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第4話 カーティス村へ
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アボット地方で迎える初めての朝は、領主であるトライオン家の屋敷で迎える形となった。
騎士の宿舎とは比べ物にならないくらいふかふかのベッドで目覚めると同時に部屋のドアをノックする音と入室許可を求める声が。
「どうぞ」
短く答えると、ひとりのメイドが入ってきた。
「おはようございます、ジャスティン様」
礼儀正しくお辞儀をしながら言うメイドのマリエットさんに、俺も「おはようございます」と返す。
彼女はトライオン家の屋敷のメイドたちを束ねるまとめ役――いわばメイド長というポジションであり、年齢は俺と同じくらいか。あまり感情を表に出すタイプじゃないようで、昨日も何度か顔を合わせたが、変化らしい変化は確認できなかった。
それでも周りからの信頼は厚いようで、他のメイドたちはよく懐いていたな。上司というより、頼りになるお姉さんという印象を受ける。
「どうかされましたか?」
「い、いや、なんでもないです」
気づいたらジッと見つめてしまっていたな……怪しまれてしまったかも。
「まもなく朝食の準備が整いますので」
「分かりました」
自然の流れで朝食をすすめられた。すぐにでも屋敷を出るつもりでいたのだが、そこまでしてくれるとは。寝起きで腹も減っているし、今回もご厚意に甘えることにしよう。
朝食はやっぱり領主のドイル様と一緒だった。
いくら聖騎士とはいえ、貴族と食事をともにする機会なんてなかった。両者の間には越えられない壁みたいな物があったけど……ここではそういうのはないみたいだ。
食事が終わると、一度部屋に戻って荷物を手にする。
それから外へ出て馬を連れて来ようとしたのだが、
「やあ、随分とゆっくりだったね」
なぜかドイル様と数人の執事&メイドが俺を待っていた。
あれ?
この流れは……もしかして、一緒に来るつもりなのか?
「あ、あの、ドイル様?」
「ここからの道は複雑で地図を眺めているだけではたどり着けないだろうからね。それに、ちょうど今日はあの村に用事があってね」
「村へ?」
領主自らが領民の暮らす村へ足を運ぶとは……よほどのことが起きたようだな。もしかして俺を歓迎していたのは、そのトラブルに対処させるためとか?
不安を感じながら、俺はドイル様の乗る馬車の後ろをついていく。
村までの移動時間はおよそ三十分。
思っていたよりも近いし、特に迷うような道でもなかった。
……ひょっとして、ただ一緒に行こうと思っただけだったのか?
そんな俺たちがたどり着いたカーティス村は、噂に違わぬ田舎町であった。
ここが、俺の新しい職場ってわけか。
それにしても――
「人がいませんね」
思わず口に出してしまう。
それくらい本当に人がいないのだ。
「ここだと仕事らしい仕事が限られるからね。若い子たちは夢を叶えるために大都市へ移住してしまうんだ」
世知辛いというかなんというか……ただ、若者たちを非難することはできない。活気ある者にとっては、この村のゆったりとした空気が合わないだろうし、バリバリやれるなら王都へ出ていってもそれが間違った選択であるとは思えなかった。
しかし、そうなると今度は深刻な人口減少問題が乗りかかってくる。
産業を発展させるのは人の力だ。
仕事を求めて若者が都会へ行くという流れは発展に必要な原動力の流出になる。それを防ぐために発展させようにも、原動力の少ない現状ではそれが望めない――人口減少に拍車をかけるまさに負の連鎖だった。
「せめてダンジョンでもあれば、ギルド運営で財政が潤うのですが」
「ギルドかぁ……でも、運営するノウハウがないからねぇ」
「外部から人を招いて委託してみては?」
「運営を任せられるほど素性のハッキリとした冒険者の知り合いも紹介してくれる伝手もないからなぁ」
「な、なるほど……」
この調子だと、今以上の発展は難しいか。
しばらく村を歩いていると、ようやく人の姿が確認できた。
収穫してきたばかりと思われる野菜の詰まった加護を持つ老夫婦が、ドイル様の姿を見た途端、顔色を変えて駆け寄ってくる。
「ヘンリーさん、ジーナさん、慌てなくていいですよ」
そんなふたりに対して優しく声をかけるドイル様――って、村人の名前をきちんと憶えているのか。いくら数が少ないからとはいえ凄いな。
老夫婦と仲良さそうに会話をしていたら、今度は小さな子ども三人組がドイル様のもとへ集まってきた。
「いらっしゃい、ドイル様!」
「今日はどうしたの?」
「見て! 俺また背が大きくなったんだ!」
子どもたちは大きな声でドイル様へと話しかけている。普通の貴族ならばそのやかましさに顔をしかめ、人によっては黙らせるよう命じていただろう。
しかし、ドイル様は嫌な顔などせず、子どもたちと目線を合わせるように腰を下ろすとそれぞれの話題についてしっかり対応されていた。
「これが……トライオン家の領主か……」
「驚かれたでしょう?」
ボソッと呟くと、いつの間にかすぐ隣に立っていた執事のブラーフさん。こちらは執事たちのまとめ役を務めており、マリエットさんに比べるとだいぶ年上だ。白髪の混じった頭髪と髭を見る限り、五十代後半か六十代前半ってあたりか。なんでも、先代の頃から執事としてあの屋敷にいるらしい。
「そりゃあ、もう……王都周辺の貴族であそこまで領民と距離の近い領主は他にいませんよ」
「でしょうな。話を聞く限り、先代よりもずっと前の世代からトライオン家と領民の距離感は変わっていないそうですよ」
「そんなに昔から……」
