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聖女就職編

プロローグ 聖女、魔族の地へ飛ばされる

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「嗚呼、私の人生、ここで終わっちゃうんだわ」

 目の前には大きな口を開いて巨大な舌を左右に動かす魔物モンスター――トロール。巨大な棍棒を掲げ、まさに私を食べようとしている。

「どうしてこうなっちゃったんだろう?」

 ついさっき、生きる目的を失った私は、着崩れた黒を基調とした聖女のローブをそのままにぺたんと紫色の大地に座り込んでいる。このままトロールの棍棒に押し潰されてもいい。

 だって……。

 生きている意味なんてもうないんだから――――


******

「あんたはここでクビ、きゃはっ、あんたはイザナに捨てられたのよ?」

 八重歯を見せて嗤う悪女は胸を強調させた黒ビキニのようなローブを纏い、勇者様――イザナ様へ胸を押しつける。

「キャシー、こんな外で引っつかないでくれよ。ルーシア、まぁそう言う事だ。今までよく頑張ってくれたな」

 銀色に輝くオリハルコンの鎧と長剣を携えた黒髪の青年が私達の勇者。なのに……。

 どうしてそんな目で私を見るの? ――――

 キャシーに胸を押しつけられた勇者様は鼻の下を伸ばし、私を細い目で……用済みと言わんばかりに見ていた。

「勇者様。このパーティの回復役は私の務め。私はこれからも勇者様のお役に……」
「だからっ、あんたはもう用済みだって言ってるの!」

「きゃあ!」

 キャシーが持っていた杖の先端から巨大な火球を放ち、私は豪火に包まれ吹き飛ばされてしまう。

「ねぇ、さっさと回復すれば? この程度の火球で死ぬ聖女様じゃないでしょ? てかさ、そのか弱い女アピール止めてくれる? 虫唾が走るのよ!」
「わ、私はそんな……」

 焼け焦げた聖衣の隙間から桃色の布地レースが見えてしまい、私は咄嗟に胸を隠す。

「そうやって君はいつも隠していたね。聖女が穢れる瞬間を見たかったんだけどな」
「え?」

 いつもの優しい表情の勇者様はそこには居なかった。伝説の剣と呼ばれた長剣を私に突きつけ、彼は私に告げる。黒い聖衣のフードを捲り、勇者様は私の肩まで伸びる黒髪をそっと撫でる。

「あの日あの村で、魔物に襲われていた君を助けた理由、分かるかい?」
「え? それは勇者様は世界を救う旅をしていて……」

 その言葉を聞いた彼は高らかに嗤い始める。横に居たキャシーと背後に居たお淑やかな商人のユフィ、戦士のグエルまでもがクスクスと笑っている。

「あはははははっ! 俺がそんなお人好しに見えるかい? 君が聖女だからだよ? その包容力がある胸とお尻も魅力的だったからね。でも君は真面目過ぎた。聖女が穢れる姿・・・・を想像して何度生唾を呑んだ事か!」
「もう、いいでしょう、純朴なこの子に何を言っても無駄よ? イザナには……私が居るわ」

 私の中で何かが崩れる音がした。憧れていた勇者様と女が唇と唇を重ねている。卑猥な音のみが辺りに響く。その様子を誰も止める事はない。私は全てを悟った。

 『そっか。私……邪魔なのね』と、心の中で呟く。

「嗚呼、心配しなくてもいいよ。ユフィが優秀だからね。彼女の伝手を使えば高回復薬エリクサーも安く手に入る。ま、伝説の剣を持った俺に回復は必要ないけどね」
「ルーシアさん、後はわたしに任せて下さい」
「まぁ、そういう事だ」

