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第50話 団欒
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カルネイロ家当主のフロイデンから提案された騎士団への入団話。
これまでの人生を振り返れば、ドミニクにとってこれほどのチャンスはもう二度とめぐって来ないだろう。
だが、騎士団へ入るためにはドミニクの力を審査する者がやってくるという。
「その人に力を見せつければ、騎士団へ入れる……」
フロイデンとの会談後、夕食を共に過ごし、その後はこれまでの冒険話を語った。フロイデンも娘のカタリナも、ドミニクたちがこれまで経験してきた冒険の数々に聞き入り、とても有意義な時間を過ごすことができた。
客室に案内されたドミニクは、そこにあるこれまでに体験したことのないほどフカフカのベッドへ横になると、フロイデンとの会談内容を思い出していた。
「騎士団、か」
自分にとっては恐怖さえ覚えるほど出来すぎた話だ。
とはいえ、イリーシャの両親――ギデオンとヴェロニカに近づくためには、これがもっとも有効な手立てであるのは間違いない。
終わりの見えない次元亀裂の修復作業。
最悪の場合は死に至る危険が伴う作業とあって、個々を逃してしまうと、下手をしたらもう二度と会えなくなってしまう可能性さえある。
「……やるしかないか」
ドミニクは腹をくくった。
一日も早くイリーシャを両親に会わせるため、入団審査に全力を注ぐ。
そう固く心に誓ったのだ。
◇◇◇
翌朝。
朝食の席で、ドミニクはフロイデンから入団の審査の日程について、今朝一番に王都から使い魔を通して返事が来たと伝えられた。
「今日の夕刻……ここに、王国騎士団から選出された審査官がやって来る」
「……その人と戦って実力を示せ、と」
「うむ」
ラドム王国騎士団。
その強さは世界屈指と評価されている。
次元亀裂の件も、そうした実績があるからこそ、ラドム王国騎士団が名乗りをあげたのだろう。
「…………」
「ドミニク?」
ナイフとフォークを持った手が止まっていることに気づいたアンジェがそっと声をかける。
「だ、大丈夫だよ、アンジェ。ちょっと緊張していて」
「あなたならきっと大丈夫よ。エヴァさんも協力してくれるんでしょ?」
「それは保証してくれたよ」
昨日のエヴァとのやりとりを思い出すドミニク。
そのエヴァは、初めて食べる貴族の朝食に笑顔を見せる孫娘の肩にとまっていた。
そうだ。
イリーシャにとっては両親だが、エヴァにとってあのふたりは子どもなのだ。特に父親である竜人のギデオンは実子。その息子が命を懸けた仕事に取り組もうとしている――気にならないはずがない。
「頑張るよ、俺」
静かに、だけども力強く、ドミニクはアンジェに告げた。
それを聞いたアンジェは「よかった」と安堵のため息をつく。
イリーシャのためだけじゃない。
息子を心配する母エヴァのためにも、ここはなんとしても騎士団へ入らなくては。
――と、同時に、ドミニクにはこの旅の終わりが近づいていることも感じていた。
もし、イリーシャが両親と再会できたなら、その先はどうするのだろう。
きっと、霊竜エヴァはイリーシャたちと一緒に行くはず。
だとしたら、残された自分はその後どうするのか。
「いろいろと考えないとなぁ……」
「? 何か言いました?」
「いや、何でもないよ」
アンジェの追及を煙に巻いて、ドミニクはコーヒーの注がれたカップに手を伸ばした。
◇◇◇
騎士団の審査官が訪れるまでの間、ドミニクたちは屋敷内で過ごすこととなった。
まず、カタリナに屋敷自慢の中庭を案内してもらうことに。
「ここがわたくし一番のお気に入りスポットであるローズロードですわ」
「「「おおっ!」」」
辺り一面を色鮮やかなバラに囲まれた道。
どうやら、ここがカタリナにとってもっとも癒される場所であるらしく、同じ年代の女子であるイリーシャやシエナ、さらには妖精のエニスが食いついた。
