上 下
31 / 41
第5章 過去との対峙

31話・対峙

しおりを挟む

 盗撮犯の男を捕まえ、二度と伊咲センパイの写真や情報を田賀に送るなと約束させたが、これで解決とはならない。

 田賀は二、三日おきの報告を義務付けており、急に連絡が途絶えれば怪しむ。おそらく盗撮犯に接触をはかるだろう。盗撮犯には『スマホが壊れて連絡先が消えた』とでも言い訳しろと指示してある。田賀から何か言われたら教えろ、とも。

 直接会ったのは一度だけだが、田賀の性格はなんとなく想像がつく。自分に絶対の自信があり、他者を従えることに抵抗がない傲岸不遜な男。

 だからこそ、奴の目的がわからない。

 伊咲センパイを監視する理由はなんなのか。一方的に別れを告げ、不名誉な噂を流して伊咲センパイを孤立させておいて、まだなにかするつもりなのか。




 対決の日はあっさり訪れた。

 休みの日に伊咲センパイのアパートに行くと、部屋の前に田賀が立っていたのだ。

 盗撮犯からの定期報告が途絶えればなにかアクションを起こすだろうと予想はしていたが、まさかいきなり伊咲センパイのアパートに来るとは思わなかった。

 田賀は既に何度かインターホンを押していたようだが、伊咲センパイが鍵を開けるはずがない。なぜなら、彼は田賀を恐れているのだから。おそらく、今はドアの向こうで動けずに固まっているのだろう。

「たしか、田賀先輩……でしたよね。この部屋になにか用っすか?」

 声をかけると、田賀が振り返った。
 休日だからか私服姿だ。高そうなジャケットがよく似合っている。背の高さは俺と同じくらいか。

「君こそ、ここになんの用かな」
「俺は伊咲センパイに呼ばれて来てるんすよ」

 手にしたスーパーの買い物袋を掲げてみせると、田賀は小馬鹿にするように鼻を鳴らしてわらった。

「ちょうどいい。俺も田賀先輩に用があったんで場所を変えません?」

 俺が指で示した先には小さな公園がある。ろくな遊具がないから肌寒い季節になってからは子どもすら遊びに来ないような閑散とした場所だ。田賀は少し逡巡してから了承した。

 部屋の前に買い物袋を置き、田賀を引き連れて公園に向かいながら伊咲センパイにメールを送る。

『田賀と話をしてきます。買い物袋の中身を冷蔵庫に入れといて。今日は俺特製のロールキャベツの予定です』

 すぐに返信が来たが、確認する前に公園に到着してしまった。田賀を放置するわけにもいかず、スマホをズボンのポケットに仕舞い込む。

 田賀は植え込みを仕切る柵に背を預け、少し離れた位置に立つ俺に視線を向けた。

「話っていうのは何かな『後輩くん』?」

 盗撮犯からの定期連絡に添付された写真には、今年の四月半ばあたりから伊咲センパイだけでなく俺の姿も度々写りこんでいた。だからこそ先日会った時に嫌な顔をされた。田賀にとって、俺はこの上なく邪魔な存在のはずだ。

「別に仲良く話がしたいわけじゃないんすけどね。元彼ヅラして伊咲センパイに付きまとうのをやめてもらいたくて」

 真っ向から喧嘩を売ると、田賀は眉間にしわを寄せて不快感を露わにした。

「オレが伊咲に付きまとう? 馬鹿なことを。今日はたまたま近くまで来たから顔を見に寄っただけだ。先輩としてな」
「たまたま、ねぇ」

 やはりコイツはプライドが高い。伊咲センパイに執着している自分を周りに悟られないよう取り繕っている。

「自分がした仕打ちを忘れたのか? 伊咲センパイは迷惑してるんすよ。アンタの顔なんか見たくもないんだ」

 淡々と説くと、田賀は目を丸くした。意外なことを言われた、みたいな表情だ。

「伊咲がそう言ったのか」
「言わなくてもわかる。アンタの顔を見ただけで真っ青になって、受け応えすらできなくなった。アンタの存在自体がトラウマみたいなもんなんだよ!」

