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第1話 追放された育成者
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「今日もいい天気だな」
ベッドから起きて早々に、俺は窓の前に立って大きく伸びをしながらそう呟く。
独り言を始めるのは寂しさの裏返しなんて話も聞くが、今日に関しては声に出して言いたくなるくらいの晴天なのだから仕方がない。それに、おかげで朝から晴れやかな気分になり、今日も仕事を頑張ろうという活力が湧いてきたからヨシとしよう。
テーブルの上に山積みされたトマトを一つ掴み、それをかじりながら家を出た。十歩ほど進めばもう職場である学園寮に到着だ。
「さて、そろそろか」
しばらく待っていると、寮から学生たちが出てくる。
うん。
今日もみんないい顔をしているな。
「おはようございます」
「おはよっす」
「おはよ~」
「おう! 気をつけていけよ!」
爽やかな笑顔で挨拶をしてくれる学園の生徒たち。
王立魔剣学園に通っているだけあり、全員がその将来を嘱望されていた。ここは家柄や種族に関係なく、有能な人材を集めるという学園長の理念のもとに運営されているのだが、その心意気が学生たちに好影響を与えているのは間違いないな。
すべての生徒を見送ると、俺は早速仕事をしようとするが――
「ルーシャスよ! 吾輩のメシがないにゃ!」
管理小屋から出てきたのは同僚(?)のラドルフ。
同僚と言っても、人間ではない。
俺の仕事をサポートするために学園長が用意してくれた猫型の使い魔だ。
「おっと、すまない。すっかり忘れていたよ」
「まったく……しっかりしてほしいにゃ」
謝罪をしつつ、ラドルフに朝食を与えてから改めて仕事へと移る。
今日はまず花壇の整備だったな。
「さて、そろそろ始めるか」
一旦、道具を取るために管理人専用の小屋へと戻ることに。
それにしても……しがない冒険者だった俺が、まさか王立魔剣学園寮の管理人になるなんてなぁ。
すべての始まりは――今から二ヶ月くらい前になるかな。
◇◇◇
――二ヶ月前。
大陸にその名を轟かせる超一流の冒険者パーティー【星鯨】――俺はそのパーティーが誕生した時から所属している最古参だ。
当時のメンバーは剣士のブリング、魔法使いのネビス、闘士のバランカ、商人のアリーに育成者のスキルを持つ俺ことルーシャスの五人組。全員が同じ村出身の若者で、都会に出てのし上がってやろうと野心に燃えていた。
俺たちは全員が特に優れたスキルや突出した才能を持っているわけではない。平凡でパッとしない駆けだし冒険者の日々だった。
そんな中で、俺は数少ない【育成スキル】の持ち主だった。これは他者を育てて強くするという変わりもの。自分自身が強くなるわけではないから、不人気の部類に入るスキルではあるのだが、俺はこれで日々仲間たちを強化していった。
高額で上質な武器やアイテムは手に入れられないので、実績を積むのに時間はかかったものの、次第に高難度のクエストもこなせるようになり、気づけば周囲から一目を置かれるようになっていった。
こうした快進撃もあって、今ではメンバーが五十人以上という超巨大パーティーにまで成長し、冒険者にかかわる者であれば一度は名を聞いたことがある存在へと成長できたのだ。
俺も誇らしかった。
強くなった仲間たちの前では、戦闘面で役に立てることなどほとんどなくなったけど、その分、彼らが活躍してくれたら俺はそれで十分満足できていたのだ。
――あの日を迎えるまでは。
◇◇◇
この日も、新しく入った者たちとダンジョンでの探索を追え、宿屋へと戻ってきた俺はリーダーであるブリングの部屋へ呼び出された。
新人たちへ育成スキルをどのように使用したのか――その報告だと思っていたのだが、ブリングが口にした言葉に、俺は耳を疑った。
「おまえとは今日限りだ、ルーシャス」
そう告げられたのだ。
「きょ、今日限りって……」
「早い話がクビだよ。荷物をまとめてとっとと失せな」
「待ってくれ! どういうことだ!」
「どういうことって……なら聞くが、今日のおまえの稼ぎはいくらだ?」
「えっ……?」
「ネビスもバランカもアリーも、それぞれのパーティーでたんまり稼いできた。おまえたちはどうだったのかって聞いてんだよ」
今日の稼ぎだと?
