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第90話 次の仕事場
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「なるほど、たしかにこいつは魔人だ。かなり小型のようだが」
意識を失い、チェーンの魔鉱石で身動きが取れない状態となっている魔人を前にしてそう語るのはベルギウスであった。
今回はいつものようなお忍びのお遊びではなく、大勢の騎士たちを率い、魔人を連れ帰るという任務を受けて正式にやって来ていた。
その陣容は戦闘でもおっぱじめそうな本格的なもの。
ただの魔人であれば、ここまで大掛かりにはならないし、そもそもわざわざベルギウスが出て来ることはないのだが、
「それで、本当にこいつは喋るのかい?」
今回の魔人の一番の相違点はまさにそこ――この魔人とは会話が可能なのだ。
「はい。俺も言葉を交わしましたし、ダズやエミリーも同じです」
「わかった。では、こいつの身柄は僕が預かろう」
「引き渡しておいてなんですが……まさか城へ?」
「いや、国王陛下がいらっしゃるのに、いつ暴れ出すかもしれぬこいつを城へ置いておくのは危険だろう。……決して君を疑うわけではないが、君から教えてもらった対策法も、完全に効果があるかどうかは定かではないし」
「俺もそこが気になっていました。でも、城に運ばないなら安心です。それで、どちらに?」
「この近くにある砦だ。それなりに大きいし、警備兵の数も増やす予定だからまず問題ないだろう」
ベルギウスは優志から購入した回復水の入った水筒を手にしながら笑う。
魔人の動きを封じた優志の回復水を、ベルギウスは念のためにとありったけの量を購入すると申し出た。優志としてはタダで譲る気であったが、「それでは僕の気が収まらないよ」と言ってきっちりと料金を支払って行った。
「取り扱いにはくれぐれもご注意を」
「ははは、心配はいらないさ。……せっかくの貴重な情報源だからね」
「!?」
一瞬、ゾクッと背筋が寒くなった。
普段はおちゃらけているベルギウスがわずかに見せた表情。
端正な顔立ちも相まって、言葉を失うくらいの静かな迫力に満ちていた。
「? どうかしたかい?」
「い、いえ」
「そうか。――む?」
優志との会話中に何かを発見したベルギウスが目を細める。そして、
「ジョゼフ!? ジョゼフじゃないか!!」
ベルギウスが見つけたのは息子と生還を喜び合う木こりのジョゼフであった。
「し、知っているんですか、ベルギウス様」
「知っているも何も、彼は元王国騎士団の人間だ」
「! そうだったんですね」
どうりであの魔人相手に勇ましく立ち向かえるわけだ。
戦うことに不慣れとか言いながらも、実は戦闘経験豊富な歴戦の勇士であったのだ。
「べ、ベルギウス様……」
ベルギウスに見つかってはもう誤魔化しきれないと悟ったのか、特に誤魔化すことなく会釈をするジョゼフ。
一方、ベルギウスの方はニコニコと柔和な笑顔をたたえながら近づく。
「君が騎士団を辞めると報告を受けた時は本当に驚いたぞ。今は何をしている?」
「木こりをしていました。――ですが、仕事場である森に異変が起きて、廃業を余儀なくされてしまったのです」
「異変?」
「ええ。それで、こちらの回復屋さんで雇っていただけないかと相談に来たんです」
森で起きた異変。
ベルギウスはそれに何か引っかかりを感じているようだった。
それは優志も同じで、もう少しジョゼフの話を聞こうと会話に混ざる。
「森で一体何が起きたんですか?」
「木々が一斉に枯れ始めたんだ」
「枯れ始めた!?」
聞き慣れない現象に、あのベルギウスが声を荒げる。
「そんなバカな……」
「本当なのです。そのせいで、うちの村に住む木こりたちは職を失いました。――木こりたちだけではありません。農家を営んでいた者たちも、野菜が収穫できなくなって困り果てている現状です。私たちのような動ける若者は村を出ましたが、長距離を移動できないお年寄りも多く、このままでは……」
ジョゼフの話しは嘘ではないだろう。
涙混じりに訴えるその姿が嘘だとしたら、もうこの世の何もかもが信用できなくなってしまう――そう思えるほど、切羽詰まった様子であった。
「……あの」
話が途切れたところで、優志が手を挙げる。
「その村の様子を見せてもらいたいのですが」
「む、村の様子を?」
突然の提案に、ジョゼフとベルギウスは互いに顔を見合わせる。
「枯れ果てた規模にもよりますが、もしかしたらこいつでなんとかなるかもしれません」
そう言って優志が手にしたのは――回復水の入った水筒だった。
「! そうか! 君の回復水がもしかしたら植物にも作用するかもしれない!」
「そうなれば森を救えます。お年寄りたちも、これまで通りの生活ができるはずです」
「ゆ、ユージ殿!!!」
興奮のあまり、優志の手を潰さんばかりの強さで握るジョゼフ。
「……また君の力を借りることになるとは」
「城は今、魔王討伐で人員が手一杯でしょうし、俺にやれることであるならこなしてみせますよ」
「なんと頼もしい……だが、くれぐれも無茶はしないでくれよ」
「お任せを」
モンスターと戦うわけじゃない。
