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北方領ペルゼミネ編

第88話  雪の森での戦闘

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「あまり悠長に待っているのは好きではないのだがな」

 フェイゼルタットは落ち着かない様子で本部テント前を右往左往。
 ただ、闇雲に突っ込んでも無駄に体力を消耗するだけというのは本人もよくわかっているので、捜索に出た部隊からの信号弾をひたすら待っていた。

「焦っても仕方がないぞ」
「わかっている。――だがな、姉のレアフォードの身にもし何かあったら、隔離竜舎で苦しんでいる同志たちを治すことはできない」

 フェイゼルタットの言い分はもっともだった。

「それだけど……妹の病竜は今どうしているんだ?」
「あいつなら巣の奥で怯えている。もともと、活発な姉とは違って派手に動き回るのは大嫌いなヤツだからな。ゆえに、レアフォードたち姉妹は人間の目の届かないこの森の奥深くで暮らしていたのだ」
「そうなのか。……なら、その姉妹の姉が狙われている理由について心当たりは?」
「ないな。癒竜――あらゆる病を癒す能力は戦闘向きではないとはいえ、使い勝手はいいから欲しがる者はいるのだろうが……このペルゼミネを敵に回してまで欲しがるほどなのかと疑問符がつく。そもそも、あいつが妹を置いて誰かのもとにつくなど考えられないがな」

 親交のあるフェイゼルタットならではの見解だった。

「それに、隔離竜舎から姿を消した残りの2匹の安否も気になる」

 国家戦力であり仲間でもある行方不明の竜人族――その2匹についてもなんの音沙汰もないという事実が、フェイゼルタットを余計に焦らせていた。

「かなり焦っているようね」
「勝手に飛び出していかないか、ちょっと不安になりますね」

 ブリギッテとカレンも、フェイゼルタットを心配しているようだ。

「うーん……俺は住処で怯えているという双子の妹竜人族が気になるな」
「病竜ミルフォードですね」
「たしかに、狙われているのが姉だけとは限らないものね」

 今こうしている間にも、ミルフォードに危機が迫っているかもしれない。マイナスな想定を重ねていくうちに、颯太たちもそわそわと動き回る姿が目立ち始めた。――と、

 ズオォン!

「! また雪崩だ!」

 激しい揺れと、遠くで舞い上がる雪を視認し、それが雪崩によるものだと頭で結論付けた直後――待ちに待った信号弾が上がった。

「来たぞ! 合図だ!」
 
 姉のレアフォードを発見したという一報に、フェイゼルタットが声を荒げる。

「ついに見つけたか! すぐに出撃するぞ!」

 音を聞きつけて本部テントから出てきたルコードは、すぐさま待機させていた突撃部隊に命令する。それを確認して、

「先に行っているぞ!」

 フェイゼルタットがいの一番に飛び出して――行こうとしたが、一旦ブレーキをして颯太の方へ駆け寄ると、

「おまえも来い」
「へ?」
「相手に人間がいる。おまえにはヤツへの通訳として私に同行してもらうぞ」
「ちょ――」

 有無を言わさず、フェイゼルタットは颯太を手荷物かのように軽々と持ち上げて高々と大ジャンプ。あまりにも突然の出来事にポカンと口を開けたままのブリギッテたちを置き去りにして、颯太とフェイゼルタットの影は雪で白く染まる森の奥へと消えた。

「同志フェイゼルタットに後れを取るな! レアフォードの救出に全力を注げ!」

 ルコードの号令で、編制されたレアフォード救出部隊が信号弾の上げられた位置へ向けて一斉に出撃した。


 ◇◇◇


 代わり映えのしない景色が続く。

 持ち上げたままではさすがに移動しづらいと言うフェイゼルタットからの申告を受け、一時的にお姫様だっこをされる形となったが、これはこれで倫理的にも絵面的にも耐えがたいという颯太の魂を込めた説得で却下。結局、ドラゴン形態へと姿を変えたフェイゼルタットの背中に乗って進むことにした。

