上 下
26 / 71
本編

26話:なんだか少し怖い話になってきました

しおりを挟む


 ここはスパルジア侯爵家の屋敷。フィーリアの私室に通じる使用人控え室である。

 貴族学院から戻ったエリルは動きやすい服装からいつものメイド服に着替え、長椅子へと倒れこんだ。

「ずいぶんとお疲れね、何かあった~?」
「……ちょっとヘマをしました」
「あらっ、珍しい! なになに~?」

 ミントが差し出す冷たい飲み物を受け取り、一気に飲み干してから、エリルは深い深い溜め息をついた。己の失態を口にするのは躊躇われるが、これを黙っておくわけにはいかない。





「──というわけです」

 今日のヴァインとのやり取りを包み隠さずミントに話す。自分の感じた違和感には触れず、あくまで会話と行動、事実のみを伝えた。

 しかし。

「やっだぁ、エリルったらヴァイン様に押し倒されちゃったわけ~? ドキドキしたでしょ!」
「それどころじゃなかったの!」

 そう、死ぬか生きるかの瀬戸際に立たされたような危機を感じた。それなのに、客観的にみれば単に押し倒されたようにしか思われない。別の意味でドキドキはしたが、いわゆる胸のときめき等とは真逆の反応だ。

「でもでも、ヴァイン様ってカッコいいんでしょ? どんな御方なの? 背は高い? 見た目は?」
「どんなって……ええと……髪は鮮やかなオレンジ色で、背は高くて、いつも穏やかに微笑んでいる感じの」
「そうなんだ~!」

 能天気に恋バナをし始めるミントに対し、エリルはまた溜め息をついた。

 だが、こうして底抜けに明るい彼女と話していると少しだけ気が楽になる。深刻に考えがちなエリルにとって、ミントの前向きな姿勢や態度はとても新鮮なものだった。同じ物事に対してこうも受け取り方が違うのか、と毎回驚かされる。

 それでも今回はそうでもないようだ。

「エリルが突っ込んで聞いてくれたおかげで、ちょっと謎が解けたような気がするわ。たぶん知らずにいたら、誰かが不幸に見舞われていたでしょうね~」
「え……」

 ミントの言葉は、あの時エリルが漠然と感じた不安を正確に言い当てていた。事実のみを伝え、エリルの感じたことは一切教えていなかったにも関わらず、だ。

「じゃあ、お嬢様が?」
「う~ん……どちらかといえば、ラシオス様の方が危ないかも~」

 婚約者がいなくなれば、フィーリアがローガンの求婚を断る理由はなくなる。つまり、ラシオスの命が狙われる可能性があるということだ。

「でも、どうやって」

 貴族学院にいる間は安全だ。
 敷地内には警備兵が巡回しているから暴漢に襲われることはない。ラシオスの食事は王宮から作りたてのものが直接運ばれてくるから毒殺の心配もない。

 ラシオスの周りには常に人がいる。腐っても王子だ。もし何かあれば、周囲にいる貴族の子息たちは身を呈して彼を守るだろう。

「やっぱり『不幸な事故』かしら」

 事故に見せかけて始末する。
 一番怪しまれず、禍根を残さない方法。

 それを聞いて、エリルはぞっとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁
恋愛
 ダメダメな王子がやらかす婚約破棄を前に、真実の愛に浮かれていたお花畑から、そんなお花畑がないと知り、現実の世界に帰還。 本来の婚約者と関係改善を図り、不器用ながら愛を育んで幸せな結婚をするお話。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】痛いのも殺されるのも嫌なので逃げてもよろしいでしょうか?~稀代の悪女と呼ばれた紅の薔薇は二度目の人生で華麗に返り咲く~

黒幸
恋愛
『あなたに殺されたくないので逃げてもよろしいでしょうか?~悪妻と呼ばれた美しき薔薇は二度目の人生で華麗に返り咲く~』の改訂版となります。 大幅に加筆修正し、更新が分かりにくくなる原因となっていた闇堕ちルートがなくなります。 セラフィナ・グレンツユーバーは報われない人生の果てに殺され、一生を終えた。 悪妻と謗られた末に最後の望みも断たれ、無残にも首を切られたのだ。 「あれ? 私、死んでない……」 目が覚めるとなぜか、12歳の自分に戻っていることに気付いたセラフィナ。 己を見つめ直して、決めるのだった。 「今度は間違えたりしないわ」 本編は主人公であるセラフィナの一人称視点となっております。 たまに挿話として、挟まれる閑話のみ、別の人物による一人称または三人称視点です。 表紙イラストはイラストAC様から、お借りしています。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

処理中です...