俺の担当は新人の育成だ。それをして来いと言ったのは他の誰でもない、目の前にいるブリング本人のはず。
一応、ある程度のクエストはこなしているので収益がないわけではないが、一流冒険者となった他のメンバーのパーティーに比べると微々たるものだろう。
その額を報告すると、ブリングはわざとらしくため息をつく。
「その程度の稼ぎしかねぇんなら、もうおまえの育成スキルは必要ないな」
「っ!」
「おまえのところにいる若いのは他のメンバーのパーティーに回す。ヤツらには実戦で鍛えていけばいい」
「無茶だ! いきなり実戦に投入してどうなるか――俺たちはそれをよく知っているじゃないか!」
「だが、素質はある――そう言ったのは他の誰でもない、おまえ自身だろう?」
「それはそうだが……」
「なら、即戦力として実戦に投入する。そっちの方が連中のタメになるってもんだ」
確かに、今俺が抱えている四人の若者は将来有望だ。
しかし、今のダンジョンからネビスたちが探索している高難度ダンジョンに挑戦させるのは無茶だ。断言してもいい。
……かつて、平凡なパーティーだった頃はとにかく苦労の連続だった。貧しくて装備もまともに揃えられないなど、裕福になった今では考えられない時代だ。
それでも、コツコツと強くなっていった。
ブリングもそれを分かっているはずなのに……忘れてしまったのか?
「おら! 分かったのならとっとと失せろ! おまえがどれだけ足掻こうが、このパーティーの中ではリーダーである俺の決定は絶対――何があっても覆らねぇよ!」
「……そうか」
肩を落とし、俺は踵を返して歩きだす。
若手たちの今後は心配だけど……彼らが順調に育てば、どんなダンジョンも攻略できる逸材に成長できるはずだ。あとはこれまで攻略してきたダンジョンよりも高難度に挑んだ際に感じるだろう現状での実力差――それに絶望せず、しっかりと前を向いて歩きだせれば問題ないのだが……それを心配したところで、俺にはどうすることもできない。
せめて、祈ろう。
無事に育ってくれることを。
◇◇◇
パーティーをクビになってから一ヵ月が経った。
俺は冒険者が多く集まるカルドア王国のベルテという町に来ているが、ここでも次の所属先が見つからない状況となっている。
「まいったなぁ……」
問題は――やはり、俺に戦闘力がほとんどないという点だった。
育成スキルを駆使すればパーティーを強化できるというのが一番のセールスポイントではあるものの、これまであまり表立って実績があるスキルではないため、まったく相手にされなかった。
やっぱり、自分自身が強くなるスキルじゃないと人気がないんだよなぁ。
俺としては成長して強くなっていく人を見ると嬉しくなるんだけど……そういう教師みたいなタイプは稀らしい。
「どうしたものかなぁ……」
ある程度の貯えがあるとはいえ、そろそろ厳しくなってきた。
安価な採集クエストをこなしつつ、パーティーを探すのも、そろそろ限界だな。
「仕方がない。探す職の幅を広げるか」
これまでは今までの経験を生かすべく冒険者として生活していこうと考えていたが、ここまでどうしようもないのではいずれお金が底をつく。それまでに新しい仕事を探さないと。
とりあえず、王都にでも行けば仕事が見つかるだろうと思い、今いる町から出ていこうと歩きだした――まさにその時。
「きゃああああああああああああ!!」
女性の叫び声が聞こえた。
直後、目の前にいた人々が左右に飛び退いて何かを避けていく。
それは馬車だった。
どうやら馬が暴走しているらしい。
――と、
「あっ!」
思わず俺は叫ぶ。
馬車の窓から、貴族と思われる女の子が半身を外へと出していたのだ。
恐らく逃げ遅れたのだろう。
パニックとなり、外へ出ようとしているようだが、あのままでは振り落とされてしまう。馬車のスピードも凄まじく、彼女の長いオレンジ色の髪がバサバサと風もないのに勢いよくなびいていた。
「まずい!」
気がつくと、俺は走りだしていた。こっちまで巻き添えを食らって大怪我を負う可能性もあるが、そんな細かいことを考えるよりも先に「助けなくては」という思考が全身を支配して体を動かしていたのだ。
馬が曲がり角を進むために大きく体を横に揺すると、その反動で少女の体は宙を舞った。
「くそっ!」
スマートに受け止められる状況じゃない。