 ユフィとグエルまで私に解雇通告を突きつける。私は放心状態だった。

「さ、ここでさよならね。私のとっておきで送ってあげるわ! 上級闇属性魔法――転移黒葬ワープフューネラル!」

 突如私の足元へ紫色に光る魔法陣が出現し、漆黒の光に包まれた私の意識はここで途絶えた。




 そして、冒頭のシーンへと戻る。
 気づけば紫色の大地。恐らく遠くの地へ転移させられたのだとすぐに理解した。

 大地を揺るがす振動と共に、数体の巨大な体躯の魔物が闊歩していた。小さき獲物を見つけ、舌なめずりをする。それは棍棒を持ったトロールだ。生きる意味を失っていた私はただただ茫然と巨躯を見上げていた。その時だった――――


「た、たすけてください。小生は食べるとカルシウムは豊富に取れても、まったくおいしくないですよぉーー」

 私に襲い掛かるトロールとは別のトロールが、骨だけの魔物を狙っていた。言葉を喋る・・・・・骨だけの魔物が、トロールヘ向かって命乞いをしている。

 あれはスケルトン? 魔物にはランクがある。スケルトンは最下級であるEランクの魔物だ。トロールはCランク+。実力差は目に視えている。

 気づくと身体が勝手に動いていた。私がスケルトンを押し出した事で、眼前のトロールが振り下ろした棍棒は大地を抉る。そのままスケルトンの前へ駆け出す私。私の信念がそうさせたのだ。


『ルーシア。困っている人が居たなら、助けてあげなさい』
 それは、私が育った教会の聖母様の言葉だった。それは人でも魔物でも同じ。私はスケルトンを潰そうとするトロールの前で両手を広げる。


「弱い者虐めは……やめなさーーい!」


「グォオオオオオオ!」


 トロールが獲物を蹂躙しようと腕を振り上げるとほぼ同時。
 刹那トロールへ向け、私の全身から光が発せられる。スキルの中でも上位となる、聖属性のユニークスキル――〝聖女の閃光ディーヴァレイ〟だ。だけど、見た目の派手さに反し、この光は攻撃技ではない。その証拠に周囲を覆う光が晴れた時、無傷・・のトロール達は首を傾げ、呆けたまましばらく佇んでいた。

「ほへほへ? あ、あなた様は?」
「スケルトンさん、もう大丈夫ですよ?」

 スケルトンも何が起きたのか分からず首を傾げる。やがてトロールは……棍棒を投げ捨て、子猫のように手足をペロペロさせ、ごろごろ・・・・し始める!

「さ、今のうちに逃げるわよ?」
「ほ、ほへぇー!」

 スケルトンの骨だけの手を掴み、その場を逃走する私。聖女としての私は、様々な魔法が使える。さっきの魔法は、慈愛の心で敵を包み込み、一定時間戦意を喪失させ、子猫のようにごろごろさせる魔法だ。何度もかけると洗脳のように対象を手懐ける事も可能。もちろん私はそんなズルい事しませんけどね!

 骨と一緒に荒野を駆ける様はさぞ滑稽に見えただろう。トロールを巻いた私とスケルトンは肩で息を……あ、スケルトンって息してるんだっけ?

「小生、この御恩は一生忘れません。あ、一度一生は終えてるんですが」
「貴方が無事でよかった。私、ルーシア・プロミネンスって言います。あなたは悪いスケルトンさんに見えないですね?」

「小生はブラックと申します。白い骨のブラックと覚えて下さい。魔王城での仕事が嫌で抜け出したところ、追手のトロールに捕まりそうになっていた所、ルーシア殿に救われた次第です」
「ブラックさんね。よろしくお願いします。へぇー魔王城で働いているのね……え? 魔王城?」

 とんでもないキーワードが飛び出し、白い骨でブラックかよというツッコミが吹き飛んでしまった。


 魔王城って……ここってもしかして?




「魔王城から抜け出すなんて、いい度胸してるわね、ブラック!」

 私とブラックが背後から聞こえた声に思わず振り返る。
 そこには悪魔を彷彿とさせる二本の角と尻尾を携えた、シルバーブロンド髪の美少女が立っていた。

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