「しかし、本当に広い庭園だなぁ。うっかりしていると迷子になりそうだ」
「管理が大変そうですね……」
「そうでもないですよ。特に私は植物が好きなので、ここの手入れはほとんど趣味みたいなものです」
大人たちは大人たちで、のんびりと世間話をしている。
その後、各自散らばって庭園での自由な時間を楽しんだ。
カタリナからの提案により、昼食はピクニック気分を味わうため、サンドウィッチを中心に軽食で済ませることに。
子どもたちが楽しんでいる声を聞きながら、ドミニクは少し離れた位置で剣を構えていた。
頭にあるのは今日の夕方から始まる騎士団の入団審査。
それに向けて、剣の素振りを行っていた。
「ワシがおれば問題なかろう」
ドミニクの自主訓練を見守りながらも、エヴァがそんなことを呟く。
もちろん、それは百も承知だ。
「確かにエヴァさんの魔力は強力ですが……それを操る俺自身が未熟だと、生かしきれないと思うんです」
どんなに強大な力を持っていても、それを発揮できる技術がなければ意味をなさない。この考えから、ドミニクはこれまで以上に鍛錬を重ねる必要があると強く思った。
いずれ、エヴァが自分のもとを去っても、しっかり戦えるように。
「……良い心がけじゃな、ドミニクよ。実際、思っていてもそれを実行できる者は多くないじゃろう。それを実践しているだけでも十分偉いとワシは思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
霊竜エヴァに真正面から褒められて、ドミニクはちょっと照れる。
それからもドミニクは入団審査を想定した自主鍛錬に励む。
そして――世界が夕焼けでオレンジ色に染まる頃。
仲間はもちろん、カルネイロ家当主のフロイデンや娘のカタリナ、そしてイザベラを含む多くの使用人たちと共に、審査官の到着を待った。
そしてとうとう、
「あっ! あの場所ですわ!」
カタリナが声をあげ、こちらに向かって進む馬車を指差した。その馬車にはラドム王国の紋章と、騎士団の象徴とされる国鳥が描かれていた。
「いよいよ、か……」
緊張感がグッと高まる。
やがて、馬車は屋敷の門前で停まり、中から騎士団の制服に身を包んだ男が出てきた。
右目に眼帯をつけた偉丈夫。
誰がどう見ても「猛者」と判断できるオーラをまとっていた。
「つ、強そうですね……」
強者の雰囲気に、ゴクッとアンジェは唾を飲み、子どもたちはその見た目だけですっかり怯えてしまっていた。
さらに、フロイデンから驚くべき情報がもたらされた。
「バカな……五剣聖のハインリッヒだと!?」
五剣聖。
ドミニクにとっては初めて耳にする言葉であるが、どう転んでも自分にとって不利にしか働かない言葉であることはなんとなく理解できた。
「あ、あの、五剣聖というのは……?」
「……ラドム王国騎士団には、騎士団長と副騎士団長を除いても、特に力のある五人の騎士がいる。人は彼らを五剣聖と呼ぶんだ。おまけに、今やって来たハインリッヒという男は、その五剣聖の中でも最強と評される男……」
つまり、騎士団の中でも実力上位の人物がやってきたのである。ドミニクにとっては考えられる限り最低の大戦相手というわけだ。
「ご無沙汰しています、フロイデン様」
「う、うむ。しかし、まさかお主が審査官でやって来るとはな。正直、驚いたぞ」
「私の率いている部隊は明日から遠征に入るので、今日は少し肩慣らしという意味も込めて志願しました」
言い終えると、ハインリッヒはドミニクへ視線を移す。
「君が入団志願者だな?」
「あ、は、はい」
ハインリッヒはドミニクの全身をジロジロと観察し、そして首を傾げた。
「うーむ……フロイデン様の推薦ということで相当な猛者と期待をしておりましたが……これは正直……」
言いにくそうに語るハインリッヒ。
期待外れだな、という感想を持ったようだ。
「まあ、どんな実力か……見てやってくれ」
「分かりました。ならば早速――」
