上 下
40 / 71
本編

40話:第2王子はなかなか素直になれないようです

しおりを挟む


 貴族学院の医務室には医師が常駐している。
 体調不良や軽い怪我くらいならば即座に対応できるように設備も整っており、休むためのベッドも幾つも用意されている。そのうちのひとつにラシオスは寝かされた。

 医師の見立てによれば、痩せ過ぎが原因で軽い貧血を起こしているらしい。ラシオスは数日で二、三キロ体重を落としている。元々痩せ型で余分な肉はついていないため、体力がごっそり剥がれ落ちたようなものだ。

 ベッドに横たわるラシオスを見て、フィーリアは眉をひそめた。用意された椅子に腰掛け、彼の顔を覗き込む。わずかに頬がこけているように見えるのは気のせいではなかった。

 来月の式典を前に緊張しているのかもしれない、とフィーリアは考えた。他国の王侯貴族を多数招いて歓待するのだ。王族の一員として、ラシオスは精神的な重圧を感じているのではないか。それが衰弱の理由ではないかと推測した。

「具合が良くないのでしたら、学院をお休みになられた方が……」

 純粋に婚約者の体調を心配して出た言葉。
 しかし、ラシオスにはそうは聞こえなかった。

 アイデルベルド王国王太子ローガンの案内役に指名されてからというもの、フィーリアは婚約者のラシオスとの時間を無くした。
 日課のランチを断り、会話も最低限しか応じない。
 たまに顔を合わせても視線をすぐ逸らす。
 それなのに、ローガン相手には笑顔を向けているのだ。ラシオスには見せないような笑顔を。

 だから、気遣う言葉すら素直に信じられない。

「僕がいたら邪魔になるからか」
「えっ……」

 思わずこぼれた嫌味にラシオス自身が驚いた。フィーリアも驚いている。何故そんなことを言われたのか分からないといった表情だ。

 それを見て、ラシオスは側近のガロフの言葉を思い出した。

 王宮にある秘密の部屋に籠もりがちな主人あるじを諭すように、淡々と説教されたのだ。


『よろしいですか殿下。気持ちというものは、相手に伝わらなくては無いも同然です。どれだけ想っていても伝える努力を怠れば意味がありません。殿下は愛情を向ける先を間違えておられる。ここにある品物が愛しいのは物自体ではなく持ち主が愛しいからですよね? きちんと気持ちを伝えたことはありますか? 正しく伝わったと思ったことはありますか?』


 気持ちを伝えたことはない。
 側にいるだけで舞い上がり、にやけてしまいそうになる顔を必死に抑えるだけで精一杯。

 エリルから叱られ、ガロフから諭され、ようやく自分がきちんとフィーリアに気持ちを伝えていなかったことに気付いた。

 でも、急には変われない。
 今もまた憎まれ口をたたいてしまった。
 婚約してから十数年ずっとこんな状態だった。
 これまで見棄てられなかったことが奇跡だ。

「……済まない。心配してくれているのは分かっている。今の言葉は忘れてくれ」
「は、はい」

 不安そうに表情を曇らせるフィーリアをまともに見ることが出来ず、ラシオスは視線を彼女の後ろに移した。

 フィーリアの後ろには大きな窓がある。
 その窓の向こう側に見慣れた顔があった。
 フィーリアの専属メイドのエリルだ。

 エリルは窓ガラスに張り付き、ラシオスを睨みつけていた。医務室があるのは二階。窓の外には僅かな出っ張りしかない。そこを足場にして、エリルはラシオスに圧を掛けていた。

 はたから見れば恐ろしい光景だが、気心の知れたエリルの姿にラシオスは安堵した。

 ちなみに、ヴァインはカラバスが屋上に引き付けている最中である。時折金属音が聞こえてくる。軽く手合わせをしているのかもしれない。

 エリルに叱責された日の記憶が蘇る。




『お嬢様はラシオス様から好かれていないとお考えです』

『でも、お嬢様に伝わらなければ意味がないんです』




 それは、先日ガロフから言われた言葉と全く同じだった。

 ラシオスは婚約者という立場に胡座をかき、自分を守るためだけに外面を取り繕い、肝心のフィーリアを傷付けてきた。

 あの日も、せっかくの彼女の好意を無駄にした。

 そう思ったら急に自分が情けなくなって、ラシオスはいたたまれなくなってしまった。

「……フィーリア、教室に戻ってくれ」
「でも、」
「君がいたら休めない」
「……そう、ですよね。わかりました」

 寝返りを打って背を向ける。
 これ以上自分の弱った姿を見せたくない一心だったが、フィーリアは拒絶されたと感じた。

 だが、眠るのならば枕元でじっと見られていたら落ち着かないのは事実。フィーリアはすぐに椅子から立ち上がった。

「……ゆっくりお休みになってください」

 軽く頭を下げてから、フィーリアは仕切りのカーテンの向こうへと去っていった。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

クリスティーヌの華麗なる復讐[完]

風龍佳乃
恋愛
伯爵家に生まれたクリスティーヌは 代々ボーン家に現れる魔力が弱く その事が原因で次第に家族から相手に されなくなってしまった。 使用人達からも理不尽な扱いを受けるが 婚約者のビルウィルの笑顔に救われて 過ごしている。 ところが魔力のせいでビルウィルとの 婚約が白紙となってしまい、更には ビルウィルの新しい婚約者が 妹のティファニーだと知り 全てに失望するクリスティーヌだが 突然、強力な魔力を覚醒させた事で 虐げてきたボーン家の人々に復讐を誓う クリスティーヌの華麗なざまぁによって 見事な逆転人生を歩む事になるのだった

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...