とにかく、あの子の体が地面に打ちつけられるよりも先にキャッチしなければという気持ちが先行し、結果として俺は彼女の下敷きになるような形となってしまった。
やれやれ……こんなところまで不格好だとは……我ながら情けない。
――と、嘆いている場合じゃなかった。
「君、大丈夫か?」
「は、はい……助けていただき、ありがとうございました」
助かったとはいえ、未だに恐怖心が拭えないらしく、少女の声は震えていた。
すると、そこへひとりの女性が近づいてくる。
「ミアンさん!」
水色のショートカットヘアーにメガネをかけた、どこか知的な雰囲気のする美人がこちらへと駆け寄ってくる。彼女の保護者――というより、従者か或いは家庭教師といったところか。
関係者らしいので詳しく事情を説明しようと思ったのだが、
「あれ?」
「あら?」
俺とその女性――サラは見つめ合ったまま固まる。
無理もない。
俺と同じく、パーティー【星鯨】に所属していた冒険者だったが、彼女は途中で抜けてそれから何年も会っていなかったからな。
とりあえず、場所を変えて話をすることとなった。
その場所とは――近くにあるおしゃれなカフェ。
馬車による暴走騒動の後始末はミアンという少女の実家であるローランズ家の者たちが対応するらしい。
それにしても……まさかこの子が公爵家であるローランズ家のご令嬢とは。今も優雅にお茶を嗜んでいるが、彼女が来店したと同時に貸し切り状態となったからなぁ……影響力はめちゃくちゃ強いみたいだ。
「久しぶりね、ルーシャス」
「ああ、三年ぶりかな? メガネをかけていたから最初は分からなかったよ」
「ちょっと視力が落ちちゃってねぇ……それより、元気にしていた?」
「おかげさまで――と、言いたいところではあるのだが……正直、景気のいい状態とは呼べないな」
「そうなの? 【星鯨】の快進撃は冒険者稼業から身を引いた私の耳にも入ってくるくらいなのに?」
「確かに、パーティーとしては順風満帆なんだろうけど……俺はつい先日そこをクビになったばかりでね」
「えぇっ!?」
隣でお茶を飲んでいたミアン様が驚いてむせるくらいの大声で驚くサラ。
何もそこまで大袈裟に反応しなくてもいいのに。
「……言いだしたのはブリングね? 前々から危ういヤツだとは思っていたけど、パーティーをあそこまで大きくできた最大の功労者であるルーシャスを追いだすなんて……本当に何を考えているのかしら!」
腕を組み、怒りをあらわにするサラ。
そういえば、彼女がパーティーを抜けるきっかけになったのは、リーダーであるブリングの執拗なセクハラだったな。『このパーティーで上に行きたければもっと愛想よくするんだな』って話していたのを覚えている。
結果として、サラはパーティーを離れる決断を下した。
それが今では――
「そういうサラは……ご令嬢の家庭教師に転職したのか?」
「いいえ。私は王立魔剣学園で剣術を教えているわ」
「学園で剣術を? というと、今は教師なのか?」
「まあね。苦労したわよぉ、教員資格取得するの――って、あっ!」
再び叫ぶサラ。
今度はミアン様も予想をしていたのか、噴きださずにグッとこらえた。学習能力のある人だなぁという変な感心はさておき、まずはサラの反応についてだ。
「今度はどうした?」
「あ、あの、ルーシャスは……今どこかのパーティーに所属している?」
「いや、俺自身に戦闘能力はないからなぁ……育成スキルを活用しようにも、なかなか効果を証明しづらいし。そんなわけだから、元【星鯨】のメンバーと言っても信用してもらえなくてね」
「じゃあ、今はフリーってことね?」
「そうなるな」
俺の所属を確認し終えると、サラはメガネの縁を指先でクイッと上げると、
「いい職場があるんだけど……興味ないかしら?」
そう告げた。
「いい職場? まさか、学園なんて言うんじゃないだろうな」
「あら、さすがに勘がいいわね」
「えっ……? マジなのか……?」
それはさすがに無茶じゃないか?
さっき本人も言っていたが、教員になるためには合格率の低い試験を突破する必要がある。頭の良かったサラならともかく、俺はそういうのに向いていないんだよなぁ。
「悪いが、俺に勉強は――」
「そうじゃないわ。あなたには学生たちの暮らす学園寮の管理人をやってもらいたいの」
「学園寮の……管理人?」
俺は首を傾げる。
学園寮の管理人って……どんな仕事なんだ?
