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第7話  忍者、戦闘準備を整える

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 王都は騒然としつつも人々の避難は着々と進んでいた。
 城へ到着すると、ここもまた大騒ぎの最中であった。

 兵士も従者も入り乱れ、対応に追われている。
 斬九郎はある人物を探して城中を奔走。しばらく探し回って、ようやく、一際豪華なシャンデリアが吊るされた大広間近くの階段から下りてくるその人を見つけた。

「イヴリット殿!」

 思わず叫んだ。

「え? ザンクロー?」

 その叫びに、びっくりして振り返るイヴリットへ、斬九郎は近づいていく。横にいたセドルフが盾になるように前に出たが、それを押しのけてイヴリットが斬九郎のもとへと駆け寄る。

「拙者がこの世界に来た時に身に付けていた武器と服を返してもらいたい!」
「悪いが、それはできない」

 イヴリットよりも先にセドルフが答えた。

「どうして?」と食い下がりたかった斬九郎だが、かつて主君に仕えていた者として、セドルフの気持ちは痛いほどわかる。

 あれだけの武器を隠し持っていた相手――しかも、異世界から来た身元不明の者だとすれば、その警戒は当然のこと。しかし、

「猶予はないでござる! 庭園では、リーナがあの魔獣と対峙して足止めしていたが、今は戦闘不能な状態に陥っている」
「リーナが!? まさか、ケガでもしたの!?」

 一気にイヴリットの表情が曇る。

「いや、本人は無傷でござる。ただ、あの魔獣に、リーナの攻撃が一切通じず、それが原因で本人は戦意喪失してしまったようで」
「バカな……あのリーナの攻撃が効かないとは……」

 セドルフは信じられないといった顔つきで放心状態になっている。

「だから頼む! もし拙者がおかしな行動をしたと感じたら、遠慮なく背後から討ってもらって構わない! だから、武器を! 拙者の武器を返してほしい!」

 心からの訴えだった。

「その必要はない! 俺が加勢にいく!」

 勇んで飛び出そうとするセドルフを、

「セドルフ、あなたはすぐに現場で避難活動の指揮を行いなさい」

 冷静なイヴリットの声が止めた。

「し、しかしですな」
「今避難活動や魔獣の討伐に従事している者の大半は、リーナと同じように実戦経験のない若い騎士たちよ。避難がうまくいっていないから、その援護に王都へ行くと言ったばかりじゃない」
「そ、それは……」
「取り返しのつかないことになる前に、あなたの的確な避難誘導でひとりでも多くの市民を救いなさい」
「む、むぅ……」
「そもそも、あの子が本来の力を発揮すればそうそう負けないはずよ。それはあなたが一番よくわかっていると思うけど? だから、ここはリーナを信じるのよ。あの子なら、きっと現状を打破できるはず」
「…………」

 とうとうセドルフは黙ってしまった。
 渋い顔をしているのは、思っていることをズバッとつかれた証拠だろう。

「さて、ザンクロー」

 セドルフを仕留めたことで、狙いを斬九郎一本に絞るイヴリット。

「実を言うと、今のラステルは著しく戦力が低下しているの」
「戦力低下? 何かあったのでござるか?」
「詳細は伏せされてもらうけど、想定外の事態が発生して、多くの経験と実力ある兵たちが負傷し、戦うことが困難な状況になっているの。リーナの援護に何人か送りたいところではあるのだけど――」
「人がいないのでござるな」
「端的に言えば、ね」

 真っ直ぐな指摘に、イヴリットは静かに頷いた。

「だったら、尚更拙者が援護に行かねば!」
「あなたは……あの魔獣と戦えるの? 魔力もないのに、あんなに巨大で凶暴な魔獣と」

 その覚悟を試すようにイヴリットが問うと、

「戦える! そして勝つでござる!」

 斬九郎は即答。
それを受けて、

「……わかったわ」

 イヴリットは了承だった。

「い、イヴリット様!」

 ふたりの間に割って入り、制止しようとするセドルフ。

「嫌な予感がしていましたが……まだ素性もハッキリしない者に武器を与えて味方の救助を任せるなど――」
「セドルフ……あの獰猛な魔獣を倒すためには少しでも戦力が必要よ。それに、民を守るため、勇敢に戦う若き騎士をこのまま見殺しにはできないわ」
「そ、それは……」
「先の国境近辺への遠征で多くの兵がひどく負傷し、魔獣退治への援軍もままならないのが現状。それに、彼は自分自身の行動に不審を抱けば背後から討ってもいいとまで言っているのよ?」
「ぐぐっ……」
「民の命を守るため――そう思えば、秤にかけるまでもないでしょう?」

 家臣とはいえ、ひと回り以上年齢の離れているセドルフに対して、イヴリットは堂々と言ってのけた。
 その一連の言動を横で眺めていた斬九郎の脳裏に浮かんだのは、

『己のためか、民のためか……秤にかけるまでもなかろう?』

 かつての主君である永西時勝であった。

(時勝様――)

 常に民の生活を第一に考え、時には城の食糧を切り詰めて農民たちに配り歩いたこともあった。傷ついた兵士の治療を自ら申し出て手伝った。いくさによって両親を亡くし、孤児になった斬九郎を温かく迎え入れてくれた。

