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第三幕(最終章)真実追究編

56 わたしの名前は

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(ヴァイオレッタ様ぁ~~~それ以上はぁあああ~~~らめですぅううう)

『おーい、起きろーー?』
「ヴァイオレッタ様ぁあああああ」

 真っ白な天井。ふかふかのベッド。嗚呼、このままこのお布団の中でもう暫く眠っていたい……って、あれ? ここはどこ? 

「わたしは誰?」
「あんたはモブメイド。モブメイドのモブちゃん」

 わたしを見つめる桃色ツインテールが揺れる。41番目のモブメイド、ピーチちゃん。そっか、ピーチちゃんは88番目のモブメイドごときのわたしが可哀想だからって、モブちゃんって呼んでくれてるんだったっけ?

 なんとなく無意識に全身鏡の前に立ち、わたしの姿を確認する。特徴のない黒髪、真ん丸な瞳。メイド服に身を包んだわたしは正真正銘、88番目のモブメイドだ。

「いやぁ~~今日も素敵で美人なヴァイオレッタ様ぁああああ~~って、あれ?」
「いやいやあなたはモブちゃんでしょうが?」

「そうだねぇ~~わたしはモブであってメイドのモブメイドよね?」
「何、指くわえて自分の顔見てんのよ、そんなにあんたナルシストだったっけ?」

 言われてみればそうだ。毎朝こうやって全身鏡を見る習慣なんてなかった筈だ。でも、何故か、脳裏の奥に、全身鏡に映ったヴァイオレッタ様の姿を毎朝眺めてうっとりしていた記憶が残っている気がする。おかしいな? 長い夢でも見ていたのだろうか?

「そういえば、モブちゃんのこと、クラウン王子が呼んでいたわよ?」
「え? えぇえええええ!? クラウン王子がぁああああ!?」

 先日ヴァイオレッタ様とクラウン王子の〝婚姻の儀〟が終わったばかり。そんな日々愛を育んでいるような大事な時期にぃいいい、クラウン王子がわたしを呼んでいるですってぇえええええ!? 

 落ち着け、落ち着け……モブメイド。きっと、年末の大掃除でもやって欲しいとか言う用事に違いない。クラウン王子の部屋の前でニ、三回深呼吸したあと、意を決してノックするわたし。王子の呼ぶ声に促されるまま中へ入ると、ソファーに座っていた王子がゆっくり立ち上がり、わたしを出迎えてくれた。

「あの……クラウン様。何か御用でしょうか?」
「何か御用じゃあないだろう、俺とお前の仲じゃないか?」
「え? えぇえええええ?」

 王子がわたしの腕を掴み、そのままソファーへと押し倒す。いやいや、王子様はヴァイオレッタ様と婚姻の儀を終えたばかり。そんな王子の整った顔が眼前にぃいいい。

「お前には感謝している。俺とヴァイオレッタを此処まで導いてくれた。俺はヴァイオレッタと婚姻を結んだが、俺にとってお前も特別だ」
「な、なんの話ですか?」
「これで、思い出すといい」

 王子の柔らかいところがわたしの柔らかいところに触れる。へ? へ? これって……もしかして……キ、キス……? 

 ――ヴァ、ヴァイオレッタ様ぁああああああ、わたし、こんなの、こんなのぉおおお、知ら……あれ? 知ってる?

 王子の温もり。優しさ。一緒に触れ合った日々。陰謀に立ち向かい、そして、聖女として力を受け継ぎ、悪魔を浄化したあの日……。わたしの脳裏に、わたしの記憶が流れ込んで来て……。

「クラウン王子、待って。待ってください!」

 王子の身体を引き剥がし、呼吸を整え立ち上がるわたし。これは夢なのか、現実なのか……それを確かめるため、わたしは一度瞼を閉じ、ゆっくりと開く。蒼き瞳の力を開放した瞬間、わたしの黒髪は銀髪へと変化していった。どうやらこれは、夢ではないらしいです、はい。

「よかった。その様子だと、思い出したのね」
「ヴァ、ヴァイオレッタ様ぁああああ、ちょっ、その格好ぉおおお、は、破廉恥ですぅうううう!」

 白いシルク寝巻きローブに身を包んだヴァイオレッタ様が王子の寝室が出て来た。いつものワインレッドのドレスも挑戦的ですが、その胸元がチラ見しているローブで登場するのは反則ですから! 

「ショック療法というやつだな。ちなみに今の口づけはヴァイオレッタから言われて行ったものだ。浮気とやらではないから心配は無用だ」
「いや……えっと、その……なんか、ありがとうございます」

 顔を真っ赤にした状態で恭しく一礼するわたし。一体、どうなっているのか? ヴァイオレッタ様が説明してくれた。

 どうやら悪魔との戦いの記憶を維持している者は、クラウン王子とヴァイオレッタ様の二人だけらしい。この世界はあの時の世界線の延長戦上。ただし、悪魔が介入した事象全てが無かったこと・・・・・・になっており、皆の記憶、歴史は改変されているようだ。

 クイーンズヴァレーはミュゼファイン王国とも良好な関係を築いており、マーガレット王女も欲望に呑まれる事なく、純真な姿で社交界へやって来たらしい。あの泥棒猫の様子を思い出すとあまり想像は出来ないけれど。

「あの……じゃあ、ミランダは……ミランダはどうなったんですか?」
「ええ。彼女はアイゼン王子と近々婚約発表するんじゃあないかしら?」

 そっかぁ、あのとき、アイゼン王子とミランダは愛を育んでいたものね……って。

「待って、アイゼン王子と仲良かったのって、ミランダ伯爵令嬢の中へ入っていたヴァイオレッタ様ですよね? それにミランダの魂はあのとき消滅した筈」
「ええ。悪魔と契約したミランダ令嬢の魂はあのとき、浄化した。この世界線に居るミランダ伯爵令嬢は全くの別人。この世界のミランダは、誰に虐げられる事もなく、幸せそうにしているわ」

 愛と優しさを望んだ彼女が求めた世界。彼女の魂も、本当は此処へ連れて来たかったけれど、それはもう叶わないのだ。

「あのとき、わたしは彼女の魂を救う事が出来なかった」
「いいえ、あのときあなたが彼女の魂を浄化したからこそ、この世界に幸せな彼女が存在しているのだと思うわよ」

 ヴァイオレッタ様がわたしへと近づき、わたしは導かれるがまま、主の胸に抱かれる。わたしの頭をそっと撫でるヴァイオレッタ様の手が温かい。嗚呼、わたしが知っているヴァイオレッタ様が目の前に居る。今までの辛かった日々が洗い流されるかのようだ。

「それからもう一つ、大事な事があるわ。あなたはもう、モブメイドちゃんであって、モブメイドちゃんじゃないの」
「え? ヴァイオレッタ様、それって?」
 
 わたしの顔を胸からそっと離し、両肩へ手をそっと置いたヴァイオレッタ様は、わたしが想いもしていなかった言葉を口にした。

「プリムラ。プリムラ・ホワイト・ミネルバ。それが、あなたの名前よ」
「プリムラ? ……プリムラ!」

 ずっと……ずっと忘れていたわたしの名前。それは、女神ミューズ様との契約の代償ではなく、悪魔の呪いによって封印されていた名前。
 わたしがカインズベリー侯爵家で育てていた花。大好きな花の名前。そうか……あれはわたしの名前だったのか。

「ヴァイオレッタ様……わたし、わたし!」
「ええ。プリムラ。これからもよろしくね」

 わたしの瞳から止めどなく零れ落ちる涙。この日、わたしはわたしの全てを取り戻したのだった――
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