ベッドから起きて早々に、俺は窓の前に立って大きく伸びをしながらそう呟く。
独り言を始めるのは寂しさの裏返しなんて話も聞くが、今日に関しては声に出して言いたくなるくらいの晴天なのだから仕方がない。それに、おかげで朝から晴れやかな気分になり、今日も仕事を頑張ろうという活力が湧いてきたからヨシとしよう。
テーブルの上に山積みされたトマトを一つ掴み、それをかじりながら家を出た。十歩ほど進めばもう職場である学園寮に到着だ。
「さて、そろそろか」
しばらく待っていると、寮から学生たちが出てくる。
うん。
今日もみんないい顔をしているな。
「おはようございます」
「おはよっす」
「おはよ~」
「おう! 気をつけていけよ!」
爽やかな笑顔で挨拶をしてくれる学園の生徒たち。
王立魔剣学園に通っているだけあり、全員がその将来を嘱望されていた。ここは家柄や種族に関係なく、有能な人材を集めるという学園長の理念のもとに運営されているのだが、その心意気が学生たちに好影響を与えているのは間違いないな。
すべての生徒を見送ると、俺は早速仕事をしようとするが――
「ルーシャスよ! 吾輩のメシがないにゃ!」
管理小屋から出てきたのは同僚(?)のラドルフ。
同僚と言っても、人間ではない。
俺の仕事をサポートするために学園長が用意してくれた猫型の使い魔だ。
「おっと、すまない。すっかり忘れていたよ」
「まったく……しっかりしてほしいにゃ」
謝罪をしつつ、ラドルフに朝食を与えてから改めて仕事へと移る。
今日はまず花壇の整備だったな。
「さて、そろそろ始めるか」
一旦、道具を取るために管理人専用の小屋へと戻ることに。
それにしても……しがない冒険者だった俺が、まさか王立魔剣学園寮の管理人になるなんてなぁ。
すべての始まりは――今から二ヶ月くらい前になるかな。
◇◇◇
――二ヶ月前。
大陸にその名を轟かせる超一流の冒険者パーティー【星鯨】――俺はそのパーティーが誕生した時から所属している最古参だ。
当時のメンバーは剣士のブリング、魔法使いのネビス、闘士のバランカ、商人のアリーに育成者のスキルを持つ俺ことルーシャスの五人組。全員が同じ村出身の若者で、都会に出てのし上がってやろうと野心に燃えていた。
俺たちは全員が特に優れたスキルや突出した才能を持っているわけではない。平凡でパッとしない駆けだし冒険者の日々だった。
そんな中で、俺は数少ない【育成スキル】の持ち主だった。これは他者を育てて強くするという変わりもの。自分自身が強くなるわけではないから、不人気の部類に入るスキルではあるのだが、俺はこれで日々仲間たちを強化していった。
高額で上質な武器やアイテムは手に入れられないので、実績を積むのに時間はかかったものの、次第に高難度のクエストもこなせるようになり、気づけば周囲から一目を置かれるようになっていった。
こうした快進撃もあって、今ではメンバーが五十人以上という超巨大パーティーにまで成長し、冒険者にかかわる者であれば一度は名を聞いたことがある存在へと成長できたのだ。
俺も誇らしかった。
強くなった仲間たちの前では、戦闘面で役に立てることなどほとんどなくなったけど、その分、彼らが活躍してくれたら俺はそれで十分満足できていたのだ。
――あの日を迎えるまでは。
◇◇◇
この日も、新しく入った者たちとダンジョンでの探索を追え、宿屋へと戻ってきた俺はリーダーであるブリングの部屋へ呼び出された。
新人たちへ育成スキルをどのように使用したのか――その報告だと思っていたのだが、ブリングが口にした言葉に、俺は耳を疑った。
「おまえとは今日限りだ、ルーシャス」
そう告げられたのだ。
「きょ、今日限りって……」
「早い話がクビだよ。荷物をまとめてとっとと失せな」
「待ってくれ! どういうことだ!」
「どういうことって……なら聞くが、今日のおまえの稼ぎはいくらだ?」
「えっ……?」
「ネビスもバランカもアリーも、それぞれのパーティーでたんまり稼いできた。おまえたちはどうだったのかって聞いてんだよ」
今日の稼ぎだと?
