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第1章 運命

3話・伊咲センパイの噂

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 最悪のファーストコンタクトの後、開き直った俺は毎日のように中庭に足を運んだ。タイミングによっては会えない日もあったけど、伊咲センパイは大抵同じベンチにいてぼんやりしてるか本を読んでいる。

「うわ。また来た」
「人をオバケみたいに」
「オバケのほうがマシだよ」

 何度か会ううちに、こんな風に軽口を言い合うようになれた。

「獅堂くん暇なの? 講義は?」
「次は四限なんで後一時間くらい空いてます」
「そう。僕はそろそろ行くけど」
「嘘! いま会ったばっかなのに?」
「僕には僕の都合があるんだよ」

 相変わらず素っ気ない態度だけど、予定がない時は逃げずに話し相手をしてくれる。優しい人なのだ、伊咲センパイは。

「はあ、今日も好き。付き合いたい」
「また君はそういうことを……」

 雑談には応じてくれるが、交際云々の話になると毎回眉間にしわを寄せて不機嫌になる。でも、俺は気持ちを伝えるのをやめなかった。好きだな~と思ったら勝手に口から出ちまうし、言わなきゃ届かないから。

「じゃあね」
「ハイッ、また明日!」

 中庭の片隅で伊咲センパイと過ごすほんの僅かな時間が最近の俺の心の糧だ。






「また中庭に通ってたのか獅堂」
「おう」

 昼休み、食堂で昼メシを食いながら千代田は呆れ顔で俺を見た。

「もう半年くらい経たねえ? よく飽きないな」
「飽きるわけないだろ、毎日楽しいよ」
「そういうもんかねぇ……」

 伊咲センパイの話題になると千代田の表情が暗くなる。仲の良い俺が伊咲センパイに取られたみたいで寂しいんだろうか。いや、こいつはそんな可愛い性格じゃないわ。

「なんだよ、文句あんのか」
「べつに。ただ……」

 やはり、なぜか歯切れが悪い。

「今日はもう講義ないだろ。メシ食ったら場所変えようぜ」

 千代田からの提案に疑問を感じつつ頷く。
 食堂ここで言えば済むのに、わざわざ別の場所に移るなんて意味がわからない。周りに聞かせられないような話をするつもりだろうか。

 食後、千代田の後について空き教室に入ると、言いにくそうに口を開いた。

「実は扇原おうはら先輩には妙な噂があってな、ゼミの先輩から聞いちまったんだよ」

 千代田が教えてくれた噂は『扇原伊咲は男好きのビッチ』『男を取っ替え引っ替えして遊んでいる』という不愉快極まりない内容だった。

「三年では知らない人はいないくらい広まってる話らしい」
「なんだそれ。初耳なんだけど」
「学部と学年が違うからな。接点がないから噂も流れてこないんだよ」

 悪い噂を聞いて、初めて合点がいった。
 伊咲センパイが講義を受ける以外の時間を中庭で過ごしている理由。いつ会いに行っても彼は一人ぼっちだった。誰かと一緒にいるところは見たことがない。あれは、好奇の視線から逃れるためだったのか。

「なんでそんな話を俺に教えた」
「まさか獅堂がここまで扇原先輩にのめり込むとは思ってなかったんだよ。脈がないならサッサと次に行きゃいいのに、ぜんぜん諦める気配ねえし」

 以前の俺は誰かにここまで執着しなかった。女の子と付き合っても長続きしないし、別れる時も相手に未練すらなかった。情が薄いのかと自分を疑ったこともある。

 それなのに、伊咲センパイに対しては違う。毎日のようにしつこく言い寄ってはウザがられている自覚はある。でも、伊咲センパイは決して俺を拒絶しない。いつも軽くかわすだけ。そんな彼が噂通りのビッチだなんて信じられない。信じたくない。

「そもそも、噂がホントなら半年間も俺が振られ続けるわけないだろが」
「よっぽど獅堂が好みじゃないとか?」
「やめろ傷付く」

 千代田くん、チクチク言葉はやめよっか。
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