田舎暮らしの魔草薬師

鈴木竜一

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第8話【幕間】ストックウェル商会にて

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 ハリスが診療所を開業する数週間前。
 ノエイル王国中央部にある商業都市ディバン。
 さまざまな国から名の知られた商会が店を構え、毎日数千人という客が訪れる王都に次いで活気がある大都市――そこを統括しているのが、ストックウェル商会だ。

 商会の代表を務めるコービー・ストックウェルは苛立っていた。
 今月の売りあげは上々だという報告を受けた直後だが、どうにも怒りが収まらない。その原因は数日前に王都からやってきたドレンツ・レイナードにあった。

「あまり興奮されますと血圧があがりますよ?」

 心配そうに忠告したのは秘書のエリナだった。

「分かっておるが……どうにも腹立たしくてなぁ……」

 怒りを抑え込むように顎髭を撫でながら、コービーは呟く。
 彼をここまで憤らせた原因は、ドレンツのあまりにも身勝手な物言いであった。
 ろくな説明もせず、長年世話になったハリスを解雇し、新しい担当が近いうちにやってくると告げたが、あれから数日が経とうというのに挨拶さえしに来ない。ハリスの方が先にやってきて話を聞いたが、どうも彼が手掛けていた魔草薬の研究にドレンツが待ったをかけ、それに反発する形で聖院を去ったと説明を受けた。

 コービーはハリスの師であり、ドレンツの父であるグスタフの理念に感銘を受け、協力をする形で長年付き合ってきた。彼の弟子たちはハリスを含めて皆優秀であり、いずれは魔草薬をストックウェル商会を経由して流通させる話もあったのだ。

 しかし、ドレンツに代替わりをしてから、誠実さや優秀さはうかがえず、聖院は金儲けに目がくらんだ亡者の集まりのようになっていた。

「商人であるワシが言うのもなんだが……金を稼ぐことへの執着が強すぎたな。あれでは目先の財産は手に入れられても、やがて煙のように消え去っていくだろう」

 そう語るコービーの執務机には、一枚の手紙が置かれている。
 差出人は地方領主のベイリー・アントルース。
 これまで特別な付き合いはないものの、手紙の内容には強い関心を引かれていた。

 その内容とは――コービーが注目していた魔草薬師のハリスが、アントルース家が治める領地へ移住するというものであった。

「アントルース家からのお誘いは受けるのですか?」
「そのつもりだ」
「では、レイナード聖院については?」
「ハリスがいない以上、契約を続ける意味はない。そもそも、あのドレンツとかいう若造の態度が気に食わんからな。商人としての長年の経験から分かる……あの手の輩は短命だ」
「そうおっしゃると思ってすでに手配をしておきました」
「さすがは優秀な私の秘書だ」
「恐れ入ります」

 露骨な金儲け路線に走ったレイナード聖院を見限り、グスタフの遺志を継ぐハリスを支援していこうと決断したストックウェル商会はベイリーからの要請に応じて屋敷を訪れると返事を書き、さらに先手を打つことにした。
 
「手紙によれば他にもハリスへ接触している者がいるという……うちも負けていられないな」

 しかし、多忙な身である商会代表が直接ハリスのもとへ行く時間はない。
 そこでコービーは代役を立てることにした。
 
 ちょうどその代役が彼の部屋を訪ねてくる。

「父上、よろしいですか?」
「うむ。入れ」

 部屋をノックし、そう声をかけたのはコービーの息子であるロアムであった。
 年齢は今年で十七歳。
 緑色のショートカットに空色の瞳が印象的な少年だ。

「何かありましたか?」
「ロアムよ。長らくおまえには私のもとで修行をさせてきたが……そろそろ商人としての仕事をひとりで始めてもらおうと思う」
「ほ、本当ですか!?」

 父親からの提案に対し、身を乗りだして喜ぶロアム。
 ひとりでの仕事を任されるということは、一人前としての第一歩を踏みだしたと同義。浮かれないはずがない。

「おまえにはとある人物に接触し、うちとの信頼関係をより強固なものとしてもらいたい」
「じゅ、重要な役割ですね……それで、そのとある人物とは?」
「おまえもよく知っている魔草薬師のハリスだ」
「ハ、ハリスさんですか!?」

 パッと花が咲いたように喜ぶロアム。
 ハリスに憧れていた彼にとって、今回の父コービーからの要請は喜ばしいものばかりであった。

「浮かれてばかりいてはならんぞ、ロアム。おまえの交渉術で利益が出るかどうか……そこだけは努々忘れるな」
「は、はい! それでは早速準備をしてきます!」

 そう告げると、ロアムは勢いよく部屋を出ていった。
 残されたコービーと秘書エリナはほぼ同時にため息をつき、

「「どこからどう見ても女の子にしか見えない……」」

 そう声を合わせるのだった。

 商業都市ディバンに拠点を置くストックウェル商会。
 その中でも有望株として注目を集めるロアム・ストックウェルは――はたから見ると美少女にしか見えない少年だった。
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