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36話・決意の瞬間

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 ストーカー野郎は、ミノリちゃん絡みのこと以外はまともな奴なんだと思う。インターハイ上位入賞なんてそうそう出来るもんじゃない。

 俺は学生時代、ずーっと帰宅部だった。屋内競技や文化部なら問題ないのに挑戦しなかった。勉強も最低限。何をやっても無駄だと思って諦めていた。昔からそうだ。二十歳の今、無職で親のスネかじりの俺には誇れるものが何もない。ミノリちゃんの逃げ場である俺んちだって親父の稼ぎで維持している。俺はただ家にいるだけ。

 前途ある須崎と何もない俺。
 どちらが彼女に相応しいか。
 そんなの比べるまでもない。

 須崎が本心から悔い改めて、ミノリちゃんの意思を尊重するなら全然有りだと思う。いや、別に須崎じゃなくてもいい。例えば、ショウゴみたいに定職に就いてる奴とか。
 そういえば、前にショウゴはミノリちゃんに誘いのメール出してたな。倒れた俺を送る時に久々に顔を合わせたみたいだし、また再燃してたらどうしよう。

「……嫌だな」

 嫌だ。嫌だ。
 何が嫌って、そんな資格も権利もないのに彼女の隣に立ちたがる自分が嫌だ。何の努力もしてない癖に自分より優れた奴に嫉妬ばかりする自分が一番嫌だ。





 ふと、さっきルミちゃんから手渡されたお見舞いの紙袋が目に入った。

 ミノリちゃんといい、ルミちゃんといい、本当に礼儀正しい。きっとしっかりした親御さんに育てられたんだろう。そんな大事な娘にこんな金髪ヤンキーが近付いたなんて知ったら驚くよな。

 紙袋の中身は箱入りの水羊羹だった。夏だもんね。渋いけど日持ちもする良いチョイス。先日ミノリちゃんから貰ったゼリーと一緒に冷蔵庫で冷やしておこう。

 箱を取り出す際に、何かが落ちた。
 小さな封筒だ。なんだろうと思って開けてみると、メッセージカードが入っていた。

「……はは、策士だなぁ」

 そこには須崎がミノリちゃんちに挨拶に行く日時が書かれていた。日付は八月最後の日曜日。今はお盆が終わったばかりだから、あと二週間ほど先の話だ。ミノリちゃんの両親は共働きだと聞いている。直近で予定が合うのがこの日しかなかったんだろう。

 踏み出せずにグズグズしていた俺の背中を、ルミちゃんが押してくれた。

「……やってみるか」

 変わりたい。
 変わらなきゃ。

 安全な場所から出るのは怖い。
 行動した結果、失敗するのが怖い。
 でも、今の俺には失うものは何もない。
 やれるだけのことをして後悔しないように。
 前向きに考えられたのは初めてかもしれない。

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