上 下
27 / 36

27話・反撃手段は婚約者

しおりを挟む


「──それで、フラウ嬢を泣かせた理由はなんだ? 事と次第によってはただではおかんぞ」

 あの後リオン様は窓から飛び降りたりはせず、普通に階段を使って階下に降り、普通に玄関から出て参りました。現在は私を庇うように前に立ち、グレース様を睨みつけております。

 予定外のリオン様の乱入に勢いを削がれていたグレース様も、彼が到着するまでの間に気を取り直したようです。わざとらしく咳払いをしてから再度主張を始めました。

「アルド様の代わりに弟であるリオン様があたくしと結婚すべきだと申し上げているのです! フラウには身の程をわきまえるように注意しただけ。不当な話ではありませんわ!」

 リオン様本人を前にしても堂々と宣言しているところをみると、グレース様は当たり前の要求をしているつもりなのでしょう。『代わり』だと言われて喜ぶ者がいるとお考えなのかしら。

「貴族学院イチ美しくて家柄も良いあたくしと結婚できるのよ。光栄に思いなさい!」

 あ、本気で喜ぶと考えてそうです。残念ながら、他の男性なら喜ぶような話でも、リオン様には通用いたしません。何故なら、彼は私に心底惚れ込んでいるのですから。

「聞くに堪えん」
「なんですってぇ!?」

 即座に却下され、グレース様がショックを受けております。
 好意を持たれていた私でさえ嫌われているとしか思えなかった素っ気ない対応です。本当に嫌われているグレース様相手にリオン様が愛想を振り撒くはずがありません。

「そ、そんな態度を取れる立場だと思って? 元はと言えばアルド様が行方知れずになったせいですのよ! ネレイデット侯爵家は我がカレイラ侯爵家との繋がりを一方的に断つつもり?」

 それは確かにその通り。アルド様が出奔さえしなければ何の問題もなかったんですもの。

「アルド様の代わりにあたくしと結婚すると約束なさい! さあ!」

 それにしても、何故グレース様はこんなに必死になっていらっしゃるのかしら。

 我がヴィルジーネ伯爵家とは違い、グレース様には上に兄弟がおります。跡継ぎが欲しくて迫っているわけではありません。カレイラ侯爵家と縁続きになりたい貴族なら他にもおります。いなくなったアルド様や、その気のないリオン様に結婚を迫る必要があるのでしょうか。

「我が家と同等以上の家格で年齢が近くて婚約者がいない殿方はもう他におりませんのよ! あなたがた兄弟どちらも駄目になったら困ります!」

 有力貴族ほど早いうちに婚約者が決まりますものね。グレース様の言う通り、侯爵以上の家柄で婚約者がいない者は十歳未満の少年か後妻を求めるおじ様くらいしかおりません。
 散々『伯爵家ごときに』と馬鹿にしてきた手前、今さらご自分が格下の貴族と婚姻を結ぶなど矜持プライドが許さないのでしょう。

「フラウ嬢、大丈夫か」
「だ、大丈夫ですわ、リオン様」
「目が赤くなっている。これを使うといい」

 私を気遣い、ハンカチを手渡すリオン様。
 先日の話し合い以来、思ったことを出来るだけ相手に伝えるように努力しておいでです。コニスとアリエラも、これまでの話とは全然違うリオン様の様子に驚き、キャーキャー騒いでおります。

「ちょ、ちょっと! あたくしを放ったらかしにするなんてどういうことですの!」

 私にばかり構うので、完全に無視されたグレース様は怒り心頭といった様子。その怒りに呼応して、周りにいた男たちが武器を構え直しました。さすがに攻撃はしないと思いますが、今のグレース様は冷静さを欠いております。どんな命令を下すか予想ができません。

「……はあ」

 リオン様が溜め息を吐き出しました。
 心底面倒臭そうな表情を隠しもせずグレース様に向き直ります。やっとこちらを向いた、と気を良くしたグレース様が笑みを浮かべますが、すぐにその顔は凍りつきました。

「俺が何も知らないと思っているのか?」
「えっ……」

 リオン様が懐から取り出したのは、数十枚にも及ぶ書類でした。それをグレース様の眼前に突きつけております。

「こ、これは」

 顔色を失い狼狽えるグレース様に対し、リオン様は無言のまま。あまり喋りたくないようです。代わりにどこからか現れたダウロさんが説明役を買って出てくれました。

「これらは全てネレイデット侯爵家に送られてきた請求書の写しです。近頃覚えのない請求が増えておりまして、こっそり調査をしていたのですよ。……アルド様のご指示で」
「なっ……!」

 アルド様の名前が出て、グレース様が目を見開きました。まさかの展開に私とコニス、アリエラも驚きが隠せません。

 というか、私は何も知りません。
 先ほどだって、リオン様がグレース様を撃退してくれることに期待して嘘泣きをしただけなのですから。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

妹よ。そんなにも、おろかとは思いませんでした

絹乃
恋愛
意地の悪い妹モニカは、おとなしく優しい姉のクリスタからすべてを奪った。婚約者も、その家すらも。屋敷を追いだされて路頭に迷うクリスタを救ってくれたのは、幼いころにクリスタが憧れていた騎士のジークだった。傲慢なモニカは、姉から奪った婚約者のデニスに裏切られるとも知らずに落ちぶれていく。※11話あたりから、主人公が救われます。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

【完結】この婚約破棄はお芝居なのですが···。乱入してきた勘違い男を成敗します!

櫻野くるみ
恋愛
「アメリア・ハワード、私は運命の女性と出会ってしまった。ここにいるセレンだ。君は副会長でありながら、セレンを嫉妬でいじめ抜いたそうだな。そんな女とは婚約破棄だ!!」 卒業パーティーで生徒会長のクロードの声が響き渡る。 でも私、アメリアは動揺したフリをするだけ。 だってこれは余興の劇で、お芝居なんだから。 私が自分の台詞を声に出しかけたその時、「ではアメリアは、俺が貰ってやろう!」 邪魔が入りました。 えっと、もしかして、お芝居だって気付いてないの?  ピンク髪の男爵令嬢まで現れ、どんどん劇の内容が変わっていく。 せっかくのお芝居を邪魔する、上から目線の勘違い男と、男爵令嬢は成敗します! アメリアに転生した理亜が断罪劇を提案し、邪魔されつつ、婚約者のクロードと幸せになるお話。 完結しました。 カクヨム様でも投稿を始めました。

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

クリスティーヌの華麗なる復讐[完]

風龍佳乃
恋愛
伯爵家に生まれたクリスティーヌは 代々ボーン家に現れる魔力が弱く その事が原因で次第に家族から相手に されなくなってしまった。 使用人達からも理不尽な扱いを受けるが 婚約者のビルウィルの笑顔に救われて 過ごしている。 ところが魔力のせいでビルウィルとの 婚約が白紙となってしまい、更には ビルウィルの新しい婚約者が 妹のティファニーだと知り 全てに失望するクリスティーヌだが 突然、強力な魔力を覚醒させた事で 虐げてきたボーン家の人々に復讐を誓う クリスティーヌの華麗なざまぁによって 見事な逆転人生を歩む事になるのだった

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

処理中です...