引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい

連載

第１６９話 帰路

　ディアズさんの家で過ごす夜はとても楽しかった。
　思えば、騎士団を去って学園の教師となってからの俺は常に誰かに何かを教えるという立場にあった。ラウシュ島の調査団でも、団長という周りを率いるポジションとなっている。

　だから、ディアズさんのように「元上司と部下」という立ち位置でする会話はとても久しぶりであり、なんだか妙な新鮮さがあった。

　会話の内容は、おもに俺が去ってからの騎士団の話と、俺が教師としてどのような道をたどっていったかについてだった。
　お互いに忙しく、特に騎士団は長期に渡って国外へ遠征するということもあったため、なかなか顔を合わせる機会がなかった。そうこうしているうちにディアズさんは騎士団を定年退職され、俺は学園を追われ……もう会えないかもしれないと内心思っていただけに俺としても嬉しい限りだ。

　楽しい夜は過ぎていき――気がつくと、俺は深い眠りの中についていた。


　　◇◇◇


　翌朝。

「では、これにて失礼します」
「忙しい身であるのは重々承知しておるが……またいつでも来てくれよ」
「ありがとうございます。島の開拓がひと段落したら、今度は教え子たちと一緒に必ず来ますよ」
「オーリンの教え子か……それは楽しみだな」

　最後に握手を交わして、俺はディアズさんの家を発った。

　帰路を進む中で、これまでに入った情報を整理してみる。
　まず、レティシアについて……再会できる可能性は極めて低いだろう。どういう経緯でその決断を下しかは不明だが、反乱軍という危険な組織に身を投じていることが分かったのは大きい。

　彼女の性格からして、実の娘を放りだしていくとは考えられない。
　恐らく、きちんと生活ができるように何か手を売ってはいたが、それがうまくいかない状況になってしまったのだろう。それがハッキリとするまで、ラシェルはうちで預かるしかないな。

　一方、レゾン王国の騎士であるマーサについては特に目新しい情報がなかった。
　彼女は何かしらの使命を持ってラウシュ島へとやってきたはず――だが、嵐に巻き込まれて記憶を失ってしまった。
　マーサが目指していたのは、きっとラウシュ島に隠された謎につながるはず。
　それを解き明かすためにもさらなる調査が必要だな。

　あと気になるのは、レゾン王国の元老院の存在だ。

　ディアズさんは情報が少ないということでそこまで言及はしなかったが……俺は何だか嫌な予感がしていた。
　別に、何かそれにまつわる噂を聞いていたとかではなく、直感という根拠も何もないものだが……不思議と放ってはおけない感じがした。

　いくつか新しく分かったことがあっても、それと同じくらい新しい謎も増えた。
　レゾンとギアディスの連合軍は未だに動きを見せないまま……近いうちに再び侵略行為を始めるのだろうが、ここまで静かだと逆に不気味だな。

　とにかく、今後のことも踏まえてすぐにみんなへ報告しなければ。
　そう思った俺は跨る馬のスピードを上げ、エストラーダへと急ぐのだった。