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28話・暗躍する者

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 ダウロさんから突きつけられた請求書の束を見て、グレース様は青ざめております。

 ええと、これはどういうことかしら。

「うちの当主様は非常に細かい性格をしておられましてね、支出の類は全て自分で確認しないと気が済まないのですよ」

 ダウロさんによると、ネレイデット侯爵家の現当主……つまりアルド様やリオン様のお父様はかなり数字に細かい御方のようです。自ら確認している最中に不審な請求書を見つけたのでしょう。

 でも、グレース様と何の関係がありますの?

「覚えのない請求のうち、数件はそちらのグレース様が購入した宝飾品の代金だと判明いたしました」
「うっ」

 指摘されたグレース様が焦った表情で一歩下がりますが、すぐに気を取り直しました。

「こ、これはアルド様が買ってくださると仰ったから……!」

 自分の首元や耳に飾られたアクセサリーを指差しながら、グレース様が必死に訴えます。
 仲睦まじければ、婚約者にプレゼントをすること自体は不思議なことではありません。貴族の買い物はその場で支払わず、後でまとめて請求が来るのも当たり前のこと。

 それなのに、何故?

「もちろん、今グレース様が身に付けてらっしゃるのはアルド様とご一緒に選ばれた品です」
「でしたら何も問題は……」
「ところが、不可解なものが幾つか混ざっているのですよ」

 そう言って、ダウロさんはリオン様から請求書の束を受け取り、要所を読み上げていきます。

「宝飾品の請求に混じって金や銀の塊が毎月少しずつ。一軒の店ではなく複数の店で購入されているため一件あたりの請求額は大したことはありません。不思議なことに、現物はカレイラ侯爵家に届けるよう手配されているのです。請求はネレイデット侯爵家に届いたというのに、です」

 グレース様の顔色がだんだんと悪くなってきました。

「どういうことですの? あたくし、アクセサリー以外は知らなくてよ」

 わなわなと身体を震わせ、グレース様は自身の関与を否定しました。表情を見る限り嘘は言っていないように見えます。こっそり他家に請求を回してまで金や銀の塊を入手する理由など、彼女にはありません。

「ええ、ええ。そうでしょうとも。グレース様は今回の件には関係ありません。何故なら、主犯は別にいるのですから」

 ダウロさんが指差したのは、グレース様の隣に立つデュモン様でした。

「──オレが何をしたって?」

 彼はゆるりとした仕草で長めの金髪を耳にかけ、にやりと口の端を吊り上げております。その不敵な様子にこちらが困惑してしまいました。

「証拠があるのか? 単なる言い掛かりならリジーニ伯爵家だけでなくカレイラ侯爵家まで敵に回すことになるぞ、ダウロ」

 糾弾されているというのに、デュモン様は一切動じておりません。彼はなぜこうも強気でいられるのでしょうか。

「調査のために店に赴いたところ、ほとんどの店主が事態を把握しておらず、対応した店員はみな口を閉ざしておりました」

 苦々しい口調でダウロさんが調査状況を明かしていきます。どうやら聞き込みは難航している様子。

「王都の商工会は結束が強く、客の取り引き内容などの情報を部外者に軽々しく話す者はおりませんでした」
「ハハッ、だろうな」

 デュモン様が勝ち誇ったような笑みを浮かべました。今の態度から彼が関与したことは明らかなのに、証拠がなければ罪に問うことはできません。

 しかし、ダウロさんの瞳には強い意志が宿っております。まだ何か情報をお持ちなのでしょうか。

 彼は振り返り、別邸の玄関付近に立つルウへと視線を向けました。

「実は、フラウ様の侍女ルウちゃんは王都商工会のボスの一人娘なんです。そのご縁で捜査に協力していただきました」
「えへへ、役に立てて良かったですぅ」

 あら、ルウのお父様が協力してくださったのね。
 本来ならば、カレイラ侯爵家に楯突くような真似は商売人として絶対に避けたい事態だったことでしょう。それでも手を貸してくださったのは、ルウが私の侍女を務めているから。我がヴィルジーネ伯爵家はいずれネレイデット侯爵家と縁続きになる予定ですから、こちら側に付くと決めたのでしょう。また今度お礼しにいかなくては。

「…………なんだと?」

 ここにきて初めてデュモン様の顔色が変わりました。

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