 フェイゼルタットはメアたちとは違い、翼を持たないタイプのドラゴンだったようで、雪に覆われた山道をひた走る。

 そして――

「! レア!」

 叫ぶフェイゼルタットの視線の先――大木の幹に身を預けて呼吸を整えている癒竜レアフォードの姿があった。

 赤と黒が混じった独特の髪色に目尻が少し下がった緩いタレ目の少女。
 あれが、癒竜レアフォードらしい。

「無事だったか!」

 人間形態へと戻ったフェイゼルタットが一心不乱に駆け寄った。

「フェイ……なぜここに? 竜騎士団はどうした?」
「それよりもおまえの身の安全が大切だ」
「俺のことはどうだっていいんだ」
「そういうわけにもいかん。――ケガをしたのか!?」
「ちょっと擦りむいただけだ」

 擦りむいただけというが、出血もしており、1人ではうまく立ち上がれない様子を見る限りけして軽傷とは思えなかった。それでも、頑なに「平気だって!」と言い張る癒竜レアフォードは、負けず嫌いで男勝りな性格のようだ。

「おまえを襲った、あのふざけた竜人族はどこに行った?」
「ここにいますよ」

 唐突に割り込んできた第三の声。 
 その主は、

「おまえは――」
「これはこれは、リンスウッド・ファームのオーナーさんまでいらっしゃるとは」

 舞踏会の夜にハルヴァを襲撃した、あのローブの男だった。
 その横には竜人族ナインレウスの姿もある。

「貴様か……人の土地で随分と好き勝手暴れてくれるじゃないか。それだけにとどまらず、我が朋友レアフォードを追い回すとは――覚悟はできているんだろうな?」

 抑え込まれていた殺気が一気に解放され、フェイゼルタット眼光に鋭さが増した。

「ソータ、おまえはレアを頼む」
「あ、ああ」
「! え? なんでフェイの言葉がわかるんだよ!?」
「詳しい事情は後で説明する。さあ、こっちへ」

 負傷したレアフォードの肩を抱き、現場から遠ざかる颯太。
 すぐに追いかけようとする前進するローブの男とナインレウスの前にフェイゼルタットが立ちはだかった。

「これ以上この地で傍若無人な振る舞いができると思うなよ」

 今にも飛びかからんとする獰猛な目つき。
 その気迫に、ローブの男は足を止めてナインレウスへ視線を送る。

「ナイン」
「…………」

 ローブの男に名を呼ばれたナインは両手を前方へ突き出す。
 あの構えには見覚えがあった。

「! 気をつけろ、フェイゼルタット! あいつは斬撃を飛ばす能力を持っているぞ!」
「斬撃を飛ばすだと? ――面白い!」

 何を思ったのか、フェイゼルタットはガバッと両手を広げた。あれでは的になっているようなものだ。

「さあ、撃って来るがいい!」

 さらに相手を挑発する。
 しかし、フェイゼルタットは意に介したよう様子はなく、舞踏会の夜にキルカジルカへ放ったような目に見えない斬撃を飛ばしてきた。

 立ち並ぶ木々の幹をズタズタに引き裂きながら、フェイゼルタットへ向かってくる数えきれない斬撃――と、


 ガン! 
 ギン! 


「うっ!?」

 金属同士がぶつかり合うような不快な音に、颯太はたまらず耳を塞いだ。
 間違いなく、斬撃はひとつ残らずフェイゼルタットに直撃した――はずなのだが、当のフェイゼルタット自身は先ほどと変わらず両手を広げた状態で立っている。

「その程度か?」

 痛くも痒くもないと言わんばかりに、フェイゼルタットはナインレウスの攻撃を鼻で笑い飛ばした。

「ど、どうなっているんだ……」

 なぜ、フェイゼルタットは無傷なのか。
 その答えは――その能力にあった。

「そういえばまだ名乗っていなかったな。――我が名は《鎧竜》フェイゼルタット。重厚な鎧をも凌駕するこの強固な体にそう易々と傷はつけられぬぞ?」

 自慢げに言い放つフェイゼルタットはナインレウスへゆっくりと歩み寄る。
 
「貴様の能力――残念ながら、我が能力との相性は最悪なようだな」

 たしかに、ナインレウスの攻撃を真正面から受け止めても無傷でいるフェイゼルタットの様子から、これ以上の交戦は無意味に思える。

 ――が、ローブの男は口元を歪めて、

「君の言う通り、今のナインの能力では太刀打ちできそうにないね」
「今の?」
「そう。今の能力では、ね。――ナイン……別の能力を使うんだ」

 その言葉に、ナインは頷くことで返事をし、そして、

「! な、なんだと!?」

 光に包まれたナインレウスは、その髪や瞳の色を大きく変化させた。
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