上 下
50 / 71
本編

50話:悲劇の詳細を教えてもらいました 2

しおりを挟む


「え、求婚プロポーズされてめでたしめでたし、じゃないの?」
「忘れたの? エリル。これは『最初の事件』のお話よ。本題はここからなんだから!」

 そうだった、とエリルは居住まいを正して再度聞く姿勢を取った。
 ミントの巧みな語り口に魅了され、いつのまにかその物語に入り込んだかのような錯覚に陥ってしまう。

 これは既に終わった話だというのに。







 言い寄る令嬢たちを差し置いてローガンが選んだのは、伯爵令嬢トリスティナだった。

 求婚を受けたことで、彼女の生活は一変した。

 トリスティナには友達がいない。他者との交流より貴族学院の図書館にある蔵書を読むことばかりに時間を割いてきた。だからこそローガンと出会い、誰にも気付かれずに親交を深めることが出来た。

 それが完全に裏目に出た。

 ローガンの婚約者になったと知れ渡った途端、それを妬んだ令嬢たちからの嫌がらせが始まったのだ。
 無視や嘲笑、陰口はトリスティナには効かなかった。元々他人の目を気にするような性格ではない。根も葉もない噂を立てられても心を痛めるほど繊細ではなかった。守ってくれるような友人はいないが、彼女は一人でも平気だった。

 しばらくして、矛先が家族へと向いた。

 トリスティナの祖母が他国の下位貴族出身であるという事実を調べ上げ、血筋を理由には次期国王の相手として相応しくないと罵る輩が現れたのだ。

 アイデルベルド王国では恋愛結婚が主流である。故に、他国出身者と結ばれることも稀にある。高位貴族になればなるほど血筋には拘る傾向があるので、こういった反応が出ることも想定内だった。

 幸いローガンも、彼の両親である国王夫妻も血筋のことは全く気にしなかった。トリスティナもローガンたちさえ認めてくれるのなら構わないと思っていた。しかし、大好きな祖母を貶されたことで、少しずつ心労が溜まっていった。

 その頃に事件が起きた。

 どんなに嫌がらせをしても一向に婚約者の立場から辞退しないトリスティナに業を煮やした一人の令嬢が、ついに強硬手段に出た。



 裁ちバサミを用いて彼女の髪を切ったのである。



 明るい栗色の髪は肩の上辺りでバッサリと切られてしまった。本を読む時に邪魔になるからと後ろで一つに結っていた。その結び目を狙われたのだ。

 刃物を持った令嬢はすぐに護衛によって取り押さえられた。放っておけば、ハサミをトリスティナ自身に突き立てんばかりの剣幕だった。彼女はローガンに気に入られようと付き纏っていた高位貴族の令嬢だった。格下の伯爵令嬢にローガンを奪われたことで病んでいたらしい。

 幾ら他人の目を気にしないとはいえ、トリスティナも年頃の令嬢だ。結えないほどに短く切られた髪に、彼女は酷くショックを受けた。




 トリスティナは、そのまま窓から身を投げた。








「じ、自殺……?」
「そう。それまでの陰口や家族に対する誹謗中傷とか、平気なふりをしていても内心追い詰められていたんだと思うわ。更に髪まで切られて、限界が来ちゃったのかもしれないわ」
「……」
「ご遺体の状態が悪くて、葬儀の際もローガン様は彼女の姿を見せてもらえなかったそうよ。……恐らく、髪が短い姿を見られたくなかったんでしょうね」

 以前、ヴァインが髪の長さについて話していたことを思い出し、エリルは無意識のうちに自分の後ろ髪に手を伸ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。

天災
恋愛
 美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。  とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

処理中です...