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最終章 幸せの選択

38話・ぜんぶ見せて *

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 かねてから計画していたお泊まりデートの日がやってきた。行き先は県内だが、やや距離があるため一泊となる。先にホテルにチェックインし、荷物を置いてから観光する予定だ。

「ホントは温泉旅館が良かったんすけどね」

 今は秋の行楽シーズン。旅行の話が出た頃には既に良さげな宿は予約が埋まっていたため、手頃なシティホテルに決めたのである。
 窓から風情のない駅前通りを見下ろす俺の背中に伊咲センパイが抱きついてきた。

「この部屋も結構広くて綺麗だよ。駅に近くて便利だし、良いホテルを見つけてくれてありがとう」

 それに、と彼は言葉を続ける。

「君と一緒ならどんな場所でも嬉しい」

 俺の恋人が今日も最高に可愛い。
 俺を喜ばせる才能有り過ぎだろ。

 荷物を置き、早速出掛けることにした。今回の目的地である博物館へと向かう。

「うわあ、すごい。綺麗!」

 展示されている日本刀を前に、伊咲センパイは目を輝かせた。ガラス越しに食い入るように見つめ、時折感嘆の息を漏らしている。
 解説パネルを見てみれば、昨年の大河ドラマで題材となった武将の物だという。歴史好きだと知ってはいたが、まさかここまでテンションが上がるほどとは思わなかった。

「詩音が書いた歴史小説がきっかけで戦国時代とか日本刀に興味を持ったんだよ」

 特別展示を見終わってから館内にある喫茶店で休憩している時に教えてくれた。
 伊咲センパイは大学の中庭でよく本を読んでいた。そういえばほとんど歴史小説だったなと思い出す。俺も詩音さんの著作を何冊か読んだが、戦国武将を題材とした本は特に面白かった。彼の仕事部屋に積まれている資料の山は伊達ではないのだ。

 博物館の後は史跡や土産屋を見て回り、ちょっと良い店で食事をしてからホテルに戻る。

「今日は僕の趣味に付き合わせちゃってごめんね。退屈しなかった?」
「全然! 楽しそうな伊咲センパイがたくさん見られて嬉しかったっす」
「……もう」

 素直な気持ちを口にすれば、伊咲センパイは照れたように頬を染めた。

「次は獅堂くんが行きたいところにしようね」

 今までの彼は少し未来さきの話をすることすら躊躇っていた。でも、最近は『俺といる未来』を当たり前のように話してくれる。毎日欠かさず好きだと伝えてきた甲斐があったというものだ。

 旅先の開放感からか、一緒にお風呂に入ることを許可してくれた。わあい嬉しい。俺や伊咲センパイんちでは狭くて無理だったけど、ホテルのバスタブは大きめサイズなので余裕で一緒に入れるのだ。

「たくさん歩いて疲れましたよね。足、痛くないっすか」
「大丈夫。君こそ疲れたでしょ。買ったもの全部持ってくれてたし」
「俺は全然平気っすよ」

 入浴剤で白く濁った湯に向かい合わせで浸かりながら笑い合う。
 旅行中、伊咲センパイはずっと上機嫌だ。楽しみにしていた特別展示が見られて余程嬉しかったのだろう。

「今日は僕が背中を流してあげる」

 いつものお返しとばかりに伊咲センパイが申し出てくれた。洗い場で椅子に座る俺の後ろに立ち、泡立てたタオルを使って背中を洗っていく。なんと髪も洗ってくれたので、俺は感激に打ち震えながら堪能した。

「あー気持ちいい。幸せ」
「喜んでもらえて良かった」

 俺の髪や体に残る泡をシャワーで流し、伊咲センパイは満足そうに笑った。

「獅堂くんは先に上がってて」
「なんで?」

 まず俺を洗ったのは先に上がらせるためだったのか。せっかく広いお風呂で一緒に入れるのだからもっと楽しみたいところだが、次の言葉を聞けば断念せざるを得なかった。

「ええと、その、……準備するから」

 真っ赤な顔で視線をそらす伊咲センパイに、つられて俺も赤くなる。なんかこう、改めて言われるとすごい破壊力だ。

 先に風呂から出て髪を乾かしながら、浮き足立つ気持ちを必死に我慢する。明日も観光する予定があるから無理はさせられない。
 軽く済ませようと考えていたのに。

「今夜は思いきり抱いてほしい」

 そんな風に誘われて断れるほど俺は出来た人間ではない。
 湯上がりで上気した伊咲センパイの頬を両手で挟んで上を向かせ、深く唇を重ねる。薄く開かれた隙間に舌を捩じ込み、口内を貪るように舐めまわした。なだれ込むようにベッドに押し倒し、バスローブの腰紐を解いて脱がせる。

「んんっ……」

 露わになった胸元に掌を這わせ、キスの雨を降らせていく。伊咲センパイの甘い喘ぎを聞いていると興奮する。

「獅堂くん、明かりを消して」

 部屋を暗くしてほしいと懇願されたが、俺は首を横に振った。

「暗くしたら見えなくなるじゃないですか」
「でも、恥ずかしい」

 伊咲センパイは脱がされたバスローブを自分の体を隠すように抱え込んでいる。

 今まで明るい時間帯にセックスしたことはない。部屋の明かりは毎回消し、ナイトテーブルに置かれた小さなランプだけの薄暗い状態だった。だから、煌々と照らされた室内で行為に及ぶのは初めてとなる。

「思いきり抱いていいんでしょ?」
「う、うん」
「だったら、ぜんぶ見せて」

 俺の言葉に、伊咲センパイは固まった。真っ赤な顔を更に赤くして、困ったように眉を寄せている。自分から言い出した手前、俺の要求を突っ撥ねられなかったのだろう。

「……、……わかった」

 しばらく悩んだ後、渋々ながら了承してくれた。掴んでいたバスローブからそっと手を離す。

 邪魔なものを取り払うと、ベッドの上に横たわる伊咲センパイの体がよく見えた。思わず生唾を飲み込む。ヤバいくらいに興奮している自分に気付き、俺は迅る気持ちを必死に抑え込んだ。
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