回復こそが優志の仕事。
ただ今回はこれまでとは一味違う。
回復させるのは――木こりの森だ。
意識を失い、チェーンの魔鉱石で身動きが取れない状態となっている魔人を前にしてそう語るのはベルギウスであった。
今回はいつものようなお忍びのお遊びではなく、大勢の騎士たちを率い、魔人を連れ帰るという任務を受けて正式にやって来ていた。
その陣容は戦闘でもおっぱじめそうな本格的なもの。
ただの魔人であれば、ここまで大掛かりにはならないし、そもそもわざわざベルギウスが出て来ることはないのだが、
「それで、本当にこいつは喋るのかい?」
今回の魔人の一番の相違点はまさにそこ――この魔人とは会話が可能なのだ。
「はい。俺も言葉を交わしましたし、ダズやエミリーも同じです」
「わかった。では、こいつの身柄は僕が預かろう」
「引き渡しておいてなんですが……まさか城へ?」
「いや、国王陛下がいらっしゃるのに、いつ暴れ出すかもしれぬこいつを城へ置いておくのは危険だろう。……決して君を疑うわけではないが、君から教えてもらった対策法も、完全に効果があるかどうかは定かではないし」
「俺もそこが気になっていました。でも、城に運ばないなら安心です。それで、どちらに?」
「この近くにある砦だ。それなりに大きいし、警備兵の数も増やす予定だからまず問題ないだろう」
ベルギウスは優志から購入した回復水の入った水筒を手にしながら笑う。
魔人の動きを封じた優志の回復水を、ベルギウスは念のためにとありったけの量を購入すると申し出た。優志としてはタダで譲る気であったが、「それでは僕の気が収まらないよ」と言ってきっちりと料金を支払って行った。
「取り扱いにはくれぐれもご注意を」
「ははは、心配はいらないさ。……せっかくの貴重な情報源だからね」
「!?」
一瞬、ゾクッと背筋が寒くなった。
普段はおちゃらけているベルギウスがわずかに見せた表情。
端正な顔立ちも相まって、言葉を失うくらいの静かな迫力に満ちていた。
「? どうかしたかい?」
「い、いえ」
「そうか。――む?」
優志との会話中に何かを発見したベルギウスが目を細める。そして、
「ジョゼフ!? ジョゼフじゃないか!!」
ベルギウスが見つけたのは息子と生還を喜び合う木こりのジョゼフであった。
「し、知っているんですか、ベルギウス様」
「知っているも何も、彼は元王国騎士団の人間だ」
「! そうだったんですね」
どうりであの魔人相手に勇ましく立ち向かえるわけだ。
戦うことに不慣れとか言いながらも、実は戦闘経験豊富な歴戦の勇士であったのだ。
「べ、ベルギウス様……」
ベルギウスに見つかってはもう誤魔化しきれないと悟ったのか、特に誤魔化すことなく会釈をするジョゼフ。
一方、ベルギウスの方はニコニコと柔和な笑顔をたたえながら近づく。
「君が騎士団を辞めると報告を受けた時は本当に驚いたぞ。今は何をしている?」
「木こりをしていました。――ですが、仕事場である森に異変が起きて、廃業を余儀なくされてしまったのです」
「異変?」
「ええ。それで、こちらの回復屋さんで雇っていただけないかと相談に来たんです」
森で起きた異変。
ベルギウスはそれに何か引っかかりを感じているようだった。
それは優志も同じで、もう少しジョゼフの話を聞こうと会話に混ざる。
「森で一体何が起きたんですか?」
「木々が一斉に枯れ始めたんだ」
「枯れ始めた!?」
聞き慣れない現象に、あのベルギウスが声を荒げる。
「そんなバカな……」
「本当なのです。そのせいで、うちの村に住む木こりたちは職を失いました。――木こりたちだけではありません。農家を営んでいた者たちも、野菜が収穫できなくなって困り果てている現状です。私たちのような動ける若者は村を出ましたが、長距離を移動できないお年寄りも多く、このままでは……」
ジョゼフの話しは嘘ではないだろう。
涙混じりに訴えるその姿が嘘だとしたら、もうこの世の何もかもが信用できなくなってしまう――そう思えるほど、切羽詰まった様子であった。
「……あの」
話が途切れたところで、優志が手を挙げる。
「その村の様子を見せてもらいたいのですが」
「む、村の様子を?」
突然の提案に、ジョゼフとベルギウスは互いに顔を見合わせる。
「枯れ果てた規模にもよりますが、もしかしたらこいつでなんとかなるかもしれません」
そう言って優志が手にしたのは――回復水の入った水筒だった。
「! そうか! 君の回復水がもしかしたら植物にも作用するかもしれない!」
「そうなれば森を救えます。お年寄りたちも、これまで通りの生活ができるはずです」
「ゆ、ユージ殿!!!」
興奮のあまり、優志の手を潰さんばかりの強さで握るジョゼフ。
「……また君の力を借りることになるとは」
「城は今、魔王討伐で人員が手一杯でしょうし、俺にやれることであるならこなしてみせますよ」
「なんと頼もしい……だが、くれぐれも無茶はしないでくれよ」
「お任せを」
モンスターと戦うわけじゃない。
回復こそが優志の仕事。
ただ今回はこれまでとは一味違う。
回復させるのは――木こりの森だ。
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