(似ている……このイヴリットという異世界の将は、時勝様とよく似ている……)

 性別、年齢、住む世界さえ違うのに。
 斬九郎はイヴリットに永西時勝の影を見た。

「大丈夫よ、セドルフ。彼は私たちの力になってくれるわ。けして私たちを裏切るようなマネはしない」
「……そういう根拠もないのに自信たっぷりなところと底知れぬお人好しさは先代国王様と変わりませんな」
「そうね。私はお父様似だから」
「ははは……そうでしたな」

 降参だ、と言わんばかりに両手を挙げて苦笑いするセドルフ。そして、斬九郎へ向き直ると、

「ザンクロー、おまえの武器は俺が預かっている。ついて来い」
「かたじけない!」

 駆け出そうとした斬九郎とセドルフだが、「待って!」とイヴリットが呼び止める。

「どうして、あなたは戦ってくれるのかしら?」

 イヴリットの問いかけに、斬九郎は師匠である倉賀滝丸に口酸っぱく指摘されていたことを思い出していた。

『おまえには唯一にして最大とも言っていい欠点がある。それは優し過ぎることだ。もっと言うと死ぬほどのお人好しだ。直せとは言わんが、自分が底抜けにお人好しだということは肝に銘じておけ。それが命取りにならないようにしろよ』

 そうだった。

 支部斬九郎という忍者は、忍者のくせにお人好しで困っている人を放っておけない忍者だった。

「……拙者は、短い間ではあるが、この国の人たちに大変世話になった。その恩返しという意味もあるし、何より……拙者は、目の前で困っている人がいると放ってはおけぬ性分なのでござるよ」

 素直に、ありのままに、自分の気持ちを吐き出した。
 それを聞いたリーナをニコリと微笑んで、

「わかった。その言葉を信じるわ。最後に……リーナを――あの子を必ず救って。あの子はラステルの未来を担う優秀な騎士であると同時に、私の大事な友だちだから」
「友だち……」

 不意に、斬九郎の脳裏に時勝とのやりとりが浮かんだ。
 斬九郎を終生の友と呼んでくれた時勝――イヴリットとリーナの関係は、かつての自分たちとそっくりだった。

「どうかした?」
「いや、なんでも……その約束、必ず果たしてみせよう!」

言い終えると、視線でセドルフに合図を送り、駈け出した。

「ここだ」

 そこは、斬九郎が最初に寝ていた部屋とよく似た造りの小さな部屋だった。
 隅には大きな木箱が置かれていて、それを開けると、そこには里一番の刀匠の手によって生み出された忍刀と、野良着を改良し、機能性を追求した特製の黒い忍装束がきれいにしまわれていた。

「これで間違いないな?」
「ああ!」

 早速、斬九郎は戦闘準備に取り掛かる。

「この服も着やすいが、やはり使い慣れたこいつが一番でござる」

 斬九郎はラステル産の服を脱ぐと、忍装束に袖を通し、頭巾をかぶった。

「全身黒ずくめとは……」
「元々拙者たちの活動時間はほとんど夜でござるからな」
「なるほど。夜の闇に馴染むため、黒一色というわけか」

 昼間で、しかも獣が相手となれば、忍ぶ必要などまったくないため、着替えなどいらないように思えるが、共にいくつものいくさ場を生き抜いてきた相棒を身にまとう方が気も引き締まる。
 その気持ちは、たとえ住む世界が違っていても、同じく国のため、主君と民のために命を賭けて戦ってきたセドルフも同じだった。だから、斬九郎の着替えに何一つ文句をつけなかった。

「これで――よし!」

 着替えを終えると、続いて武器を確認。

 手裏剣が三枚。
 苦無が二本。
 焙烙玉が一個。
 まきびしが少々。
 あとは鎖鎌に忍刀。

 それらを身に付けて、準備は万端だ。

「少々心許ないが、ないよりはいいか」
「ちょ、ちょっと、待て! そんな刀身の短い剣で戦う気か!? それに他の道具は一体なんだ!? こんなのが役に立つというのか!?」

 セドルフからすれば、斬九郎の装備の数々はおもちゃにしか見えなかった。だが、

「拙者はこれまで幾度なくこの道具たちで戦場を生き抜いてきた。心配致すな」

 絶対の自信に溢れる斬九郎の表情に、セドルフは、

「……わかった。これ以上は何も言わん。――頼むぞ。俺も避難が済んだらすぐに応援に向かう。それまで、なんとかあの魔獣を食い止めてくれ」
「承知した」

 そう言って、斬九郎は窓へと歩を進める。

「お、おい、そっちに道はないぞ?」
「いや、ここでいい――拙者の道はここにある」

 斬九郎は窓を開け放つと、

「いざ参る!」

 そこから外へと飛び下りる。着地場所は地面ではなく、窓のすぐ真下にある木であった。見事に着地を決めると、そのまま木の枝を飛び渡って魔獣が暴れている庭園を目指す。

「な、なんてヤツだ……」

 部屋にはポカンと口を開けたセドルフだけが残された。
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