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2話・馬車、カムバック
しおりを挟む状況を整理いたしましょう。
まず、ここは王都郊外にあるネレイデット侯爵家の別邸。周りは深い森に囲まれており、付近に民家なし。行き来には馬車を使わねばなりません。
この屋敷はリオン様が週末を過ごすためだけに使われるのみ。
私が閉じ込められているのは屋敷の二階にある客室で、お手洗いやお風呂、続きの間に寝室もあり、生活には困らない空間と言えるでしょう。
ですが、ここに滞在するつもりは微塵もありません。結婚前の娘が、例え婚約者とはいえ殿方の屋敷にお泊まりなんてできるわけがないのです。
だって、早くリオン様と婚約を解消して、我がヴィルジーネ伯爵家に婿入りしてくれる殿方を見つけなくてはならないんですもの。ふしだらな娘だと噂が立ったら困ります!
「そうだわ! 馬車があるじゃないの」
固く閉ざされた廊下側の扉を諦め、窓辺に駆け寄ります。大きなガラス窓から下を見れば、別邸の玄関ポーチ前の広場に二頭引きの小さな馬車が停まっておりました。あれは今日私が乗ってきた、ヴィルジーネ伯爵家の馬車です。
前部分には馭者が、中には侍女のルウが待機しております。夕刻までに私が出てこなければ、彼らが様子を見に来るはず。
とはいえ、何時間も待つのも退屈ですし、今から窓を開けて助けを呼んでみますか。少々距離がありますけど、大きな声を出せば聞こえるでしょう。
……あらっ?
この部屋の窓、高い位置に鍵があるせいで手が届きませんわ。椅子の上に乗れば開けられるかしら。私の背がもう少し高ければ楽に届きましたのに。
客室の隅に置いてあった椅子を窓辺まで運び、靴を脱ぎ、ドレスの裾を摘みながら上がります。こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしいですけれど、今は非常事態ですからね。
椅子の上に乗って手を伸ばし、窓の鍵に触れる。その瞬間、窓の外で何やら動きがありました。
よく見れば、玄関から一人の青年が出て我が家の馬車へと歩み寄っています。
あれは、リオン様?
馭者と何やら話をしています。次いで馬車の中から侍女のルウが顔を出しました。彼女にも話をし、何かを手渡しているようです。
「まさか」
気付いた時には時すでに遅し。
我が家の馬車は、あろうことか私を乗せぬまま走り出してしまったのです。
「ば、馬車ーーーーーッ!!!」
窓はまだ開かず。
私の叫びは虚しく客室内に響くだけ。
門から出ていく馬車を茫然と見送っていると、玄関前の広場にいたリオン様がこちらを見上げておりました。バチっと視線が合い、思わずこちらから逸らします。
先ほどまでは割と楽観的に考えていましたけど、もしかして今の状況はかなりマズいのでは?
馬車がなければ家には帰れません。
帰るためには、リオン様に許可していただくしかありません。婚約解消は譲れませんし、そもそも話し合いに応じていただけるかも分からない状態です。
「どっ、どっ、どうしましょう……」
私は椅子の上に立ち尽くしたまま、顔を青くするしかできませんでした。
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