ハインリッヒはボキボキと指を鳴らす。
「始めようか――ドミニク」
「は、はい!」
こうして、ドミニクの入団審査が始まった。
これまでの人生を振り返れば、ドミニクにとってこれほどのチャンスはもう二度とめぐって来ないだろう。
だが、騎士団へ入るためにはドミニクの力を審査する者がやってくるという。
「その人に力を見せつければ、騎士団へ入れる……」
フロイデンとの会談後、夕食を共に過ごし、その後はこれまでの冒険話を語った。フロイデンも娘のカタリナも、ドミニクたちがこれまで経験してきた冒険の数々に聞き入り、とても有意義な時間を過ごすことができた。
客室に案内されたドミニクは、そこにあるこれまでに体験したことのないほどフカフカのベッドへ横になると、フロイデンとの会談内容を思い出していた。
「騎士団、か」
自分にとっては恐怖さえ覚えるほど出来すぎた話だ。
とはいえ、イリーシャの両親――ギデオンとヴェロニカに近づくためには、これがもっとも有効な手立てであるのは間違いない。
終わりの見えない次元亀裂の修復作業。
最悪の場合は死に至る危険が伴う作業とあって、個々を逃してしまうと、下手をしたらもう二度と会えなくなってしまう可能性さえある。
「……やるしかないか」
ドミニクは腹をくくった。
一日も早くイリーシャを両親に会わせるため、入団審査に全力を注ぐ。
そう固く心に誓ったのだ。
◇◇◇
翌朝。
朝食の席で、ドミニクはフロイデンから入団の審査の日程について、今朝一番に王都から使い魔を通して返事が来たと伝えられた。
「今日の夕刻……ここに、王国騎士団から選出された審査官がやって来る」
「……その人と戦って実力を示せ、と」
「うむ」
ラドム王国騎士団。
その強さは世界屈指と評価されている。
次元亀裂の件も、そうした実績があるからこそ、ラドム王国騎士団が名乗りをあげたのだろう。
「…………」
「ドミニク?」
ナイフとフォークを持った手が止まっていることに気づいたアンジェがそっと声をかける。
「だ、大丈夫だよ、アンジェ。ちょっと緊張していて」
「あなたならきっと大丈夫よ。エヴァさんも協力してくれるんでしょ?」
「それは保証してくれたよ」
昨日のエヴァとのやりとりを思い出すドミニク。
そのエヴァは、初めて食べる貴族の朝食に笑顔を見せる孫娘の肩にとまっていた。
そうだ。
イリーシャにとっては両親だが、エヴァにとってあのふたりは子どもなのだ。特に父親である竜人のギデオンは実子。その息子が命を懸けた仕事に取り組もうとしている――気にならないはずがない。
「頑張るよ、俺」
静かに、だけども力強く、ドミニクはアンジェに告げた。
それを聞いたアンジェは「よかった」と安堵のため息をつく。
イリーシャのためだけじゃない。
息子を心配する母エヴァのためにも、ここはなんとしても騎士団へ入らなくては。
――と、同時に、ドミニクにはこの旅の終わりが近づいていることも感じていた。
もし、イリーシャが両親と再会できたなら、その先はどうするのだろう。
きっと、霊竜エヴァはイリーシャたちと一緒に行くはず。
だとしたら、残された自分はその後どうするのか。
「いろいろと考えないとなぁ……」
「? 何か言いました?」
「いや、何でもないよ」
アンジェの追及を煙に巻いて、ドミニクはコーヒーの注がれたカップに手を伸ばした。
◇◇◇
騎士団の審査官が訪れるまでの間、ドミニクたちは屋敷内で過ごすこととなった。
まず、カタリナに屋敷自慢の中庭を案内してもらうことに。
「ここがわたくし一番のお気に入りスポットであるローズロードですわ」
「「「おおっ!」」」
辺り一面を色鮮やかなバラに囲まれた道。
どうやら、ここがカタリナにとってもっとも癒される場所であるらしく、同じ年代の女子であるイリーシャやシエナ、さらには妖精のエニスが食いついた。
「しかし、本当に広い庭園だなぁ。うっかりしていると迷子になりそうだ」
「管理が大変そうですね……」
