼はセレーネ嬢の従者ですか? 貴女と変わらぬ年頃に見えますが」
「わたしの側付そばつきですが、なにか?」
「いえ、距離が近いので気になりまして」

 言いながら、サイラスの目はリアンを凝視している。セレーネは、サイラスが嫉妬心からそんな質問をしたと思い込み喜色をにじませた。

「ご安心くださいサイラス様。この者は我がウラガヌス伯爵家の遠縁の者ですの。心配いりませんわ」
「ほう、そうでしたか」

 遠縁と聞き、サイラスが顎に手を当てる。

「ええ。他に身寄りがないので我が家で世話をしておりますの。幼い頃から同じ屋敷で暮らしているから家族のようなものですわ。ねーえ? リアン」

 急に同意を求められたリアンは戸惑いながらも頷いた。セレーネの話は嘘ではないが、真実ではない。実際は遠縁ではなく従兄弟いとこであり、同じ屋敷で暮らしてはいるが扱いには差がつけられている。ゲラートやセレーネからは顔を合わせるたびに馬鹿にされており、家族の情や親しみなど互いに微塵も持ち合わせてはいない。

 リアンを付かず離れずの位置に立たせている理由はセレーネを魔力付与能力者として偽るため。本物の能力者であるリアンを側に置き、もし魔力の流れを確認されたり魔力付与能力を試されても対応できるようにしているのだ。

 会話が途切れた頃、不意にサイラスが手にしたカップを取り落とした。冷めた紅茶が飛び散り、向かいに座っていたセレーネのドレスの裾をわずかに汚した。

「すまないセレーネ嬢、すぐに別室で着替えを。母が若い時に着ていたドレスがある。好きなものを選んでくれ」

 サイラスは給仕のために控えていた女性使用人にシミ抜きや着替えの指示を手際良く出していく。よそ行きのドレスを汚されて一瞬不機嫌になりかけたセレーネだったが、侯爵夫人のドレスが着られると聞いて上機嫌で応接室から出て行った。

 応接室に残るはリアンとサイラスのみ。二人だけになった途端、サイラスはずいとリアンに歩み寄った。鼻先がくっつくほど近くに顔を寄せ、呆れたように息を吐く。

「やっぱりおまえか。リィ」
「君こそ、侯爵家の跡取りだったなんて。……サイ」

 ルセイン孤児院でたまに顔を合わせる時だけの友人だった二人は、思わぬ場所での再会に顔を引きつらせた。

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