俺の担当は新人の育成だ。それをして来いと言ったのは他の誰でもない、目の前にいるブリング本人のはず。
一応、ある程度のクエストはこなしているので収益がないわけではないが、一流冒険者となった他のメンバーのパーティーに比べると微々たるものだろう。
その額を報告すると、ブリングはわざとらしくため息をつく。
「その程度の稼ぎしかねぇんなら、もうおまえの育成スキルは必要ないな」
「っ!」
「おまえのところにいる若いのは他のメンバーのパーティーに回す。ヤツらには実戦で鍛えていけばいい」
「無茶だ! いきなり実戦に投入してどうなるか――俺たちはそれをよく知っているじゃないか!」
「だが、素質はある――そう言ったのは他の誰でもない、おまえ自身だろう?」
「それはそうだが……」
「なら、即戦力として実戦に投入する。そっちの方が連中のタメになるってもんだ」
確かに、今俺が抱えている四人の若者は将来有望だ。
しかし、今のダンジョンからネビスたちが探索している高難度ダンジョンに挑戦させるのは無茶だ。断言してもいい。
……かつて、平凡なパーティーだった頃はとにかく苦労の連続だった。貧しくて装備もまともに揃えられないなど、裕福になった今では考えられない時代だ。
それでも、コツコツと強くなっていった。
ブリングもそれを分かっているはずなのに……忘れてしまったのか?
「おら! 分かったのならとっとと失せろ! おまえがどれだけ足掻こうが、このパーティーの中ではリーダーである俺の決定は絶対――何があっても覆らねぇよ!」
「……そうか」
肩を落とし、俺は踵を返して歩きだす。
若手たちの今後は心配だけど……彼らが順調に育てば、どんなダンジョンも攻略できる逸材に成長できるはずだ。あとはこれまで攻略してきたダンジョンよりも高難度に挑んだ際に感じるだろう現状での実力差――それに絶望せず、しっかりと前を向いて歩きだせれば問題ないのだが……それを心配したところで、俺にはどうすることもできない。
せめて、祈ろう。
無事に育ってくれることを。
◇◇◇
パーティーをクビになってから一ヵ月が経った。
俺は冒険者が多く集まるカルドア王国のベルテという町に来ているが、ここでも次の所属先が見つからない状況となっている。
「まいったなぁ……」
問題は――やはり、俺に戦闘力がほとんどないという点だった。
育成スキルを駆使すればパーティーを強化できるというのが一番のセールスポイントではあるものの、これまであまり表立って実績があるスキルではないため、まったく相手にされなかった。
やっぱり、自分自身が強くなるスキルじゃないと人気がないんだよなぁ。
俺としては成長して強くなっていく人を見ると嬉しくなるんだけど……そういう教師みたいなタイプは稀らしい。
「どうしたものかなぁ……」
ある程度の貯えがあるとはいえ、そろそろ厳しくなってきた。
安価な採集クエストをこなしつつ、パーティーを探すのも、そろそろ限界だな。
「仕方がない。探す職の幅を広げるか」
これまでは今までの経験を生かすべく冒険者として生活していこうと考えていたが、ここまでどうしようもないのではいずれお金が底をつく。それまでに新しい仕事を探さないと。
とりあえず、王都にでも行けば仕事が見つかるだろうと思い、今いる町から出ていこうと歩きだした――まさにその時。
「きゃああああああああああああ!!」
女性の叫び声が聞こえた。
直後、目の前にいた人々が左右に飛び退いて何かを避けていく。
それは馬車だった。
どうやら馬が暴走しているらしい。
――と、
「あっ!」
思わず俺は叫ぶ。
馬車の窓から、貴族と思われる女の子が半身を外へと出していたのだ。
恐らく逃げ遅れたのだろう。
パニックとなり、外へ出ようとしているようだが、あのままでは振り落とされてしまう。馬車のスピードも凄まじく、彼女の長いオレンジ色の髪がバサバサと風もないのに勢いよくなびいていた。
「まずい!」
気がつくと、俺は走りだしていた。こっちまで巻き添えを食らって大怪我を負う可能性もあるが、そんな細かいことを考えるよりも先に「助けなくては」という思考が全身を支配して体を動かしていたのだ。
馬が曲がり角を進むために大きく体を横に揺すると、その反動で少女の体は宙を舞った。
「くそっ!」
スマートに受け止められる状況じゃない。
とにかく、あの子の体が地面に打ちつけられるよりも先にキャッチしなければという気持ちが先行し、結果として俺は彼女の下敷きになるような形となってしまった。