 終始冷静に話そうと心掛けていたのに、最後の最後で感情が抑えきれなくなってしまった。

 俺の言葉にさぞショックを受けていることだろうと思いきや、なぜか田賀は笑っていた。今までの爽やかな仮面は剥がれ落ち、顔を歪めて笑っている。だが、これが田賀の本性なのだとわかった。

「くく、そうか。伊咲は今でもオレをそんなに想ってくれているんだな」
「ふざけるな、伊咲センパイはアンタのことなんか好きじゃねえ!」

 聞き捨てならない発言に思わず反論する。過去に誰と交際していようと今の恋人は俺で、伊咲センパイの愛情は俺だけのものだ。それだけは譲れない。

「オレは伊咲が可愛くて仕方がないんだよ」

 田賀は俺を無視して語り始めた。

「でも、オレが一番好きなのは笑った顔じゃない。悲しくて苦しくて泣きそうになった時の伊咲の顔。アレが一番好きなんだよ」

 理解が追いつかず、俺は田賀の独白を聞くことしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。

Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。 そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。 二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。 自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

かわりに王妃になってくれる優しい妹を育てた戦略家の姉

菜っぱ
恋愛
貴族学校卒業の日に第一王子から婚約破棄を言い渡されたエンブレンは、何も言わずに会場を去った。 気品高い貴族の娘であるエンブレンが、なんの文句も言わずに去っていく姿はあまりにも清々しく、その姿に違和感を覚える第一王子だが、早く愛する人と婚姻を結ぼうと急いで王が婚姻時に使う契約の間へ向かう。 姉から婚約者の座を奪った妹のアンジュッテは、嫌な予感を覚えるが……。 全てが計画通り。賢い姉による、生贄仕立て上げ逃亡劇。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ
BL
【女神の愛の呪い】  この世界の根源となる物語の悪役を割り当てられたエドワードに、女神が与えた独自スキル。  鍛錬を怠らなければ人類最強になれる剣術・魔法の才、運命を改変するにあたって優位になりそうな前世の記憶を思い出すことができる能力が、生まれながらに備わっている。(ただし前世の記憶をどこまで思い出せるかは、女神の判断による)  しかし、どれほど強くなっても、どれだけ前世の記憶を駆使しても、アストルディア・セネバを倒すことはできない。  性別・種族を問わず孕ませられるが故に、獣人が人間から忌み嫌われている世界。  獣人国セネーバとの国境に位置する辺境伯領嫡男エドワードは、八歳のある日、自分が生きる世界が近親相姦好き暗黒腐女子の前世妹が書いたBL小説の世界だと思い出す。  このままでは自分は戦争に敗れて[回避したい未来その①]性奴隷化後に闇堕ち[回避したい未来その②]、実子の主人公(受け)に性的虐待を加えて暗殺者として育てた末[回避したい未来その③]、かつての友でもある獣人王アストルディア(攻)に殺される[回避したい未来その④]虐待悪役親父と化してしまう……!  悲惨な未来を回避しようと、なぜか備わっている【女神の愛の呪い】スキルを駆使して戦争回避のために奔走した結果、受けが生まれる前に原作攻め様の番になる話。 ※悪役転生 男性妊娠 獣人 幼少期からの領政チートが書きたくて始めた話 ※近親相姦は原作のみで本編には回避要素としてしか出てきません(ブラコンはいる) 

私知らないから!

mery
恋愛
いきなり子爵令嬢に殿下と婚約を解消するように詰め寄られる。 いやいや、私の権限では決められませんし、直接殿下に言って下さい。 あ、殿下のドス黒いオーラが見える…。 私、しーらないっ!!!

処理中です...