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第1話 この場だけの繋がり
しおりを挟むたくさんの笑い声が響く庭を駆ける一人の青年がいた。周囲の草木に溶け込む翡翠色の髪を風になびかせながら、逃げ回る子どもたちを追いかけてゆく。
「つかまえたっ!」
「逃げきれると思ったのにぃ!」
「あはは、僕に勝とうなんて十年早いよ」
背を軽く叩いて捕縛を宣言すると、追いつかれた幼い少女が悔しそうにその場で地団駄を踏んだ。次に青年は周りに視線を巡らせた。髪と同じ翡翠色の瞳が逃走者の姿を捉えると同時に走り出す。
しかし、茂みの向こうから現れた人影を見つけてすぐに足を止めた。燃えるような赤い髪の青年である。
「よぉ、リィ」
「サイ!」
リィと呼ばれた翡翠色の髪の青年は、満面の笑みを浮かべて赤髪の青年サイへと歩み寄った。
鬼ごっこの中断を悟った子どもが十数人、二人の周りにわらわらと集まってきた。彼らは孤児で、ここは王都を囲む三つの衛星都市の一つ、ルセインの中心街に建つ孤児院。リィとサイは時々この孤児院を訪れては子どもたちの遊び相手を務めていた。
「サイにいちゃんも来てくれたの?」
「やったぁ、遊ぼ遊ぼ!」
「一緒に鬼ごっこしようよ!」
子どもたちに取り囲まれたサイは地面に膝をついて目線を合わせ、笑顔で頷いた。
「よーし。じゃあ、みんなでリィを捕まえよう! 十数えたら始めるぞ」
「ちょ、サイ!」
「じゅーう、きゅーう、はーち……」
「えっ、待って。本当にやるの?」
突然の標的決定にうろたえるリィに「早く逃げろ」と合図を送り、子どもたちと共に大きな声でカウントダウンを開始する。あわてて庭の奥へと駆け出すリィの後ろ姿に、サイは笑いをこぼした。
「はあ、ひどい目に遭った」
「嫌ならもっと早く逃げろ」
「君の指揮のせいで逃げ場がなかったんだよ」
全員から追いかけ回され揉みくちゃにされたリィが、乱れた髪を手櫛で整えつつ隣に座る友人を横目で睨みつける。鬼ごっこ後半戦はサイの的確な指揮により、リィはかなりの苦戦を強いられた。
子どもたちは遊び疲れたようで、二人の周りを囲むようにして昼寝している。短く刈られた草の上、木漏れ日が射し込む庭には気持ちの良い風が吹いていた。
「二人とも、ご苦労さま」
「院長先生」
「お邪魔してます」
そこへ孤児院の院長である老婦人がやってきた。手にした盆にはお茶のカップが乗せられている。
「いつもごめんなさいね。小さくても体力はあるから、この子たちの相手は大変でしょう?」
二人は笑顔で首を横に振る。
「いえ、僕が遊んでもらってるんです」
「オレもだ。確かに疲れるが苦にはならん」
「まあ! みんなが聞いたら喜ぶわ」
院長が出してくれたお茶を飲みながら、リィは穏やかな眼差しで子どもたちの寝顔を見守った。その横顔をチラリと見ながら、サイも同じように目を細めて笑う。
「さて、と。僕もう帰らなきゃ」
「そうだな。コイツらが起きる前に退散しないと引き留められちまうからな」
全力で遊び相手をしてくれる二人の青年に、子どもたちは心の底から懐いていた。たまにしか来ないからか帰り際には全員で足止めをする。部屋に鍵をかけたり、外に通じる門の前で人垣を作って出られないようにしたり。院長がたしなめて解放してくれるけれど、二人は毎回後ろ髪をひかれる思いで逃げ帰る羽目になる。眠っている間にそっと帰ってしまえば罪悪感は少なく済む。
「是非また遊びに来てちょうだい。子どもたちも私も、いつでも大歓迎ですからね」
「はい、ありがとうございます」
院長に見送られ、二人は同時に孤児院の門を出た。並んで立つと頭ひとつぶん背が高いサイを見上げるようにして、リィが笑顔を向ける。
「会うの久しぶりだったね」
「ああ、半月ぶりくらいか」
「次に一緒に遊べるのはいつになるかなあ」
「どうだろうな」
リィとサイが顔を合わせる機会は孤児院に訪れる日が重なった時だけ。どこに住んでいるのか、普段なにをしているのかすら知らない。それでも、リィはサイが平民ではないと薄々気付いていた。質素な衣服をまとってはいるが、身のこなしや所作に育ちの良さがにじみ出ているからだ。そして、リィもまた違いがわかるくらいの環境で育っていた。
詮索すれば今の微妙な関係が終わる気がして、知り合って一年以上経つ現在も聞けずにいる。
「じゃあ、またね」
「ああ。また」
いつも通り、次の約束は交わさない。互いに名残惜しさを表情に出さぬようにしながら帰路についた。
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