「そうでもないですよ。特に私は植物が好きなので、ここの手入れはほとんど趣味みたいなものです」
大人たちは大人たちで、のんびりと世間話をしている。
その後、各自散らばって庭園での自由な時間を楽しんだ。
カタリナからの提案により、昼食はピクニック気分を味わうため、サンドウィッチを中心に軽食で済ませることに。
子どもたちが楽しんでいる声を聞きながら、ドミニクは少し離れた位置で剣を構えていた。
頭にあるのは今日の夕方から始まる騎士団の入団審査。
それに向けて、剣の素振りを行っていた。
「ワシがおれば問題なかろう」
ドミニクの自主訓練を見守りながらも、エヴァがそんなことを呟く。
もちろん、それは百も承知だ。
「確かにエヴァさんの魔力は強力ですが……それを操る俺自身が未熟だと、生かしきれないと思うんです」
どんなに強大な力を持っていても、それを発揮できる技術がなければ意味をなさない。この考えから、ドミニクはこれまで以上に鍛錬を重ねる必要があると強く思った。
いずれ、エヴァが自分のもとを去っても、しっかり戦えるように。
「……良い心がけじゃな、ドミニクよ。実際、思っていてもそれを実行できる者は多くないじゃろう。それを実践しているだけでも十分偉いとワシは思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
霊竜エヴァに真正面から褒められて、ドミニクはちょっと照れる。
それからもドミニクは入団審査を想定した自主鍛錬に励む。
そして――世界が夕焼けでオレンジ色に染まる頃。
仲間はもちろん、カルネイロ家当主のフロイデンや娘のカタリナ、そしてイザベラを含む多くの使用人たちと共に、審査官の到着を待った。
そしてとうとう、
「あっ! あの場所ですわ!」
カタリナが声をあげ、こちらに向かって進む馬車を指差した。その馬車にはラドム王国の紋章と、騎士団の象徴とされる国鳥が描かれていた。
「いよいよ、か……」
緊張感がグッと高まる。
やがて、馬車は屋敷の門前で停まり、中から騎士団の制服に身を包んだ男が出てきた。
右目に眼帯をつけた偉丈夫。
誰がどう見ても「猛者」と判断できるオーラをまとっていた。
「つ、強そうですね……」
強者の雰囲気に、ゴクッとアンジェは唾を飲み、子どもたちはその見た目だけですっかり怯えてしまっていた。
さらに、フロイデンから驚くべき情報がもたらされた。
「バカな……五剣聖のハインリッヒだと!?」
五剣聖。
ドミニクにとっては初めて耳にする言葉であるが、どう転んでも自分にとって不利にしか働かない言葉であることはなんとなく理解できた。
「あ、あの、五剣聖というのは……?」
「……ラドム王国騎士団には、騎士団長と副騎士団長を除いても、特に力のある五人の騎士がいる。人は彼らを五剣聖と呼ぶんだ。おまけに、今やって来たハインリッヒという男は、その五剣聖の中でも最強と評される男……」
つまり、騎士団の中でも実力上位の人物がやってきたのである。ドミニクにとっては考えられる限り最低の大戦相手というわけだ。
「ご無沙汰しています、フロイデン様」
「う、うむ。しかし、まさかお主が審査官でやって来るとはな。正直、驚いたぞ」
「私の率いている部隊は明日から遠征に入るので、今日は少し肩慣らしという意味も込めて志願しました」
言い終えると、ハインリッヒはドミニクへ視線を移す。
「君が入団志願者だな?」
「あ、は、はい」
ハインリッヒはドミニクの全身をジロジロと観察し、そして首を傾げた。
「うーむ……フロイデン様の推薦ということで相当な猛者と期待をしておりましたが……これは正直……」
言いにくそうに語るハインリッヒ。
期待外れだな、という感想を持ったようだ。
「まあ、どんな実力か……見てやってくれ」
「分かりました。ならば早速――」
ハインリッヒはボキボキと指を鳴らす。
「始めようか――ドミニク」
「は、はい!」
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