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35話・腐れ縁 1

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「ウチのモンが騒がして悪ィな毛利もうり。後始末は頼むぜ」
「構わん。なんの手掛かりもなかった連続殺人犯の身柄を確保できたんだ。多少の無理は通すさ」

 いつの間にか嘉島の隣にはスーツ姿の男が立っていた。毛利と呼ばれた目付きの鋭い男は現場を俯瞰するように見下ろしている。

 たまたま居合わせた目撃者たちが通報するより早く警察はこの事態を把握していた。知り合いの刑事である毛利に嘉島が一報を入れていたからだ。彼はパトカーより早く到着し、一部始終を見守っていた。万が一の場合は無理やり介入するつもりだった。

「死亡した女性たちの事故には不審な点が多々あった。異能使いが犯人ならもありなんと言ったところか。理解したくないが腑には落ちる」
「遠隔で動かせるならアリバイは関係なくなるしな」
「まったく、幾ら捜査しても犯人が見つからんワケだ」

 先ほどの戦いで見せた朽尾の異能。使い魔を操り、離れた場所にいる相手を攻撃してみせた。余裕があればもっと複雑な命令も可能となるのだろう。使い魔を利用すれば事故死に見せかけるなど造作もない。犯行手段の立証は難しいが、朽尾を逮捕するために書類上で辻褄を合わせるようだ。

「で、朽尾文悟に立ち向かっていた二人がオマエの部下か。なかなか根性がある若者じゃないか」
「ちょっとした縁で可愛がってんだ。いーだろ」

 自慢げな嘉島の態度に、毛利は呆れたように肩をすくめた。前々から話だけは聞いていた。今回初めて二人を見て、思いのほか若いことに驚く。嘉島の下にいる割にはスレてなさそうなところを意外に思ったりもした。

「で、最後に助け舟を出していた怪しげなヤツはどこのどいつだ。聞いてないぞ」
「そっちは教える義理はねえな。殺人事件の犯人を見つけてやったんだ。それで満足しておきな」
「……今回のところは良しとしておく」

 毛利はスーツのポケットから携帯灰皿を取り出し、嘉島がポイ捨てした吸い殻を拾って入れた。ついでに今吸っているタバコも奪い、問答無用で携帯灰皿へと突っ込む。

「駅周辺は路上喫煙禁止区域だ」
「相変わらずの堅物だな」
「条例違反の現行犯に口頭注意だけで済ませてやってるんだ。十分甘いさ」
「違いねェ」

 嘉島は片眉を上げて笑いながら、頼りになる友人とのやり取りを楽しんでいた。







 毛利もうり武親たけちかは正義感の塊のような男である。故に、実家がヤクザで素行の悪い嘉島かしま真二郎しんじろうとは同じ高校に通いながらも接点がなく、言葉を交わすこともなかった。

「嘉島、今日は手荷物検査だ」
「マジで? やべ。タバコどうすっかなあ」
「そんなにヤニ臭かったら吸っていると馬鹿でも気付く。検査の時だけやり過ごしたところで意味はない」
「えっ、オレそんなにくさい?」
「ひどいにおいだ。健康にも悪い。これを機にスッパリ禁煙しろ」
「オマエはオレの母ちゃんかよ」

 不干渉が崩れたきっかけは些細な出来事。意外とノリが合う奴だと判明してからは時々話す仲になった。

 意外にも、嘉島は毎日きちんと登校して授業もサボらず受けている。出席率は良いが真面目とは言い難い上に成績もイマイチだったため、教師陣からは嫌われていた。他の生徒は自分がやった悪事が発覚しそうになると口を揃えて「嘉島がやった」と嘘の証言をし、教師も疑うことなく信じた。アイツならやりかねないという偏見があるからだ。そして、身に覚えのない罪で注意されても肝心の嘉島が否定せず受け流しており、毛利は常々歯痒く思っていた。

 違和感は進路希望を提出する時期に決定的となる。

「毛利、付き合う友人は選べ。ヤクザ者と繋がりがあると知れたら将来に傷が付くぞ」

 進路指導の担当教諭から忠告された毛利は、何故だか無性に腹立たしい気持ちになった。

 毛利自身は実直かつ清廉潔白な人間で、警察官になると幼い頃から決めていた。蔓延る悪を根絶し、弱き者を守り、導く存在になりたい、と。

 しかし、現実は理想とは程遠い。
 大人は上辺や肩書きしか見ず、教師ですら生徒を選り好みして態度を変える。嘉島は学校で悪さをしたことはない。生まれ育った家がたまたまヤクザだったというだけ。警察官になれば、嘉島を差別した教師たちや嘉島に罪をなすりつけた生徒たちみたいな人間を守らねばならないのだ。毛利は消化しきれない気持ちでいっぱいだった。

「嘉島、いま帰りか。駅まで一緒に行こう」

 帰り際に下駄箱前で嘉島を見掛け、毛利から声を掛けた。だが、嘉島は曖昧な表情で笑みをこぼすだけ。靴を履き替え、一緒に歩きながら、嘉島はようやく口を開いた。

「オマエ、もうオレと話さないほうがいいよ」
「どういう意味だ」
「言われただろ? 先公に」
「俺がいつ誰と話そうが、誰にも文句を言う権利はない」

 ムキになって言い返せば、嘉島は肩をすくめて足を止めた。毛利は数秒遅れて立ち止まり、振り返る。
 日が沈みかけた時間帯。校舎に遮られた夕焼けが校庭のあちらこちらを赤く染めていた。薄暗いせいで、毛利からは嘉島の表情はよく見えない。

「オマエは警察官になるんだろ? だったら、裏稼業の人間なんかとつるんじゃ駄目だ」
「嘉島はヤクザじゃないだろ?」
「まだ、な。なにも後ろめたいことがなくても、世間様はそうは見ねえ。オマエにとっては『百害あって一利なし』だ」

 ふと、毛利は自分が今立っている場所が校門から一歩出たところだと気が付いた。嘉島はまだ学校の敷地内にいる。

「学生のうちはまだいい。たまたま同じ学年の同じクラスになっただけ。でも、学校の外はだめだ。外では一切関わっちゃいけない」
「連絡先を教えてくれない理由は、それか」

 話すようになって以来、毛利は何度か連絡先の交換を申し出たが毎回断られていた。
 もしかしたら教師が嘉島に対して注意したのかもしれない、と毛利は疑っていた。今のやり取りを聞いた限りでは、おそらく他者と一定以上関わろうとしなかったのは嘉島の意志で、教師は嘉島から頼まれて毛利に忠告したのではないかと思い至った。

「卒業したら家業を継ぐのか」
「ちょっと考え中」

 苦笑いで返しつつ、嘉島は言葉を続ける。

「ヤクザって社会不適合者の最終受け入れ先みたいなトコあんだよな。無くせば良いって話でもないし、そもそもタテにもヨコにも繋がりがあって色々難しーんだわ」
「……」
「どのみち、オレひとりでどうこう出来る話じゃないしな」

 いつもは飄々とした嘉島が、だんだんと肩を落として背中を丸めていく。上向きだった顔が俯いて地面だけを見つめる前に、毛利は一歩進み出て彼の腕を掴んだ。





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