……なんか、俺が今まで抱いてきた貴族の印象と正反対だな。
その後、カーティス村の村長へ挨拶をするため移動を開始した。
騎士の宿舎とは比べ物にならないくらいふかふかのベッドで目覚めると同時に部屋のドアをノックする音と入室許可を求める声が。
「どうぞ」
短く答えると、ひとりのメイドが入ってきた。
「おはようございます、ジャスティン様」
礼儀正しくお辞儀をしながら言うメイドのマリエットさんに、俺も「おはようございます」と返す。
彼女はトライオン家の屋敷のメイドたちを束ねるまとめ役――いわばメイド長というポジションであり、年齢は俺と同じくらいか。あまり感情を表に出すタイプじゃないようで、昨日も何度か顔を合わせたが、変化らしい変化は確認できなかった。
それでも周りからの信頼は厚いようで、他のメイドたちはよく懐いていたな。上司というより、頼りになるお姉さんという印象を受ける。
「どうかされましたか?」
「い、いや、なんでもないです」
気づいたらジッと見つめてしまっていたな……怪しまれてしまったかも。
「まもなく朝食の準備が整いますので」
「分かりました」
自然の流れで朝食をすすめられた。すぐにでも屋敷を出るつもりでいたのだが、そこまでしてくれるとは。寝起きで腹も減っているし、今回もご厚意に甘えることにしよう。
朝食はやっぱり領主のドイル様と一緒だった。
いくら聖騎士とはいえ、貴族と食事をともにする機会なんてなかった。両者の間には越えられない壁みたいな物があったけど……ここではそういうのはないみたいだ。
食事が終わると、一度部屋に戻って荷物を手にする。
それから外へ出て馬を連れて来ようとしたのだが、
「やあ、随分とゆっくりだったね」
なぜかドイル様と数人の執事&メイドが俺を待っていた。
あれ?
この流れは……もしかして、一緒に来るつもりなのか?
「あ、あの、ドイル様?」
「ここからの道は複雑で地図を眺めているだけではたどり着けないだろうからね。それに、ちょうど今日はあの村に用事があってね」
「村へ?」
領主自らが領民の暮らす村へ足を運ぶとは……よほどのことが起きたようだな。もしかして俺を歓迎していたのは、そのトラブルに対処させるためとか?
不安を感じながら、俺はドイル様の乗る馬車の後ろをついていく。
村までの移動時間はおよそ三十分。
思っていたよりも近いし、特に迷うような道でもなかった。
……ひょっとして、ただ一緒に行こうと思っただけだったのか?
そんな俺たちがたどり着いたカーティス村は、噂に違わぬ田舎町であった。
ここが、俺の新しい職場ってわけか。
それにしても――
「人がいませんね」
思わず口に出してしまう。
それくらい本当に人がいないのだ。
「ここだと仕事らしい仕事が限られるからね。若い子たちは夢を叶えるために大都市へ移住してしまうんだ」
世知辛いというかなんというか……ただ、若者たちを非難することはできない。活気ある者にとっては、この村のゆったりとした空気が合わないだろうし、バリバリやれるなら王都へ出ていってもそれが間違った選択であるとは思えなかった。
しかし、そうなると今度は深刻な人口減少問題が乗りかかってくる。
産業を発展させるのは人の力だ。
仕事を求めて若者が都会へ行くという流れは発展に必要な原動力の流出になる。それを防ぐために発展させようにも、原動力の少ない現状ではそれが望めない――人口減少に拍車をかけるまさに負の連鎖だった。
「せめてダンジョンでもあれば、ギルド運営で財政が潤うのですが」
「ギルドかぁ……でも、運営するノウハウがないからねぇ」
「外部から人を招いて委託してみては?」
「運営を任せられるほど素性のハッキリとした冒険者の知り合いも紹介してくれる伝手もないからなぁ」
「な、なるほど……」
この調子だと、今以上の発展は難しいか。
しばらく村を歩いていると、ようやく人の姿が確認できた。
収穫してきたばかりと思われる野菜の詰まった加護を持つ老夫婦が、ドイル様の姿を見た途端、顔色を変えて駆け寄ってくる。
「ヘンリーさん、ジーナさん、慌てなくていいですよ」
そんなふたりに対して優しく声をかけるドイル様――って、村人の名前をきちんと憶えているのか。いくら数が少ないからとはいえ凄いな。
老夫婦と仲良さそうに会話をしていたら、今度は小さな子ども三人組がドイル様のもとへ集まってきた。
「いらっしゃい、ドイル様!」
「今日はどうしたの?」
「見て! 俺また背が大きくなったんだ!」
子どもたちは大きな声でドイル様へと話しかけている。普通の貴族ならばそのやかましさに顔をしかめ、人によっては黙らせるよう命じていただろう。
しかし、ドイル様は嫌な顔などせず、子どもたちと目線を合わせるように腰を下ろすとそれぞれの話題についてしっかり対応されていた。
「これが……トライオン家の領主か……」
「驚かれたでしょう?」
ボソッと呟くと、いつの間にかすぐ隣に立っていた執事のブラーフさん。こちらは執事たちのまとめ役を務めており、マリエットさんに比べるとだいぶ年上だ。白髪の混じった頭髪と髭を見る限り、五十代後半か六十代前半ってあたりか。なんでも、先代の頃から執事としてあの屋敷にいるらしい。
「そりゃあ、もう……王都周辺の貴族であそこまで領民と距離の近い領主は他にいませんよ」
「でしょうな。話を聞く限り、先代よりもずっと前の世代からトライオン家と領民の距離感は変わっていないそうですよ」
「そんなに昔から……」
……なんか、俺が今まで抱いてきた貴族の印象と正反対だな。
その後、カーティス村の村長へ挨拶をするため移動を開始した。
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