やれやれ……こんなところまで不格好だとは……我ながら情けない。
――と、嘆いている場合じゃなかった。
「君、大丈夫か?」
「は、はい……助けていただき、ありがとうございました」
助かったとはいえ、未だに恐怖心が拭えないらしく、少女の声は震えていた。
すると、そこへひとりの女性が近づいてくる。
「ミアンさん!」
水色のショートカットヘアーにメガネをかけた、どこか知的な雰囲気のする美人がこちらへと駆け寄ってくる。彼女の保護者――というより、従者か或いは家庭教師といったところか。
関係者らしいので詳しく事情を説明しようと思ったのだが、
「あれ?」
「あら?」
俺とその女性――サラは見つめ合ったまま固まる。
無理もない。
俺と同じく、パーティー【星鯨】に所属していた冒険者だったが、彼女は途中で抜けてそれから何年も会っていなかったからな。
とりあえず、場所を変えて話をすることとなった。
その場所とは――近くにあるおしゃれなカフェ。
馬車による暴走騒動の後始末はミアンという少女の実家であるローランズ家の者たちが対応するらしい。
それにしても……まさかこの子が公爵家であるローランズ家のご令嬢とは。今も優雅にお茶を嗜んでいるが、彼女が来店したと同時に貸し切り状態となったからなぁ……影響力はめちゃくちゃ強いみたいだ。
「久しぶりね、ルーシャス」
「ああ、三年ぶりかな? メガネをかけていたから最初は分からなかったよ」
「ちょっと視力が落ちちゃってねぇ……それより、元気にしていた?」
「おかげさまで――と、言いたいところではあるのだが……正直、景気のいい状態とは呼べないな」
「そうなの? 【星鯨】の快進撃は冒険者稼業から身を引いた私の耳にも入ってくるくらいなのに?」
「確かに、パーティーとしては順風満帆なんだろうけど……俺はつい先日そこをクビになったばかりでね」
「えぇっ!?」
隣でお茶を飲んでいたミアン様が驚いてむせるくらいの大声で驚くサラ。
何もそこまで大袈裟に反応しなくてもいいのに。
「……言いだしたのはブリングね? 前々から危ういヤツだとは思っていたけど、パーティーをあそこまで大きくできた最大の功労者であるルーシャスを追いだすなんて……本当に何を考えているのかしら!」
腕を組み、怒りをあらわにするサラ。
そういえば、彼女がパーティーを抜けるきっかけになったのは、リーダーであるブリングの執拗なセクハラだったな。『このパーティーで上に行きたければもっと愛想よくするんだな』って話していたのを覚えている。
結果として、サラはパーティーを離れる決断を下した。
それが今では――
「そういうサラは……ご令嬢の家庭教師に転職したのか?」
「いいえ。私は王立魔剣学園で剣術を教えているわ」
「学園で剣術を? というと、今は教師なのか?」
「まあね。苦労したわよぉ、教員資格取得するの――って、あっ!」
再び叫ぶサラ。
今度はミアン様も予想をしていたのか、噴きださずにグッとこらえた。学習能力のある人だなぁという変な感心はさておき、まずはサラの反応についてだ。
「今度はどうした?」
「あ、あの、ルーシャスは……今どこかのパーティーに所属している?」
「いや、俺自身に戦闘能力はないからなぁ……育成スキルを活用しようにも、なかなか効果を証明しづらいし。そんなわけだから、元【星鯨】のメンバーと言っても信用してもらえなくてね」
「じゃあ、今はフリーってことね?」
「そうなるな」
俺の所属を確認し終えると、サラはメガネの縁を指先でクイッと上げると、
「いい職場があるんだけど……興味ないかしら?」
そう告げた。
「いい職場? まさか、学園なんて言うんじゃないだろうな」
「あら、さすがに勘がいいわね」
「えっ……? マジなのか……?」
それはさすがに無茶じゃないか?
さっき本人も言っていたが、教員になるためには合格率の低い試験を突破する必要がある。頭の良かったサラならともかく、俺はそういうのに向いていないんだよなぁ。
「悪いが、俺に勉強は――」
「そうじゃないわ。あなたには学生たちの暮らす学園寮の管理人をやってもらいたいの」
「学園寮の……管理人?」
俺は首を傾げる。
学園寮の管理人って……どんな仕事なんだ?
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